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色褪せた写真  作者: 氷室冬彦
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8 其は形なき夢を食む

ぞろぞろと司令室を出て、前を歩く癒暗たちについて行くと、応接室にはすぐに到着した。真ん中のテーブルを囲むようにソファがあり、という配置はほとんど司令室と変わらないが、幅の広いソファはここにいる全員がゆったりと腰掛けてもまだ場所が余るほどだ。


ひとまず、春斗、絵里香、柳季が並んで座り、その正面に礼とフィストが座る。そしてフィストの隣に玲華が腰掛けようとすると、すかさずといった様子で癒暗がその間に入り込んだ。玲華自身は気にしていないようだが、玲華の隣に座っていいのは、目下のところ癒暗だけなのだろう。


「えーと、それで、なんだっけ?」


礼が頭を掻く。そして指を折ってなにかを数えていたと思うと、ああ、と思い当たった。


「そうだ、俺がまだだった。絵里香、絵里香ちゃん、うーん……絵里香。俺は來坂礼、礼でいいよ。一応ここのギルド長ね。だいたいの事情は聞いてるんだけど……あ、そうそう、こっちに一泊するって話だけどさ、どっちがいい? ギルドか神社か。ま、和室か洋室かくらいしか違いってないんだけどさ」


「え、えっと」


「人が多くて賑やかなほうがよければギルドに、静かなところのほうがよければ神社に」


「神社も神社でうるさいと思いますけど。春斗はどっちがいい?」


柳季に問われ、春斗は少し考えた。ギルドには以前も泊まったことがあるので、知っている場所である安心感で言えばギルドのほうがいい。だが、階段がつらいものの、あの神社はそれはそれで気になるものだ。春斗が見た限りでは、どちらにも絵画の類は飾られていなかった。


静かなほうが落ち着けるが、賑やかなほうが気が紛れる。絵里香がより安らぎを得られるのはどちらなのか。しかし彼女自身がはっきり決められないということは、どちらでもいい、ということなのだろう。ちらりと様子をうかがうと、絵里香は春斗の判断に任せるつもりのようで、彼女もまた春斗の様子をうかがっていた。即答できずにもたもた考え込んでいるあたり、春斗も絵里香も優柔不断ということだ。


と、そのとき、癒暗がぱっと顔を上げて扉のほうを見た。思わず思考を中断し、その目線の先を追う。春斗が見たとき、そこには誰もいなかったが、一瞬、まばたきをした次の瞬間、柴闇が現れた。落下の後に着地するように、髪が揺れ、とん、と靴が鳴る。手には人数分のグラスが乗った盆。なにもないところから突然に現れた柴闇は、足もとを確認すると顔を上げ、そこにいる面々を見た。


「よっと。よし、成功だ。全員いるな?」


「え、えっ? 柴闇さ……い、今どこから!」


「なんだ、言ってあっただろ。瞬間移動テレポートで飛んでくるって」


「あ、あれ、冗談じゃなかっ、たんですか?」


「当然。さっきも説明したとおり、俺たちはいろいろできるからな。ちなみに俺にできるってことは、癒暗にはできない」


「それ楽そうでいいよね」


「俺は空を飛べるお前のほうがうらやましい。俺も空飛びたい」


言いながら、柴闇は癒暗の正面、柳季の隣に腰を下ろした。彼が持ってきた飲み物は、ココア、コーヒー、紅茶と、カフェオレがふたつと、あとはオレンジ色のジュースがふたつに、リンゴジュースらしい色合いのもの。


礼はわずかに眼鏡をずらして柴闇を見ると、絵里香の前にアイスココアを、フィストの前にリンゴジュースを置き、自分はコーヒーを取った。絵里香は素直にぺこりと頭を下げたが、フィストはやや怪訝そうな顔で首をかしげた。


「柴闇、これは……」


「まざりっ気のない純粋なリンゴジュースだ。果肉入り、種は取ってる気配り付きのな」


「ま、また手間のかかることを……ありがとう」


「ロアって暇なのかな」


礼がそう笑っているので、春斗も思い当たった。おそらく、直接ロアのところへ赴いて、本当に素手でリンゴをしぼらせたのだろう。ロアが暇なのかというより、先ほどの礼の冗談を実際に行動に移した柴闇の度胸と思い切りのよさのほうが気になった。


癒暗が玲華にアイスティーを差し出し、柴闇と二人同時にオレンジ色の入ったグラスを手に取る。そのまま口元に近付けたとき、やはり同時に、少し笑ってから互いのグラスを交換した。また逆だったのだろう。柳季が余っていたカフェオレをふたつ取り、片方を春斗に渡す。


