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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第一次空襲警報 未確認飛行物体
8/82

第四話 恋愛戦争 後編

 藤田由香里ふじたゆかりがトイレに立った。それを好機と見た山村やまむら三国みくにの隣へと移動した。正確には三浦みうらと三国の隙間に体を滑り込ませた。

 山村の標的は三浦だったようだ。ちょび髭なのに。

 後日山村はヒゲさえ剃れば、女子だ。と胸を張っていた。

 頬を赤らめる三国を差し置いて、山村は三浦へとアプローチを開始する。そこに負けじと斎藤さいとうが三浦と桐野きりのの隙間に体をねじ込んだ。

 桐野はアラブの顔面を見て、愛想笑いを浮かべると何喰わぬ顔で立ち上がった。

 このとき、吉野よしのは自分の股間がこれ以上ないくらい盛り上がっていることに顔を真っ赤にしていた。

 桐野は吉野のストライクゾーンにストレートで入ってきた。それは彼の人生にない出会いだった。

 ロミオとジュリエットが出会うように、本来なら出会うことのない二人だった。

 それは運命だと吉野は決めつけた。

 隣に座ることを確信していた。最初の一言は決めていた。

 まずは無難に好きなアーティストを聞こう。そして、半分ほど空いたグラスを持って気の利く男をアピールだ。

 だが、運命とは残酷なものだった。

 桐野は颯太の隣に腰を下ろした。それも隅っこの由香里が座っていたポジションだった。

 愕然がくぜんとして見守る中、桐野は颯太に話しかける。

「神崎君ってさっきの子と付き合ってるの?」

 隣に座るなり突っ込んだ質問に颯太は驚きつつもややぁって答えた。

「いや、幼馴染ってだけ」

 ふーん、と言いながら桐野はグラスの中のドリンクを含む。

「彼女とかいるの?」

 やけに大人びたような声だった。落ち着きのある声は、別に興味ないけど、と付け足しているように見える。だが、桐野は最近下手くそな化粧を覚え、いわゆるJKと名高いブランドを背負った女子である。

 そのブランドの重圧はしっかりと彼女の肩にのしかかる。そのおかげで、勇気を出した質問には、必死さの色は失われた。

「いないよ」

 ここに恋の駆け引きがあった。そして、桐野は思わずして、その駆け引きに成功していた。

 桐野は意外と純情であった。

 中学生の頃、三国という横綱の影に隠れていた。化粧も知らない、コンタクトレンズもしていなかった。

 地味子と呼ばれ続けた。片思いはいくらでもしてきたが、実ったことはない。

 種がそこにあったとしても、水を与えたことはなかった。

 彼女は自分の人生の中でずっと如雨露じょうろを持ち続けていた。決して水を与えようとしたわけではなかったのだが、不意に如雨露の水がこぼれてしまった。

「そっか」

 颯太の、いない、という返事を聞いて心の中でガッツポーズした。大人びて見せていたはずの横顔には、わずかに朱が差し、頬をほころばせた。

 その横顔を颯太はしっかりと見ていた。

 心臓が、きゅん、と鳴った。

「もう次入れた?」

 ふいにトイレから戻ってきた由香里が颯太の隣に腰を下ろす。ここでガッツポーズをしたのは吉野。ガッツポーズを下ろしたのは桐野だった。

「いや、まだだけど」

「じゃあ、あれ歌ってよ」

 由香里はそこに渦巻く希望や野望や欲望など、お構いなしだった。自由奔放という言葉がしっくりくる。

 いつもの会話を繰り広げる二人を見て、吉野と桐野は憮然ぶぜんとしていた。

 それは二人の知らないことだった。

 

