だから、願おう
ボーイズラブのタグは保険です
ボーイズのラブは出て来ません
期待した方は本当にごめんなさい
主人公がハイテンションな腐女子です
この設定に不快感を感じる方は閲覧をお止め下さい
吐血・嘔吐・暴力などの描写がございます
苦手な方はご注意下さいませ
一応前作(?)『だから、お願い』からの続編(?)ですが
単体でもお楽しみ頂けると思います
血が赤いことを、改めて知った。
「けほっ」
ぴちゃ
漏れた咳に混じって吐き出されたのは、真っ赤に染まった唾液。
「ごほっ、ごほごほっ」
血反吐混じりの咳を吐き出し、荒くも弱々しい呼吸を繰り返す。
「へぇ?…まだ、耐えるの」
膝を突かされ両手両足を背後で拘束されたわたしを見下ろす男は、ついと愉しそうに目を細めた。
手にしていた硬鞭の先で、わたしの顎を持ち上げる。
「こんな有能な駒を見逃していたとはねぇ。ふふっ、調教後が楽しみだわ」
あー、それ、三つ向こうの子に言ってくれないかな、禿萌えるから。もう、吐血ものだから。
せっかく、いかにも、鬼畜オネェ攻!な見た目なんだから、いたいけな美少年を攻めてよ鬼畜全開でぇっ!わたし、その横でケチャップまみれになりながらもだえてるからさぁっ!!
あ、ちょ、ドン引かないで待って待って。
いや、うん、状況が絶望的過ぎてこうでもしないと平静を保てないんだって!
え?平静の保ち方がおかしい?やー、それは、まあ、一般的な女性とはちょっと違うかも知れないけど、我々の業界ではこれがSAN値を上げる秘結なんです!ひとにもよるけど!
我々の業界?そりゃあもちろん、腐女子業界ですよ!
おおっと、逃げないで逃げないで!
あのね、うん、真面目にお話しすると、本当にピンチなんですよ!
もともとわたし、しばらく前まで徴兵された新卒衛生兵(腐)をやっていたんですけどね、つい先日、うっかり国家叛逆して、重罪人(腐)にジョブチェンジしてしまったんですよ。そう!つまり、投獄なう!な状況なんです。ピンチでしょう!?
国家叛逆なんかするのが悪い寄るな犯罪者、って、酷い!お姉さん傷付いたよ!?
あ、いや、ごめんなさい謝りますから話を聞いて下しあ、お願いします。
別に、国に逆らおうと言う意図の下で、国家に対するレジスタンスをやったとかじゃないんだよ。ただ、個人的理由によりちょっくら情報を隠蔽したり、個人的嗜好によりちいとばかし国の軍事行動を妨害しただけなんだよ。誓って言えるよ、わたしの行動で誰か死んだとか、それに近い不利益が出たとかは、断じてないって。
まあ、無理くり捻り出せば、わたしが国の軍事行動に積極的に協力しなかった所為で、作戦が困難になり味方の被害が増えた、とか言えるかも知れないけれど、でも、別にそれはわたしが積極的に国を害そうとしたわけじゃなく、国が勝手に戦争行為をして国民に被害出しただけだから。それに、味方の被害が減った分敵方の被害が増大するなら、それはつまり差し引きゼロじゃないか。
わたしは戦争反対派だから、味方が無事なら敵はどうなっても良い、なんて思えないよ。
うん、もう少し詳しく話すね。
わたしは、徴兵されて衛生兵やってたって言ったでしょう?それは、“治癒術程度の魔法しか使えないことになっていた”からなんだ。
そう。それがわたしが国に隠匿していた情報。
実際は、もっと色々な魔法が使える。簡単な治癒攻撃浮遊はじめ、戦略級の大規模魔法までね。しかも、我が国では一流の魔法騎士でなければ出来ない、無詠唱で、ね。
これは、この国では重大な犯罪なんだよ。
戦争に役立つ魔法が使える者は積極的に従軍し国のために役立て、と言うのが、国の方針だからね。
無論、わたしが魔法を隠していたのは、従軍なんてしたくないからだ。徴兵制により二年間は義務として従うけれど、それ以上なんて、絶対に、嫌。
だから必死でひた隠しにして、凡腐な衛生兵として徴兵期間をやり過ごそうとしていたけれど、望みが砕けたのが先日。
砕けたって言うか、砕いたんだけどね。
使える全力駆使して、敵兵ふたり、逃がした。
千人の味方兵士の真ん前で、無詠唱で高位術式広範囲にぶっ放して、ね。
馬鹿じゃないかって、うぅ…否定は出来ないけどさ…。
だって、すっごい美形と美少年だったんだよ!?美形と!美少年!
あんなの殺したら、世界の損失だって!誰が許してもわたしとお腐れ神さまが許さないって!!
いやーやめてその白い目が刺さるぅー。
べ、別に無罪放免にしたわけじゃなくて、わたしたちに害を及ぼせないように呪いを埋め込んだ上で逃がしたんだよ。逃がした理由も見た目だけが理由じゃなくて、二対千なんて圧倒的優勢に立って瀕死にした敵へ、追い打ち掛けてオーバーキルやらかそうとしていた自軍に物申したかったからだしさ。
で、まあ、逃がしたかったふたりは逃がせたんだけど、わたしはがっつり捕まって、現在罪人として調教されようとしています。
ふ、ふふ。鬼畜ドSに美少年がされてるなら、もしくは腹黒インテリに体育会系お馬鹿がされるなら萌えたぎると言うに、自分がやられてもちっとも萌えないよ!