「で、話は進んだのか?」


柴闇の問いに春斗が曖昧な笑みを返すと、彼はやれやれと言わんばかりにため息をついた。


「ちょうど、その、ギルドと神社の、どっちに泊まるかっていうことを、どっ……え、っと、あ、う、じ、神社に! 今日は、あの、お世話になり、ます。い、いいかな、絵里香ちゃん」


「う、うん、私は」


絵里香の賛成が得られたところで、玲華が微笑んだ。


「では、兄にもそのように伝えておきます」


「あ、お、お願いします。……、はい、少し話は……進み、まし、た」


「思い切ったな、春斗」


柳季がからから笑っている。余計に思考を巡らせず、無理矢理に決断したせいか、慣れないことをした春斗は少々、動悸が乱れた。礼が背もたれから体を起こしてフィストを見る。


「じゃあ、話がひとつ進んだところで、フィスト」


「ああ、そうだな。……癒暗、絵里香には俺のことを、どの程度まで話してあるんだ?」


「あー、ごめん、ほとんど話せてないかも。とりあえず夢喰い鬼っていう、見るからに鬼みたいなのがギルドにいるけど味方だから安心してね、くらい。一応、夢喰いについてもざっくりとは話したけど、逆に言うとざっくりとしか話してないかな」


「そうか。いや、十分だ。能力の説明だけなら、そう複雑でもない。俺は夢を喰うだけの存在だ。夢とはすなわち、記憶の一部。悪い夢を見たという誰かの、その夢を喰う。夢喰いとは、ただそれだけの能力なのだ。……ここまでは、わかるか?」


「はい……なんとなくですけど」


「かまわないとも。ところで、俺がギルドに来る理由のひとつとして、俺は夢喰いの能力を応用した占いをやっている。当たるか外れるかは七割から八割、といったところで、たかが占いの精度としては悪くはないほうだろう。礼たちを占うために、俺はここを訪れるのだ」


「占い?」


たしかに、最初に出会ったときにもそのようなことを言っていた気がする。


「簡単な夢占いだ。……ああ、一般的なそれとは少し意味が違うか。まず、いらない夢を喰う。そこから相手のその後、数日の運勢を占うのだ。他の夢喰いにも同じことができるのかどうかはわからない。もしかすると、俺固有の特技かもしれない。数日――というのも漠然としたもので、俺が街かどで商売をするときは三日から一週間ほどに留めるが、条件さえそろえば、この先数か月の運勢を見ることもできる」


「その占いを、絵里香ちゃんに?」


「予言と言えるほど大それたものではなく、予知と言うほど絶対的でもない。あくまでただの占い。だが、凶と出れば気が引き締まり、吉と出れば気が休まる。吉凶だけでなく、その夢の質についても、ある程度はわかるはずだ。今回はむしろ、運勢よりもそちらのほうが重要だな。どうだろうか、一度、その奇妙な夢を占ってみるというのは」


「夢のことは夢のプロに――ってことですね。いいんじゃないか? 絵里香。なにか手がかりが得られるかもしれないし」


不安げな顔の絵里香を柳季が後押しする。春斗の意見も彼と同じだ。


「わ、わかったわ。じゃあ……お願いします」


「任された。では、手を出してくれ。すぐに済む」


言われるがまま、絵里香が手を差し出すと、フィストは両手で彼女の手を包み込むように握った。つりあがった緑の瞳がじっと絵里香を見据える。絵里香は緊張しているようだった。


「恐ろしい夢だったと聞いている。その夢を最後に見たのは?」


「昨日の夜に」


「すまないが、どのような夢だったか、大雑把にでいい。話してくれないか」


「えっと……気が付くと、森の中に私は立っていて、小道を歩いていくと綺麗な泉を見つけました。そこで水遊びをしていたら、急に物音がして、顔を上げたら黒い女がいて。小さい子がクレヨンかなにかで描いたような、真っ黒な女です。そのとき風が吹いて、次に見たときにはもうそこには誰もいませんでした。そのままなんとなく水面を覗いたとき、私の肩のすぐうしろにその女がいて、私は振り返って……目の前の女が、私に向かって手を伸ばそうとした瞬間に……目が覚めました」


「話によると、その黒い女が夢だけでなく、現実でもお前を追いまわしてくるのだったな」


「……はい」


「――では、その夢をいただこう」


ずっと絵里香のほうを見ていた春斗は、そこでフィストのほうに目を向けた。彼は目を伏せて数秒、じっと黙り込んでいたが、やがて小さく息をつくと再び絵里香を見た。


「……ところで、つかぬことを聞くが、昨日の夜はどんな夢を見た?」


フィストの問いに絵里香は首をかしげていたが、なにかを答えようとした口の動きがそこで止まった。春斗も柳季も、異変に気付いて絵里香を見つめる。


「え? ですから、……? あ、れ? 私……えっと、昨日? 夢を、あの夢を……あれ?」


「絵里香?」


「ああ――」


――喰べたのだ。


きっと、もう昨夜に見た夢の内容を思い出せないのだ。今の今まで覚えていたはずのことを、この一瞬で忘れてしまう。それがどのような感覚なのかは、実際に体験してみないことにはわからないだろう。


