1_0_020 【三津湊の場合】
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「ん~? どこでも?」
玄関先で靴を履きながら、湊はおざなりな返事をする。
「遊んでばっかり」
「……ん~? そうかもね」
妹にそう非難されて、少しだけ湊の心はざわつく。
湊は分かっていた。問題は『少しだけ』しかざわつかない心にあることに。
怒るだけの情熱がないのだ。
「まあ、好きにすればいいんじゃない? 私には関係ないし」
「ん~、そうだね」
靴を履き終わった湊は少し伸びをしながら、チラリと妹の方を見る。
肩で切りそろえた髪の向こう側に妹の切れるような瞳が見えた。
実に優秀な妹だ。何に関しても。
そして、一番の優秀さは状況を見て大人の言うことが聞けるその聡明さだろうと思う。
「じゃ、行ってくるね」
湊は今日日珍しい引き戸の玄関を開け、意味もなく駆け出した。
この古風で威厳のある和風建築は湊にとって威圧的で小さいころからあまり好きになれなかった。
「今日は何があるかなあ?」
そう言う裏腹に湊は自分が何も期待していないのに気づく。
空虚な気持ちだ。
こういう時には……
「走るか」
その足で走る。
多少は気がまぎれるだろうという打算。
それと……風が気持ちいいと思える心。
それだけは大切にしたいと思うから、彼女は走るのだ。