え?なんで調教なんてされてるのかって?
聞いて驚け、見て笑え、この国には殺戮兵団と呼ばれる、選ばれし兵だけが入れる軍隊があるのだ!
…選ばれし者が誰か?まずは幼い頃から殺戮兵団専用に育てられた、生粋の殺戮兵士だよね、次に、殺戮兵団に入るためだけに生まれたような、生粋の戦闘狂。ほら、選ばれた感半端無いでしょう?さらに、洗脳されて命令を聞くだけのお人形にされた兵士と、極めつけは、生意気言えないように丁寧に調教した、国家叛逆犯たちだよ!ちなみに国家叛逆犯って、国の従軍命令に逆らっただけで該当するからね!つまり戦争への荷担を拒む魔法使いはど真ん中ストライクで当てはまるってわけだ!
あはは、なんでわたしが調教されようとしているか、おわかり頂けたかな?
叛逆者として殺すに惜しい能力を見せたわたしは、殺戮兵団の兵として、調教されようとしてるんだ。
早く立ち去れ、思いながら見上げても、目の前の男は消えやしない。
「けほっごほっ」
こぷ、と血の塊が口から溢れる。
鮮血とはとても言い難い、どす黒く澱んだ血。
「ふぅん、逆らおうって言うのね?」
「っ、」
ビシィッ
硬鞭で肩を叩かれて、顔をしかめる。
何度も叩かれた肩はもう、感覚を無くしつつあった。
「けほ…うぇ…」
吐き出す液体に、胃液が混じった。
ぴちゃぴちゃと、石の床にすえた臭いの体液が跳ねる。
「無様ねぇ。そんな姿、アンタが助けた魔族が見たらどう思うかしら」
「?」
唐突な話の転換に、きょとん、と首を傾げる。
助けた魔族に連れられて竜宮城…?
って、それはカメか。
助けた魔族がどう思うか?
「けほっ、知られ、たいとは、思いま、せんけど」
恩義に感じて欲しくて、助けたわけじゃない。
きっと彼らは心を痛めてしまうから、わたしのことなんて忘れて良いのだ。
わたしの返答がお気に召したのか、男はにいっと微笑んだ。
「そうよねぇ。そんな醜い姿、見られたくないわよねぇ」
「は…?」
いや、醜いとかそう言うんじゃなくて。
このひと、なに言ってるんだ…?
「幻滅するでしょうねぇ。可哀想に。命を張って助けようとするくらいのイケメンだったんでしょう?その魔族」
「いえ、別、に、幻、滅され、ても、良、いです、けど…こほっ」
むしろ女嫌いとかだと凄く美味しい。わたし的に。
わたしと言うか、世の中のメスと言うメスを、蛇蝎のごとく嫌ってたりすると、とても萌える。
この上ない本音として言ったのだけど、目の前の男は信じなかったようだ。
「強がらなくて良いのよ?魔族に恋しちゃう気持ちはこれっぽっちもわからないけど、その、助けた魔族に一目惚れしちゃったんでしょう?」
…ああ、誤解してんのかこのおっs…オネェさん。
っと、大事なことを言い忘れていたけれど、いま我が国が、と言うか、人間たちが戦争吹っ掛けてるのは、魔族に対して。人間同士の戦いじゃなく、人類vs魔族。
従って、わたしが助けた敵さんも魔族ふたりだ。
魔族って言ってもそんなおどろおどろしい見た目じゃなくて、妖精族や半妖精族みたいに、あるいは彼ら以上に、人間に近い見た目の種族だ。まあ、耳が尖ってたり犬歯が鋭かったり爪が黒かったり、人間との違いは沢山あるけどね。
このおっs…オネェさんが言う通り、わたしが助けた魔族さんたちは、人間基準で見て素晴らしい美形ふたり組だったけども。
「別に、恋してな、」
「隠さないで。弱みだなんて思わなくて良いのよ?恋は女を強くするのだから。でも、恋する乙女がこんな醜態晒すのは、辛いでしょう?アタシも、アンタを苦しめたいわけじゃないのよ」
だから別に隠してないって。
「アンタが大人しく従うなら、こんなことしないわ。だから、ね?無駄な抵抗やめて、楽になっちゃいなさいよ」
あー、そう言うこと。
同情する振りをして、乙女心()を思い出させ、人前で嘔吐なんて羞恥プレイへの心理的ストレスを増幅させようと。
…腐女子舐めてんのとちゃうか。
「腐ふっ、く腐ふっ…けほっ」
わざとらしく笑いを漏らして、どす黒い血を吐き捨てる。
「幻滅?醜態?望む、ところ、ですけ、ど、なにか?」
男を見上げて、不敵に笑って見せる。
「むしろ、積極的、に、推、奨し、たいっ!げほげほごほっ」
おぅふ…叫んだら咳の発作起きたわ…。辛い。
「す、推奨…?」
「げっほ、ごふがふっ」
「ああもう、叫んだりするから…」
ばしばしと硬鞭で軽く背中を叩かれる。
いや、有り難いけどせめて手で叩いて貰えませんかね…?