フィストを見ると、彼は口元に手を当てて、じっとなにかを考え込んでいるようだ。いや、味わっているとでも言うべきなのだろうか。春斗や礼たちが問いかける前に、フィストが短く息を吸った。


「……まずいな」


「えっ、ま、まずいって、そんなに悪い夢……なんですか?」


どきりとして春斗が尋ねると、フィストはぱっと顔を上げて手を振る。


「ああ、いや、そういう意味ではなくて、だな。うむ……吉とは言えないな。いや、凶とも言い切れない。だが、その夢自体は絵里香に災いをもたらすものではないだろう。今日明日のうちは現状維持でも状況が悪化するようなことにはならないはずだ」


「それだけ? もっと詳しいことはわからないの?」


癒暗が不満そうに言うので、フィストは困った顔をした。


「すまん。所詮はただの占いなのだ」


「前に礼を占ったときは、もっと今後の運勢について詳しく話してなかったか? これから一週間はなにに注意しろとか。こういう場所は避けたほうがいいとか。それを、今日明日のうちはって……」


「絵里香の夢では、それだけしかわからなかった。柴闇の言うとおり、やけに範囲が狭く漠然としている」


「あの……さっきの、まずい、って言うのは?」


春斗がおずおず口を挟むと、フィストはまた少し考え込む素振りを見えてから、うむ、と言った。


「……おそらく、それだろうな。悪夢としては質が低い、つまり……その夢はそれほど悪いものでもない、ということだろう」


「どういうこと? まずい夢だと占いにも影響が出るの?」


「人々にとってのいい夢、楽しく幸せな夢というのは、夢喰いにとっては味が悪く質も低いとされる悪い夢だ。できれば喰いたくはないし、喰うべきでない。反対に、夢喰いには人々にとっての悪夢こそが、味が良く質も良い夢という認識なのだ。それが上質な夢であればあるほど、俺の占いの精度も上がる」


悪夢こそが上質で味の良い夢。夢の質が良ければ占いも冴える。一方で、絵里香の夢は質が悪く味もまずい。占いの精度も落ちているらしい。だが、絵里香の見ている夢はれっきとした悪夢だ。


「それって……だったら、たしかに、ちょっとおかしいです、よね」


「ああ。なにが悪夢なのか、恐ろしい夢なのか。その線引きは個人の感性に左右される。奇妙なものだ。本人は恐ろしい悪夢だと感じているのに、それがまずいというのは。今のはただ昨夜の夢を抜き取るだけだったが、……もう少し深く探ってみても構わないだろうか? 初めての事例だ。夢喰い鬼として、俺も非常に興味がある」


「もっと深く?」


「ひと晩でいい、絵里香には俺とその夢を共有してほしい。つまり……今夜、絵里香と同じ夢を見て、その夢がどういう性質のものなのかを、俺が直接この目で確かめるという方法だ。これならば、より明確に、もっと詳しいことがわかるはずだ」


「そんなことできるのか」


「夢喰いは夢の記憶を喰う、つまり対象の意識、精神のごく一部に干渉する能力。その方向性を少し変えれば、俺ならば同じ夢を見ることも可能になるはずだ」


「たしかに、その方法なら確実に収穫があるだろうね」


「ただ……ひとつ問題があるとすれば、夢を共有するためには、できるだけ対象の近くにいなくてはならない。つまり、絵里香が眠っている同じ部屋に俺がいる必要がある。寝入る際はともかくとして、夜中にふと目が覚めたとき、暗闇で鬼と目が合っては……きっと怖がらせてしまう」


「たしかにそれは怖い」


「我々も夢を見ている間の絵里香さんの様子をうかがう必要がありますから、今日は私も絵里香さんにご一緒します」


「えー、いいなー、僕も玲華と添い寝したい」


「龍華が黙ってないぞ。……ま、玲華も一緒なら、まだ絵里香の不安も軽く済むだろう。どうだ、絵里香。それでも大丈夫か? なんなら別の方法でも」


「手がかりは多いに越したことはないのだし……大丈夫。フィストさん、それでお願いします」


「では、俺は日が暮れたころに神社に向かう。玲華、鈴鳴の巫女よ。龍華にもそのように伝えておいてもらえるだろうか」


「はい、かしこまりました。私は一度、神社に戻りますが、他に兄への伝言などはございますか?」


「大丈夫だ。悪いな、先に行っていろいろ用意しといてくれ」


「ええ。ではみなさん、またのちほど」

次回は九月十九日、十三時に更新します。

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