 空が夕焼けに燃える頃、彼らはカラオケから出てきた。

「腹減ったー」

 山村が叫んだ。だが、山村は実際、腹は減っていない。そのセリフはカラオケに入った時から決めていた。

 カラオケだけで終わってなるものか、と次の選択肢を掲示する。

「そだね。いっぱい歌ったもんね」

 そこに本来なら斎藤と吉野が便乗するはずだったのだが、あまりしゃべらない吉野としゃべりすぎた斎藤は、撃沈していた。

 代わりに三国がはっふんはっふん鼻息を荒げてはしゃいでいた。

「そだね、なんか食べてく?」

 と、ちょびヒゲが風にそよいだ。

「マックっしょ」

 颯太の隣をキープした桐野が声を上げる。その手はさりげなく颯太の袖をつかんだ。

「あー、私帰るね。明日も朝練だから」

 由香里はそういいながら目は桐野の手に向け、逃げるように颯爽と去っていった。

「なに部?」

 と、ちょび。

「弓道」

 と、横綱。

「神崎君も行くでしょ?」

 それは桐野の精いっぱいのおねだりだった。今まで男子とろくに触れ合ったこともない手が、がっしりと颯太の腕をつかんでいた。

 それを見て斎藤と吉野は羨ましいような妬むような眼差しを向けた。

 うん、と首を縦に振ろうとしていた。だが、一瞬だけ、空に何かが輝いたのだ。

「なに?」

 颯太の視線に気づき、桐野もつられて空を見上げる。

 桐野の目には何も映らない。不自然に穴の空いた雲だけが、そこにポツンと落ちている。

「ごめん、帰るわ」

 それだけ言い捨て、颯太は桐野の手をすり抜けて走った。背後から山村の声が聞こえてきたが、それどころではなかった。

 まるで、子供が空に絵を描いているみたいだった。乱雑に振り回された筆は空にかすかな線を描く。

 その線に気付いた人はいないだろう。いたとしても、それが何なのかわかる人間はいないだろう。

 たった一人だけ。それを理解していた。だから、颯太は走ったのだ。

 嘴だ。

 しっかりと見えなかった。そもそも走り出した頃には見失っていた。

 天川の顔を思い浮かべて、颯太は人ごみを駆け抜けた。

「なにあれ」

 ふてくされたように桐野は囁いた。その声に山村は肩をすくめた。

 

 先ほどまで空は茜色に輝いていたのに、気が付けば夜の静けさが舞い降りていた。

 息を切らして公園にたどり着いたが、そこには誰もいない。

 人見知りの猫は闇に紛れて、その目を輝かせている。

 公園の中央。くちばしが舞い降りたその場所にはやはり何もない。見えていないだけで、本当はそこに何かがあるんじゃないかと手を出してみたが、やはり何もない。

 ほかに彼女が下りてくる場所など想像もつかない。

 もやもやとした思いは闇に食われる。いつまで待っても嘴の姿は見えなかった。

 ジャングルジムの上に腰を下ろして、ぼんやりしていると、待っているという感覚は失われた。

 ただ、公園でひとり沈黙を聞いている。

 腹も減ってきた。だが、ここで帰ってしまえば、天川と顔を合わせるチャンスはもう二度とないような気がした。

 学校が始まれば、登校してくるだろう。だが、颯太が知りたいのは、ほうき星に乗った魔法使いの呪文なのだ。日常に溶け込む天川結衣の拙い言葉が聞きたいわけではなかった。

 ここにいれば、彼女が見つけてくれるのではないかと希望に胸を膨らませた。

 膨らんだ希望は針を刺された風船のように音を立ててしぼみながら飛んでいった。

 その風船がしぼみ切って公園の入り口に落ちる音を聞いて、颯太はジャングルジムを下りた。

 その時だった。雨も降らない空を切り裂く雷光が、頭上で光った。

 まるで何かが爆発したかのような瞬きだった。

 そこは公園で戦争はジョークで、アメリカの戦闘機のことなどみんな忘れて平和が流れていたはずだった。

 待てど暮らせど空を飛ぶ姿すら見せなかった嘴が、煙を上げて頭上にあった。

 嘴はコマのように回転したかと思うとぴたりと静止した。びりびりと全身から稲妻を放ち、姿を隠していたステルス機能がはく奪される。

 即座に水平移動。すると、ついさっきまで嘴があったその場所に雷が寝転がるように走り抜ける。

 嘴は手足を伸ばし、応戦する。嘴が臨戦態勢を取ったことで、攻撃は激化する。

 雷が乱舞するように、空が何度も瞬いた。遅れて聞こえてくる爆発音に、それが雷だと言われてしまえば納得できてしまいそうだった。

 ステルス機能を失った嘴は手足を振り回してもがいている。どこからともなく撃たれる雷鳴を弾き落とす。

 嘴は何もない真空に向かって、反撃を開始した。

 嘴の先端から光を放ち、何もない真空で弾けた。そこでようやくそこに何かがあることを発見した。

 それは少しだけ形の違う物だった。嘴というよりは爪だ。

 天川の乗っていた丸みのあるフォルムとは違い、先端の尖ったそれは随分と攻撃的に見える。

 悪意をむき出しにしたかのようなそれは、自身が攻撃を受けたことなどものともせずに再度攻め立てる。

 嘴はそれを時に弾き、時に回避し、隙を突くように攻撃する。爪もまた、次の行動を予測されないよう不規則な動きで攻撃をしていた。

 明らかに嘴は劣勢だった。それなのに、嘴は逃げようとはしなかった。

 夏空に踊るUFOを颯太はただ口を半開きにして見ていた。

 どこかでサイレンが鳴る。

 空襲警報だ。

 

 戦争は始まっている。

 それはジョークではない。

11/12 12:00 次話 更新予定

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