「けほっ…あー、つら…あの、ですね、誤解、して、る、みたい、ですけ、ど、わたし、恋する、乙女()と、違い、ますか、ら、そんな、スイーツ()、と、一緒に、し、ないで、貰えま、す?けほっ」
スイーツ()やリア充たちだって、腐女子と一緒にはされたくはないはずだ。
わたしだって、リア充に混じるのなんて恐ろし過ぎる。
「こふけふっ、恩義、とか、不要、なん、ですよ、そんな、もん、の、ため、に、助けた、んじゃない、んです、から。ごほ、…女、に、とか、どんどん、幻滅、して、見切り、付け、て、男に、走れば、良いんです。けほ、女嫌い、上等、いや、歓迎ですよ萌えたぎるわっ!!っげっほ、がふがほっ、うぇ、げふん、ごほごほっ」
「あー、馬鹿馬鹿、落ち着きなさいよ…」
ばしばし
ちょ、痛いから。軽くでも、鞭は痛いから!
「…つまり、アンタ、腐女子なのね」
少し残念なものを見る目で男が言った。
若干引いてる気配すらある。…勝った。
「ごふっ…うぇ…おわか、り、頂、けて、幸い、です…おぅぇ…」
「…言われてみれば、ふたり組の男、だったわね、助けたの。つまり」
「主従愛乙!っげほげほっ」
「アンタの主張はわかったから、叫ぶの止しなさいよ!」
ばしん、と硬鞭で頭を叩かれた。
「てっきり魔族に惚れたのかと思ったからつついて揺らせると思ったのに、とんだ計算違いじゃない!」
「うえー…まあ、そう、っすね…ごほん」
逆に例えば、あの魔族さんがエメトフィリアでこんな姿のわたしに欲情するとかの方が嫌だわ。困るわ。幻滅だわ。
わたしの知らないところで、幸せになってくれれば良いのだ、彼らは。
この世に存在するすべての生きものはあくまで妄想の対象であり、恋愛の対象ではないのである。
…生きものとして間違ってる?良いじゃないひとりにぎりくらい変わり者がいても。
「でも、それならさらに大人しく従っといた方が良かったと思うわよー?」
「誰が、好き好ん、で、殺戮、兵、団な、んかに、」
「と、思うじゃない?」
男が、ザ・悪役!な顔で、わたしの横に繋がれた青年に目を向けた。
硬鞭で顎を持ち上げられるのに抵抗せず、開いた目は虚ろ。
「殺戮兵団って言っても、幹部級は洗脳もなにもされてない真人間なわけ。まともな人間もいないと、統率が取れないからね。で、そう言う人間はなにをするかと言えば、アタシみたいな調教とか、軍の指揮とかなのよ。つまり、」
「…つまり?」
「例えばツーマンセル式にして公私共にべったりくっつかせるとか、ホモセクシャルこそ正義な軍団にするとか、可愛い子ひとり選んで総受けにさせるとか、指揮官のやりたい放題」
「なん、ですと…!?っ、ごほぐぇっ」
ってぇ…思わず大仰に動いた所為で、手首におもっくそ枷が食い込んだわ。
折れたかも。痛い…。
「アンタが大人しく従ったなら、間違い無く幹部候補だったわよ?攻撃も洗脳も、出来るんでしょう?」
「…攻撃、なんて、出来、ませんよ、こほっ、洗脳、も」
顔をしかめて見返す。
手の内全てを、晒すわけには行かない。
わたしの前の床は、吐き出したどす黒い液体で染まりきっている。
「…まだ、折れないの」
「洗脳、なんて、されたく、あり、ませ、んから」
「しらばっくれる、ね。まあ良いわ。ものは相談よ。アンタ、今からでも従うなら、洗脳なんてせずに幹部にしてあげる。アンタ好みの兵を育て放題よ。どう?悪い話じゃないでしょう?」
う、ぐっ…卑怯なっ…。
「…っ、わた、しは、」
「欲望に、身を任せちゃいなさいよ」
耳元で、悪魔が囁く。
手が使えないので頭で、悪魔を振り払った。
避けられた。
「っと、危ないわねこのじゃじゃ馬!ちょっと、アタシの顔に傷が付いたらどうしてくれんのよ!!?」
「今さら、傷、くらい…こほっ…野性、味、溢、れて、イケメン、に、なるん、じゃ、ないで、すか?」
「きぃーっ、可愛くない!アンタちょっと自分が美少女だからって、調子乗ってんじゃないわよ!!」
美少女?誰が?
「きょとんとしてくれちゃって!無自覚なのねこの小娘っ!いつもにこにこ手当てしてくれる可愛い子って噂、裏は取れてんのよ!あー、むかつくぅっ!」
「え、それ、別の、ひと、じゃ…」
「どんな怪我でも嫌な顔一つせず治癒魔法掛けてくれるのはあの子だけ、だそうよ!」
まあ、衛生兵にされるのって、魔力低い子や皆無の子が多いし、体力も劣る子たちだからね。極力魔法は使いたがらないし、訓練や行軍で疲れて笑顔は少ない。
でも、それって、
「外見、じゃなく、内面、の、話、ですよね、それ…ごほっ」
「美少女+優しい=天使、ですってよ!」
ばしっ
「痛っ」
「中身はこんなに残念だってのに、なによ!アイツはショタコンのペド女だって、流言してやろうかしら!!」
「ちょ、ごほ、痛…けほっ、八つ、当たり、は、やめ、うぇっ」
頭押さえ付けて背中を鞭打つとか、どんないじめ…って、調教か…。
でもって、ショタ萌えは認めるけどペドフィリアではないよ!老若男女は愚か動物植物菌類なんて当たり前、そこに萌えがあるなら無機物にさえたぎる、雑食腐女子だからね!
