1_0_030 【西衣山愛生の場合】
「クソ……」
カタカタと暗い部屋で鳴り響くキーボード。
毛布にくるまってPCに対峙する愛生の耳にはそれしか聞こえない……はずだった。
コンコン、と木を軽く叩く音。
薄暗い部屋ではそれもこもって聞こえるような気がした愛生だったが、むしろそれが愛生の神経をとがらせる。
「…………」
「ご飯、置いておくよ?」
優しい声だ。
だが、その優しさが、実に愛生には不快だった。
引きこもりの自分など、放っておけばいい。
非情に怒鳴り散らしてくれたっていい。
「…………チッ」
「愛生……?」
だから、その声を止めろ! と叫べればどれだけ爽快なことだろう。
だが、自分にその度胸は無かったし、何より、ここ三日声らしい声を出してない。
だんだんと惨めな気持ちが愛生の中に広がっていく。
私は何をしているのだろうという疑問だけがグルグルと視界の奥の方で渦巻いていく。
「ああああああ!」
バンッ、と感情が高ぶるままに机を叩く。
そのまま、毛布を頬り捨てようとしたが、刹那、片付けのことが頭をよぎり、ベッドに優しく投げた。
そして、少し弱まった勢いのまま、部屋のドアを開けた。
「……愛生ちゃん?」
母のいつも優し気な瞳が困惑の色に染まっているが分かる。
それはそれなりに愉快なことでそれに味を占めた愛生は家の中を走り始めた。
運動不足がたたって階段でよろめいても、雑に括った髪が暴れても、気にしない。
むしろ、ここでよろめいた方がリアルだとも思った。
動画枚数24枚、フル動画の神作画だ。
「ふぅふぅ……!」
愛生には二つの特技があって、それは手を使わずに靴下を脱ぐことと手を使わずに靴を履くことだった。
その特技を使って勢いを殺さず、家の外に飛び出す。
ここからは2コマ打ち。後ろに重心を乗っけたまま足が体を乗せて走り出すのだ。
「はあ、はあ……っ」
しかし、運動不足の引きこもりにそんな走りをいつまでもできるわけがない。
口元が苦痛に歪み、肩は大きく上下する。
いつの間にか、足は止まってしまった。
家からそう遠くまで来られたわけでも無いのに私は一体何をしているのだろうかという疑問を抱かざるを得なかったが、それ以上に体が辛い。
「ふぅー……はぁぁ……」
深くなる息のまま、顔を上げる。
ぼんやりとする視界に徐々に見えてきたのは緩やかに流れる小川……家の傍を流れる天狗川だ。
その水面の反射は60FPSで安定していて波打ち際のパーティクルもとても綺麗だった。
「あ……?」
しかし、見えてきたのはそれだけではない。