第五話 ディアトロフに笑う 後編
ゴーストは沈黙する。
姿なき指導者は声を失っていた。
彼の力はグレゴヴィッチ中将という人間が生きていることで利用することが出来た。それがたとえ腐臭を放つ傀儡だったとしても、音声を放つことが出来るという事実さえあれば、利用することが出来ていた。だが、それ自身が発声することすらできない状況になると彼の声もまた沈黙を余儀なくされた。
それ故に、ゴーストはグレゴヴィッチ軍曹の身勝手な行動を許してしまった。
優秀な傀儡として利用していたはずだったにも拘わらず、いとも簡単に鳥かごから脱するとは思っていなかった。
一般人も同然の日本人である。配役を決め、舞台を用意した。本来なら天川結衣という少女を一人殺してくれれば用済みの存在だった。
それゆえの度外視。軽視し過ぎた。容易に操れると思っていた傀儡が自ら糸を切り歩き出すとは思っていなかった。いや、だとしてもグレゴヴィッチ中将の声があれば、補正は可能だった。その手段がなくなったがゆえの誤算である。だが、それも小さな誤算だ。
たかだか一人の人間が何を知ろうが何をしようが、彼に後ろ盾はない。
人間とは集団であるがゆえに脅威だが、個と言う存在に対する脅威などゴーストにとっては気に留めるほどのものではなかった。だが、思い通りにいかないという現実そのものに苛立ちを覚えさせた。そして、それに対する策もない現状。
いかにして、打開するべきか。ゴーストは思考を巡らせる。
グレゴヴィッチという傀儡を殺す。それも一つの策だ。だが、逃げた小鳥を射殺すことは容易。とはいえ、せっかく雛鳥が羽ばたくことを覚えたのだ。翼を与えた当人としてはそれを利用することを楽しむべきだと考えた。
自由に羽ばたくことの出来る小鳥に鋭い嘴も与えた。ならば、その切っ先がゴーストへ向く前に指先で向きを変えてしまえばいい。
ゴーストはいつしか苛立ちを忘れ、それとは逆の感情が湧き上がることに興奮していた。
人間が自らの国を自らの手で沈める。
何という喜劇だろうか。そして、そのエンディングを想像するだけで心は躍った。
人間とはハッピーエンドよりもバッドエンドを好むものだ。彼が地球という星で過ごした時間、人間という歴史の時間の中に見た彼らが描いたドラマの数々がそれを物語る。
ゴーストは人間を模したに過ぎない。彼らが好む趣向を、彼らが歩んできた歴史を。そこから映し出された最も凶悪な敵。そして、人間が最も嫌う殺人鬼。
スクリーンの中にしかいなかったはずの役を演じるという悦楽は計り知れない。
ゴーストは画策する。
凶悪な敵であれば、いかようにしてこのムービーをバッドエンドまでつなげていくのか。
英雄気取りで奔走する男に、どのような絶望を見せるのか。
記憶を持たない男を痛めつける方法を模索する。
こちら真田。エイワックス応答しろ。
こちらエイワックス、どうした。
緊急事態だ。旭山市からウッドペッカーに似た機体がロシアに向かった。
なんだと?それは確かか。
間違いない。探せ、何としても破壊しろ。
了解。スワローズを向かわせる。
あぁ、任せた。
それでいい。それでいいのだ。
人間同士の殺し合い。本来の敵の手のひらの上で互いの命が潰えるまで踊り狂う様相。
それこそがゴーストの望む姿。グレゴヴィッチがどれほど戦闘機の扱いに慣れていなかろうと、彼に与えた戦闘機が敗北することがないと理解していた。
ウッドペッカーが容易に出撃しないことも予想通り。グレゴヴィッチの敗因はなくなった。
ゴーストが彼に与えたものはオリジナルである。
人類が模したものではない。その性能はウッドペッカーと同等。いや、それ以上であるとゴーストは断言する。
五〇年以上前の産物に手を加えた程度のウッドペッカーとは比較することも出来ない。
唯一の弱点とすれば、それは搭乗者の経験不足。だが、かつてアメリカに奪われたUFOを元に作られた変体機体であるスワローズに負ける可能性は皆無である。
万が一敗北したとしてもゴーストにとっては大した痛手にはならない。勝とうが負けようが彼にとってはどちらでもよかった。
グレゴヴィッチが勝てば、真田が持つ戦力を削ぐことが出来る。そして、グレゴヴィッチが負ければ裏切り者に制裁を与えることが出来る。
この二つを掛けた天秤がどちらを天に捧げようと構わない。
チャンスを与えたのだ。
戦うといい。それこそが喜劇。
その日、再びホラート・シャフィル山にUFOが現れた。
触手を生やした嘴は無数の戦闘機に囲まれた。だが、最初は退避行動に専念していたが、嘴は応戦。
一機の戦闘機を撃退。激しい戦闘の最中、嘴は被弾するも善戦。三機の戦闘機相手に嘴は堕ちる。
幕は下ろされた。その事実にゴーストは笑う。己が選別した対象たちの無能さ。
命令され戦う者と自己意思で戦う者。
エキストラの無益な殺し合い。そこから生まれる物語をゴーストは想定する。
そして、また、彼はディアトロフに笑い掛ける。