え、ペドフィリアよりも終わってる?否定はしないかな!
「別、に、モテよう、とか、思って、ない、から、好きに、噂、流して、良い、けど、叩くのは、やめて、けふっ」
「その、余裕ぶった態度が余計むかつくぅー!!」
ばしばし
じゃあどうしろって言うんだ!?
理不尽な怒りに憤慨しつつ、けほけほと吐血する。
そろそろ失血が心配だわー…。
「血ぃ吐くのやめなさいよ!洗脳してアタシが駒として独楽鼠のように働かせてあげるから!」
「おろろろろ、ぇう、ごほっ、うぇふぉ…」
「吐瀉で語るんじゃないわよ!」
だって頭下げさせるから。
「けほけほっ、ふぇぇ、歯が、溶け、そうだ、よぅ…」
口をすすがせてはくれまいか。
「大人しく従えば解放するわよ」
「だが断る」
「好みの男を育てられるのに?」
「わたしは、戦う、ために、魔、法を、磨いた、わけ、じゃない」
魔法は、ひとを傷付けるための力じゃない。
磨いた力で戦争に荷担なんてしたら、じいさまにしばかれるわ。
「…高位の魔法を無詠唱で使え、洗脳に耐え、戦いを嫌う。アンタ、やっぱり、」
「けほっ、ごほごほっ」
おっ、…オネェさんの言葉はわたしの咳で掻き消えた。
びちゃんと、血にしてはどす黒過ぎる液体が床に叩き付けられる。
脳を犯し、人格を壊す、魔法。
胃液に血に包んで吐き出すのが、精一杯の対策だ。
あとは、少しでも魔力消費を抑え、意識を保つだけ。
毒が脳に、心に、辿り着かないように。
「アンタなら、この程度の怪我すぐ治せるでしょうに、治さない。痛みを遮断したりもしない。派手な魔法ぶっ放って、逃げ出せば良いじゃない」
「はは…そん、な魔法、使え、ません、から…げほっ」
このまま行けば、洗脳の前に消耗して死ぬだろう。
…それで良い。この国の手駒にされるくらいなら。
書類上の両親には申し訳ないが、このまま、獄中死するのが良いのだ。
彼らは普通の民間人で、後ろ暗い所もない。きちんと調べられれば、無実はわかる。大丈夫、なはず。
洗脳は、頭の中をいじられるのは、駄目だ。
書類には無い関係性が、明るみに出てしまう。
じいさま、逃げられたかな。
もし会えたら、馬鹿やってって怒られるだろうな。
みんな、無事で逃げてて欲しいな。
ああ、死にたくないなぁ。
「…折れる気はない、のね?」
「けほっ」
死にたくはないけれど、捕まっちゃったのだから、仕方無いなぁ。
それが、決まり、だもんなぁ。
「もう少し、弱ってからまた来るわ」
もう来なくて良…あ、3つ向こうの子の調教ならぜひ!
「あれはもう調教済みよ」
「ナ、ナンダッテェっ!?っ、ぐぇごぶっ、げっほ」
「はぁ、アンタ顔はまぁまぁなくせに本当残念ね」
あ、待って行かないでその話kwsk!あーっ!
…行っちゃった、くすん。
さて、どのくらいの時間が経ったんだろう。何時間か、あるいは何日か。
血を使い過ぎたのか、睡眠欠乏か、目がちかちかして来た。
そろそろ死ぬのかな。死にたくないなぁ。
「っ!」
がっちゃん
ごっ
「〜〜〜っ!」
うぉぉ…痛ぁ…。
びっくりして立ち上がり掛けて手枷足枷に阻まれて、膝を思いっきりぶつけた。
膝も痛ければ枷が食い込んだ手首もめちゃくちゃ痛い。
無言で悶絶するわたしを、わたしが驚いた原因は静かに見下ろした。
「なるほど。コレに救われれば惚れもするか」
「…っ、どちら、さまで?」
この牢獄の関係者ではない。
間違い無く。
なぜなら、
「魔族のさる土地で王をやっている。まあ、王と言っても極小の土地を治めるだけだがな。先日は、我が部下が世話になった」
目の前の男が、魔族だからだ。
って、魔王!?マジか。マジか!言われてみれば漆黒の髪に紅玉の瞳なんて魔王らしい外見だけど!
え、助けたカメ…じゃなくて魔族は魔王の部下で!?
竜宮城に連れて行かれるの!?
「え、こほっ、なんの、ご用事で?」
お相手は助けた魔族さんたちを超える美形なもんで、そんなひとのお目汚しは申し訳無いのだけれど、定期的に血を吐かないと毒にやられるのだから、仕方無い。
「捕らわれの天使を浚いに」
捕らわれの天使、だと!?どこにそんな逸材が!?三つ向こう!?三つ向こうの子ですか魔王さまぁっ!?
