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小品:誕生
やはらかい皮をむくやうな堕胎をわたしが終へた日 遠くのあたゝかい海のなかでは 新たに一尾の硬骨魚が誕生したにちがひない
丈夫な子だ きつと彼はみなもをめざして泳ぎはじめる なぜそこへむかふのか わからなくても
懸命に 懸命に 圧力に抵抗しつゞけ 危険をかひくゞることにも 次第に上手になつていく
そしてやがては 広い空をその目に映すところまで到達する 崩れさうな月 墜ちさうな星々を ひとりきりで 目撃するのだ
そのとき彼は 自分の内にあらはれたものに 大いにとまどふことになるだらう
身に覚えのない征服の罪をもつてゐる 異物感に……
了