「…お前の話だが」
「嘘やんっ、ごほっげほっ」
「ああ、無理をするな…」
魔王さまがしゃがんで、わたしの背中をとんとんと叩いてくれる。
ちょ、そこ、わたしの吐瀉物まみれなんですぐあ!ひぃぃ、ごめんなさいぃ…。
い、胃液と血しか吐いてないんで許して下しあーっ。
「洗脳毒、か」
ぺしん、と魔王さまが一度強く背中を叩く。
がしゃん、と枷が外れて手足が解放された。おお、イリュージョン。
あ、おっs…オネェさんに叩かれたところとかさっき痛めたところとかも、痛くなくなった。
魔王さま、優しい…。
「あ、ありがとう、ございます?」
「いや。部下の命を助けて貰った礼だ。ふたり分の命に比べれば大したことでもない」
魔王さまは立ち上がるとわたしの両脇に手を差し込んで引き起こ、
「それに、これからすることに邪魔だからな」
「ファッ!?」
待って待って引き起こす通り越して抱き上げられたんだけど!?ぐるっと腕回されてがっちりホールドなんだけど!!?
あ、見た目細身なのにしっかり筋肉ありますね魔王さま…。
じゃなくて!
「な、え、なに!?」
ちょっと待ってこの気配は瞬間移動しかも遠距離!?
「お前を救いたいのに呪いの所為で出来んと泣き付かれた。恋患いか仕事も上の空だ。お前には悪いが、責任取って貰う。…お前としても、ここで死ぬより良いだろう。無用な争いも避けられる」
いや、色々突っ込みた…あああ体力消耗し過ぎて抵抗出来ないぃー、魔王さま体力は回復させてくれなかったと思ったらこのためかぁあぁぁぁあぁぁあああっ、
そして、気付いたら見知らぬお城(暫定)でしたまる。
しかもだよ、位置が、玉座(推定)の、魔王さまの、膝の上。
何事だよ。何事だよおおおおぅっ!!
「取り敢えず、今日は休め。話はそれからだ」
ぽんぽんと頭を撫でられ、そのままメイドさん達に手渡される。
あ、柔らかいお胸…。
ってそんな場合じゃないけど良い匂いしかも美人揃いー!
「湯と食事を手配してある。身綺麗にして存分に食事し、ゆっくり身体を癒せ。せっかく愛らしい見目をしているのだから、やつれるな」
ぷに、と魔王さまに頬をつつかれる。
「お前達、好きに可愛がってやれ」
「「「はいっ!」」」
え、なんでそんな活き活きと嬉しそうにしてるんですかメイドさん達!?
達者でなって声掛けが不穏ですよ魔王さまぁあぁぁあああ!
…魔族は人間に比べて少し大柄な種族だ。そしてわたしは成人女性としては多少小柄、ち、チビ言うな!ちょ、ちょっと、ほんのちょっとちっちゃめなだけだから!ちょっと、こ、拳二個ぶんくらい平均身長に届かないだけだもんっ!!
と、とにかくっ、大柄な魔族に小柄な人間が囲まれたら抵抗の余地は無い訳で。
拾われた子猫よろしくドナドナされて、甲斐甲斐しくお世話されました。
お花の香りの石鹸にお風呂で、香油を使ってマッサージまでされて癒されたし、ご飯もすっごく美味しかったけど、わたし自分で身体くらい洗えるし着替えられるし、ご飯も自力で食べられますから!歯磨きも、ひとりでできるもん!
しかし抵抗する体力ももはや無く、大人しくされるがままにされてベッドに運ばれ、ふっかふかのベッドに包まれると同時に意識を手離した。
何日振りかわからないけれどお腹いっぱい食べてまともなベッドでぐっすり眠って、ほわほわした気持ちで目覚め、
「のぁ!?」
目を開けた瞬間たくさんのひとが目に入って、びくっと飛び起きる。
ベッドの周囲が昨日(?)のメイドさん達に包囲されていた。
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます?」
「朝食の準備が出来ております」
「あ、はい」
今、何時なんだろう。
窓を見るとすでに日が高、っとか思ってる間に温かいお絞りで顔と手を拭かれ、抱っこで運搬だよ!歩ける!歩けるからぁっ!
「じ、自分で食べられますから!」
「えー…」
可愛く言っても駄目!
明らかに残念そうにするメイドさん達から、シルバーを奪い取って自力で食事を始める。動物園の餌やりタイムじゃないんだから…おお、昨日(?)に引き続きめっちゃ美味しい。
ふにふにと頬を緩めながら食べていると、部屋の扉が開かれた。
「ああ、目覚めたか」
…腐ってても女子の寝室なんだけど、今ノックしなかったよね魔王さま…。
「んぐんぐ…おはようございます」
「うむ、おはよう」
歩み寄って来た魔王さまにぽすぽすと頭を撫でられる。
えっと、
「良い。お前は食事を続けろ」
「あ、はい」
お許しが出たので、有り難く食事を継続する。
…あれ、そんな場合じゃなくね?今、わたし誘拐されてたような…。
ん?何、魔王さま?ドライフルーツ?あ、美味…。
いや、魔王さまにあーんして貰ってる場合じゃなくて…チーズに乗せると良いの?うお、ほんとだ美味しーい。
「…愛いな」
「…ずるいです陛下」
本当はそんな場合じゃないんだけれど、獄中で栄養が不足していたわたしにおける最優先事項は食事になっていたらしく、美味しい食事に意識が奪われて他には回せなかった。く、食い意地がはってる訳じゃないよ!
「食後のお茶が終わったら支度させて連れて来い。ゆっくりで構わん」
「はい」
何やらメイドさんと話していた魔王さまが出て行く、前にもう一度わたしの頭を撫でてから出て行った。
なんの話だったんだろう。
内心首を傾げつつも美味しい朝食に舌鼓を打った。
満足行くまで食べてごちそうさまをすると、速やかに朝食が片付けられて目の前に香り豊かなお茶が置かれる。なんとも至れり尽くせりな待遇だね。
魔王さまのお国はモーニングティー派のようだ。
「ん…美味しい」
さすがお城(推定)だけあって、美味しいお茶だ。紅茶ではないようだけれど、なんのお茶だろうか。
「ハーブのブレンドティーです」
問うていないのに答えが帰って来た。なんだろうこの、雲上人待遇。
と言うか、ね、わたしに給仕してくれてるメイドさんは良いんだよ。
その、どうにもウォークインクローゼットと言うか、衣装部屋と言うかっぽい雰囲気の部屋で、きゃいきゃい言ってるメイドさんたち!不穏過ぎる!
イヤダナー、コワイナーと思いつつ、出来るだけゆーっくりお茶をすすり、おかわりまでしてみたけれど、そんなに長くお茶の時間が取れるはずもなく。
「さ、お支度しましょうね!」
輝く笑顔のメイドさんに捕まって、着せかえ人形にされるのだった。
「ふむ」
メイドさんに連れられて執務室を訪れたわたしを見て、魔王さまは少し苦笑した。
「済まないな、お前に合うサイズは子供服しか用意出来なくて」
やっぱり!だよね!?
着せられたのはエンパイアラインのコットンワンピースだ。ミモレ丈で、パステルピンクの地に白いフリルと濃いピンクのリボンで装飾がされている。
どう見ても、子供向けですありがとうございました。
「まあ、似合っているから問題ないな」
「大問題だよ!」
なんで子供服着せられてるんだ。
大きくても良い。大人用の服が着たかった。
ちびじゃない。ちびじゃないもん。
思わず魔王さまに突っ込んだわたしを、当の魔王さまがちょいちょいと手招きする。
ぶすくれながら近付けば、なだめるように頭を撫でられた。
だから子供じゃないってば!
「その子が例の、ですか?これはまた、ずいぶん幼…可愛らしい方を攫って来たものですね」
魔王さまの斜め前の机にいた魔族のお兄さんが言う。銀髪にアイスブルーの目の、冷たそうな外見だ。
…昨日からこのお城(推定)で美男美女にしか会ってないんだけど、なに、雇用規定に容姿端麗な者に限るの条項でもあるの。目の保養になるから、良いけどさ。
そして、わたしが幼いんじゃないから!魔族が彫り深で大柄なだけだから!
「甘く見るなよ?あの馬鹿の話が事実なら、こう見えて魔導師並みの使い手だ」
「こんな人族が、ねぇ」
ああ、このひとは人間を見下しているんだな、とよくわかる口振りと表情だった。
…こう言うのを見ると、人間と魔族の共存なんて無理なのかもと思ってしまう。
嫌悪と蔑み。仲良くするには、邪魔な感情だ。
でも、良いよその冷たい視線!それが恋人の前だとあんあんしちゃうとかだとさらに良い!冷酷美人受け、ぷまいです。
「人族が数だけだと思っていると、痛い目を見るぞ?」
魔王さまはお兄さんとは意見が違うらしく、わたしの頭を撫でて微笑む。
「それはこの国の宰相だ。口も態度も悪いがお前を虐めたりはさせんから、安心しろ」
黒宰相…!良いよ良いよ!美味しい響きだよ!
で、お相手は魔王さまですかそれとも将軍さまとかですか。あ、従僕とか見習い騎士とかでも良いですとても美味しいです。
口を開くとによによしてしまいそうなので、黙ったまま頷いて答える。
「さて、お前のことだが」
魔王さまがわたしの右手を取って何やらはめる。
金色の、腕輪だ。視力検査のアレみたいに、一部が切れ、
「ちょい、ちょいちょいちょいちょい!」
魔王さまが腕輪を握って開環部をくっつけ、るに飽きたらず魔法で溶接した。
慌てて魔王さまから腕を奪い返して腕輪を引っ張る。
元々開環状態で漸く通るような腕輪の開環部を潰したら、
「っふ、うー…ぬ、けない…」
抜けやしなくなる、訳で。
こうなりゃ実力行使と魔法で溶かそうとしたら、
「あだっ」
ばちんっと弾かれた。
「良し」
「ちっとも良くないよ!?」
満足そうに頷く魔王さまに、思わず突っ込みリターンズ。
「なにこれなにこれ、やだやだ、取って取ってー!」
「駄目だ。お前の安全の為にも必要なものだ。耐えろ」
「わたしの安全?」
駄目元でぐぐぐと引っ張っていた手を止めて、魔王さまを見る。
「その腕輪を付けていれば、この城と私がいる場所以外には行けなくなる。そうすれば、誘拐される危険は消せるだろう」
「今まさに誘拐されてるけど!?」
「誘拐ではない。保護だ」
「いや誘、」
「保護だ」
「ソーデスカ」
譲らない魔王さまに額を抑えてため息を吐く。
「なんで、保護されたんですか」
「お前、つい先日の戦線で広範囲の詠唱禁止術式を使っただろう?あれで、やばい奴らに目を付けられた」
詠唱禁止術式ってのは、指定範囲内の音を消す、風の高位魔法だ。無詠唱でないと魔法が使えなくなるので、詠唱無しで魔法が使えない魔法使い相手には最強の魔法。
「詠唱禁止術式など、魔族でもそうそう使えない術式だ。それをあれほどの広範囲に、しかも長時間、個人で使える人間。巧く手駒に出来れば、人族相手でも魔族相手でも、良い切り札になる。人族はもちろん魔族でも、無詠唱で魔法が使える者は限られるからな。簡単なものならばともかく、高位術式まで無詠唱で使える者はそうおらぬ」
魔王さまも言う通り、詠唱禁止術式は使えるひとがほとんどいない。それくらい高位だし、複雑かつ高度な術式なんだ。
それをわたしは、魔族ふたり助ける為にぶっ放した。
味方を傷付けずに戦闘不能にする、手っ取り早い手だったから。
「高位術式ひとつくらい、魔族にとっては大したこと無いでしょう?」
「お前が使えるのが、ひとつだけならな」
まあ、この魔王さまにはばれてるよね。
「お前があの馬鹿を助ける為に使った、治癒と瞬間移動以外のみっつは、すべて高位術式だったろう。風と呪いと防御、三種類に渡って高位の中でも難度の高い魔法を、無詠唱で易々と使うのは、魔族にとっても大したことだ」
「…無詠唱って、そんなに大したことなんですか?」
詠唱は魔法式さえ理解していれば省略出来る。そもそも詠唱と言うのが、言葉を使って魔法を形作る為のものだからだ。言葉無しでも魔法を構成出来るなら、詠唱なんて不要なんだよ。
「少なくとも当たり前に出来ることではないな」
「…」
じじい嘘吐きやがったな!
詠唱無しが当たり前みたいにわたしへ魔法を教え込んだじいさまに、心の中で文句を言う。なにが、詠唱無しで使えてこそ一人前だよ!
「当たり前だと思っていたのか」
「…そう教えられたので」
目を逸らして言う。自分の常識が一般的には非常識だったと知って、ひとつ大人になりマシタ。やったね!
「まあ、心配せずともその情報は漏らしていない。が、詠唱禁止術式だけでも、十二分に狙われるからな。お前のいた国を潰して奪おうとか、物騒なことを考える奴らに先んじて、お前をかっ攫うことにした。部下にも、頼まれたからな」
国自体に愛着はないがあそこには友人が大勢いる。
「それは、ありがとうございます」
方法はどうあれ国をつぶされなかったのはありがたいので、素直にお礼を言った。
なるほど、そう言うことなら保護だと言う主張も頷ける。
「ですがわたしは、」
「お前を兵器扱いするつもりはない。保護だと言ったろう」
…このひとは、ずいぶんと人格者らしい。
「そもそも我が国に戦いを仕掛ける者などいないからな。どこかに戦を挑む気もない。強い兵など、虚仮威しの役にしか立たん」
「え、でも、」
わたしが助けた魔族ふたりは、
「あれは、借りを返すのに仕方無く貸しただけだ。あまりにうるさいから貸し出したが、使い道を誤ったようだな。戦いには向かんと、伝えたはずだったのだが」
あの馬鹿は頭脳労働用だ。
魔王さまの呟きに、さっきから幾度か言われていた“あの馬鹿”が指すのが、わたしの助けた魔族さんだと気付く。
「彼らは、無事で?」
「まあ、身体に関しては問題無いな。無事だ」
「そうですか」
良かった。
普通に逃げてくれた様子から、敗北イコール死みたいな規範は無いだろうと踏んでいたけれど、少し心配だったのだ。
「魔族を、本当に案じていたのか」
「や、魔族だからとかじゃなく、単純に、助けたかったから助けて、助けたから気に掛けてただけですけど」
残念ながらわたしは、ちょっと魔法が使えるだけのただの腐女子で、人格者でもなんでもない。
魔法を封じられたら本当にただの腐女子に…って、
「この腕輪、魔法は、」
「腕輪を破壊しようとしなければ使える。試すか?」
「え?」
「なにか、魔法を使ってみよ」
「あ、はい」
促されるまま宰相さんに手を伸ばし、振るって握って、音を止める。
詠唱禁止術式。今回は、対個人用。
ぱくぱくと口を動かした宰相さんが、驚愕の表情を浮かべる。
うん。確かに魔法は、問題無く使えるみた…待てよ、
「其は友好を交わす者。盟約でもって絆を結ぶ者。我、其の名を呼び、相見えん事を望む。天駆ける風の申し子ヴェーリアよ、我が前に来たりて其の姿を表せ」
『んんー?なになに、呼んだー?』
「あ、いや、ごめん。元気かなーって」
『元気元気。超元気。つーか、ねー、聞いて聞いて!ほら、土と火の坊ちゃんがなんかイイ感じって言ったじゃない?あれ、そろそろくっつくかなーって思ってたんだけど、水の若が、横槍入れ始めたのよ!今、水と火で土を取り合ってんの!マジ修羅場!』
「うっそ!それは要観察じゃん!」
『そうそう!もう、あたしらかぶり付きで観察よ!交代制でひと時も目を離さず現状チェックよ!しかも、なんか雷と氷と木が水の若気にしてて、花はいつも通りだし、周りは気が気じゃないのよ!ほんと、決着付いたらがっつり話聞かせるから!楽しみにしとって!!』
「うん。楽しみにしてる!じゃあまたね!」
『ばいばーい』
ふう。詠唱も、問題なく出来るね。
え?ああ、今の子は風の精霊なんだけど、まあ、ご察しの通りマイ腐レンドです。
精霊同士のいちゃこら観察を生き甲斐にしてる、やんちゃな貴腐人だ。ああ見えて、風の高位精霊なんだよ。
え?夢が壊された?…知らねえなあ。良いじゃない。精霊の性別なんて、有って無きが如しだし。
っと、宰相さんの詠唱禁止解いてあげないとね。
止めていた音を解放すると、がしっ、っと肩を掴まれた。
「あなたは一体、何者です!」
「え?」
「離せ。あの小動作で詠唱禁止術式を発動する上に、風の高位精霊を易々と呼び寄せる、か。これは、あの馬鹿を褒めてやらなければならないかも知れんな」
肩を掴む宰相さんの手から、ひょいとわたしを救い上げ、魔王さまが言った。
そのまま椅子に座る魔王さまの、膝の上に乗せられる。
人間、じゃなくて魔族か。魔族椅子。お腹の前に魔王さまの手が回って、後ろからコツンと、頭の上に顎を置かれる。
…うっかり、拙いものを見せた、かな?
「…ヴェーリアは、ただのお友達ですよ?」
いろいろと、助けては貰っているけれど。ただのお友達と言うか、腐友達だけれど。
「その、お友達、は、風だけか?」
隠した方が、良いのかも知れない。
一瞬の迷いは、魔王さまに気取られるには十分過ぎた。
「…風だけではない、か」
「…親しくして貰っている、だけです」
大事な腐レンズだ。好意でいろいろしては貰っているけれど、彼女たちを悪用する気はない。
「真剣に対応を考える必要がありそうだな。しばらく、私の側に、」
ばこんっ
「彼女が、彼女が救い出されたと言うのは本当かっ!!」
魔王さまの言葉の途中、凄まじい音で扉が開いて誰かが飛び込んで来た。
「あああ、無事、でっ…」
ひょいっと魔王さまの膝から持ち上げられて、抱き締められる。
…みんなひょいひょいひとの事持ち上げて、失礼だぞ。猫じゃあるまいに。
「あなたも、無事だったんだね」
わたしを軽々と抱き上げた彼の魔族の髪は、鮮やかな金色。扉の所には、小柄な黒髪も見えた。
わたしが、助けた魔族さんたちだ。
「ええ。あなたの、お陰で。…我々を救った所為で投獄されたと聞いた。身体は、大事無いのか」
「魔王さまのお陰でね。あなたが、頼んでくれたんだって?」
「本当は、私の手で救いたかったが、あなたの掛けた魔法により、人間の施設は襲えなかった」
人間に仇なしたら死ぬ呪いだ。それもそうだろう。
だから魔王さま動かすってのも、ぶっ飛んでるけど。
「魔王さまが来てくれて凄く助かったよ。けど、そんなに無理して助けなくても、良かったのに」
「…あなたの為では、ない」
「え?」
ああ、あれか、助けられたら助けないと駄目、みたいな、
「人など、魔族に劣る存在だと軽んじていた。しかし、そんな私をあなたは身を挺して救った」
勝手に納得しかけたわたしに、金髪の魔族さんは言った。
「小さな身体で私を庇うあなたは、とても尊く、美しかった」
それは、あれ?吊り橋効果、とか言うやつ。
いや、待った、え、ちょっと、雲行きが、不穏…。
「まさか、とは思ったが、再び会って確信した。私は、あなたに恋している」
「ちょ、いや、それ、なんかの間違いじゃ…」
「間違いでは、ない」
金髪魔族さんがわたしの頭に触れ、耳を胸に当てさせた。どくどくと、暴れる心臓の音が耳に入る。
いや、待って。待ってよ。
きみのお相手は、そこの、黒髪魔族くんでしょう!?
わたしの思いを裏切って、金髪魔族さんは語る。
「あなたを、愛している」
待って。嫌だ。聞きたくない。
物語は、わたしを部外者に進んで欲しいんだよ!
「だから、願おう」
嫌だ。嫌だ。
その時のわたしは、必死だった。
どうにか、逃げようと。
詠唱禁止と電撃と瞬間移動に、気配遮断と目眩ましと絶対防御。
魔法六つ同時行使(無詠唱)なんて変態技を駆使してその場から逃げ出そうとする。
瞬間移動発動の直前、獲物を見つけた猫みたいな顔をした魔王さまが、目に入り、
「あだっ」
瞬間移動が途中でキャンセルされて見覚えのない森に落ちた。
すぐ側に、お城(推定)が見える。
ああ、お城の範囲はこの森までなんだね。
呆然とそんなことを考えて、頭を抱える。
背を向けて、わたしのことなんて振り返らなくて良かったのに。
「どうしよう、逃げられない」
絶望的な鬼ごっこが始まろうとしていた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
最後の魔族さんがメインだったはずなのに
オネェさんと魔王さまのせいで完全に喰われたよ…( ´-ω-`)
最後駆け足気味で申し訳ありませんでしたが
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです