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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第一次空襲警報 未確認飛行物体
7/82

第四話 恋愛戦争 前編

 何事もなかったかのように、平和は流れた。

 戦闘機は何事もなく通過したと、ニュースは報道した。体育館に避難した人間は誰も外を見ていない。

 山村やまむらも外で閃光が走っていたことすら知らない。藤田由香里ふじたゆかりに至っては神崎颯太かんざきそうたが外にいたことを知ると鬼のような形相で怒った。

 話にならなかった。

 今、この話をできる人物は一人しかいなかった。だが、当の本人は教室にいない。

 結局、天川結衣あまかわゆいは金曜日になっても登校しなかった。

 土曜日になる頃には、戦闘機が攻めて来たなどという事実は誰もが忘れていた。

 結局、天川に会うことはなく、登校日が過ぎ去った。

 悶々としていた。その答えを知りたかった。

 あの日、空は戦いに泣いていた。

 銀翼船は触手を暴れさせ、雷光を放った。その雷光は間違いなく日本を守るために放たれたものだった。

 それは避けることの出来ない速度で、アメリカ軍の戦闘機を捉えていた。そして、それを守ったのは天川だった。

 相変わらず半透明の姿だったけれど、そこに浮かんでいたクラゲは間違いなく、天川が乗っていた嘴だった。

 テレビでは銀翼船が墜落したというニュースも戦闘機が落ちたというニュースはない。もちろん、嘴が墜落したというニュースもなかった。

 平和という仮面が張り付けられた日常は当たり前のような顔で居座っている。

 土曜日の昼。颯太はカップ麺を頬張りながら、テレビを見ていた。

 彼が興味を示すようなニュースはない。

 結局、頭の中が忙しく、部活動を申請することも忘れていた。期限は来週の金曜日。

 カップ麺の隣には白紙の入部届がある。

 書くとしたら化学部くらいのものだが、そんな部活したくない。

 ふと、リビングに設置した固定電話が怒声を上げた。電話のベルが壊れていた。普通ならプルルルとかジリリリとか鳴るものだけど、颯太の家の電話はババババと鳴る。

 別に通話に問題はないし、奇怪な音が鳴るということ以外に不便はない。それ故に神崎家では、その奇妙な音はごく自然なものだった。

「颯太」

 受話器を手にした母親は颯太の名前を呼んだ。

「山村君から電話」

 この家に颯太宛に電話をしてくる人間など、限られている。

 筆頭に上がるのは山村。彼とは中学生からの付き合いで、同じクラスになったのは、一度だけ。だが、どうやらよっぽど相性が良かったのだろう。

 山村は餌付けられた野良犬みたいに執拗に追いかけてきた。今は神崎家で颯太の友達代表に選出されるほどだ。

「もしもし」

 電話越しに山村の鼻息が聞こえてくる。耳元で男の鼻息が猛々《たけだけ》しく鳴り響くのを聞いているのは、あまりいい気持ちはしない。

「颯太。お前に朗報だ」

 受話器越しだというのに、山村のニヒルな笑みが思い浮かんだ。こういう時の山村はあまり朗報を持ってこない。そして、だいたいそれはすでに決定事項であって、拒否権などは連絡してきた時点で、用意されていなかった。

 こうして日曜日の予定が決まってしまった。

 

 三国直子みくになおこは化学部に所属している。といっても化学部などと大層な名前を授かった部ではあるが、実際はただのオタクの集まり。

 マッドサイエンティスト気取りで白衣を着て、フラスコを楽器のようにガチャガチャ鳴らす。

 基本的には授業の復習や予習のようなことをやらされている。いつも課題と称して顧問の米倉よねくらにプリントが提出される。

 米倉ことネクラは新任の教師で、化学部という部活を正直舐めきっている。といっても、当然のことだった。

 何といっても全員やる気がない。所詮、部活動に参加することを拒否し続けた一年生が、卒業まで青春を投げ捨てる墓場だ。

 当然、そこの墓守に生気などありはしなかった。ましてや新任の教師が押し付けられるような部だ。他の教師の目もはなはだ冷たく感じられる。

 化学部というとモジャモジャでニタニタしているイメージだが、三国はもじゃもじゃしていないし、ニタニタはたまにしかしない。

 何となく根暗なイメージもあるが、三国はクラスでは男女共に支持を受けている。

 人当たりは良い。ただ、彼女自身欠点と感じているのは体型だった。

 他の女子よりも幅のある体。最近メタボリックという言葉が頭をよぎるようになってきた。

 それでも、三国は女子である。

 花も恥じらう高校一年生の女子である。たとえ、マックでハンバーガーを三つ頼んだとしても、ポテトを飲み物のように頬張る姿をクラスメイトに目撃されていたとしても、やはり女子なのである。

「え、まじで」

 ポテトをむせた。

 金曜日の放課後だった。

 クラスの中でもブサメンと名高い山村とごくごく普通の斎藤さいとう吉野よしの。そして、三国と三国の親友でもある藤田由香里。

 五人はマックでくだらない話で盛り上がっていた。その中で山村が放った言葉に思わず三国は衝撃を覚えられずにいられなかった。

「三国頼む!合コンセッティングしてくれ!」

 山村は頭を下げた。上から見ると小さな一〇円ハゲを一つ見つけた。

「あたしでいいの?」

 恥じらう三国は脂汗にまみれていた。

 それを見ていた斎藤と吉野は「お前じゃない」と内心で斬り捨てる。

 山村は真摯しんしな瞳を三国に向け、そのフランクフルトみたいな指が生えた肉まんみたいな手を両手で包み込んだ。

「お前がいいんだ」

 このとき、山村はおそらく人生最大のミスをしたのだろう。ブサメンと名高い山村に最初で最後であるだろうモテ期が来てしまった。

 鏡餅みたいな顔が赤くなるのを由香里は見逃さなかった。

「いいんじゃない?」

 由香里は笑った。見透かしたような笑みに三国は首を縦に振ることしか出来なかった。

「じゃあ、日曜日。女の子はそっちで集めてな」

「私もいい?」

 山村が満面の笑みを浮かべるのを見て、由香里は挙手する。だが、山村はそれを拒絶する。

「お前には大沼先輩がいるだろ」

 何よりも山村はこの時点で、颯太を呼ぶことに決めていた。女子に対して消極的な颯太は決定事項には文句を言いながら参加するが、相談などしようものなら、頭から却下される。

 そこに由香里がいるとなれば、決定事項とはいえ、颯太が嫌がることは想定済みだった。

 古い恋には新しい恋を。

 そこに古い恋が落ちていれば、新しい恋の妨げになるに違いない。あわよくば三国が美人を連れてきて、颯太が三国とでもくっついてくれればいいと思っていたという秘密は、彼は墓場まで持っていくことになる。

 こうしてブサメン山村の粋な計らいによって日曜日を迎えた。

「なんでお前がいるんだよ」

 日曜の午後、駅前は人ごみでごった返す。北国の田舎町にしては、そこそこ人が多い。都会に比べれば大した人ごみではないのだろうが、田舎町という点を考慮すると、その人の数は大したものだ。

 待ち合わせは一三時。山村は一二時三〇分に待ち合わせの場所に立っていた。

 次に顔を見せたのは斎藤、吉野が並んで現れた。

 その後に三国と三国の友達の女の子が二人。そして、その後に由香里がやってきた。

 由香里の顔を見るなり、山村は問い詰めていた。

「いいじゃん、別に」

 正直、斎藤と吉野は喜んでいた。思春期の少年にとって女子が多いという事実だけで、それは幸福である。

 ましてや今年の一年では唯一あたりと名高い藤田由香里である。手の届くはずのなかった高嶺たかねの花が目の前にあるのだ。その花の香りを嗅げるだけで幸せである。

「あ」

 そんなやり取りをしているタイミングで、颯太はやってきた。

 間抜けな声を上げ、間抜けな顔で由香里を見ていた。由香里は颯太が来ることを想定していたのか、驚く様子もなく「よっ」と気さくに声をかけてきた。

「お前もいたのかよ」

 颯太はやれやれと嘆息たんそくを吐いた。表には出さないが、内心気まずい。フラれたといっても直接告白したわけではない。

 颯太の中では失恋相手でも、由香里の中では相変わらず颯太は幼馴染の友人なのだ。

 誕生日は二か月由香里が早い。それだけで、彼女はいつもお姉さん気取りだ。

「私がサポートしてあげるから」

 複雑な気分だった。

「ありがとよ」

 うんざりするような声で応じると、由香里は不満そうに鼻息を吐き出した。

 八人は駅前のカラオケにやってきた。

 そこで改めて今回の合コンのメンツを紹介することになった。

 山村がこちらのメンバーを簡単に紹介する。よほど気合が入っているのか、マイクを手にする姿はさながら一昔前のお笑い番組の司会者のようだった。

 斎藤は野球部の補欠部員。山村に誘われ、嫌々野球部に落ち着くことになった。

 背は高いし、顔は濃いめ。色黒な肌と堀の深い顔立ちから、あだ名はアラブ。

 吉野は中肉中背のメガネ。メガネに対するオシャレには人一倍気を使っているらしい。今日の吉野のメガネは太い縁に青と白のラインが入っている。

 一方女子のメンツは言わずもがな三国と由香里。そして、三国の中学生の時の同級生であるという化粧が濃いめの今どきの女子という匂いをプンプンさせる桐野きりのと鼻の下の産毛が濃いめの今どきのちょびヒゲが似合う三浦みうら

 ある意味四対三という劣勢状況に加えて、この布陣である。颯太は早々に戦意を無くしてしまっていた。

 女子と遊ぶということだけで、高校一年生の男子にとってはテンションが上がるものだ。

 ましてやクラスでも野郎共だけで盛り上がることが楽しいと感じていた思春期にとって、カラオケという密室空間にて女子と対峙するというのは、そこはかとない希望と野望と欲望が渦巻いている。

「颯太は何歌う?」

 由香里は男子に興味などない。カラオケに着いた時から、そんな態度だった。

 由香里からしてみれば、見知った顔とプラスアルファに見知らぬ女子がいる程度の集まり。

 男子よりも他の女子と仲良くなれるかが気がかりなのだろう。

 由香里はリモコンを手にしながら、桐野と三浦が何を歌うのかを探っていた。

 気が付けば、山村と三国は肩を組んで歌っている。下手くそな二人が先陣を切って盛り上げると自然とその場は盛り上がった。

「いいのか」

 周囲の声にかき消されるような声で、颯太は尋ねた。

「え?なに?」

「彼氏!」

 颯太は怒鳴るように由香里の耳にたたき付けた。その声に由香里は一瞬きょとんとした顔をして見せた。

 なんとも白々しい。

「大沼、だっけ?」

 その名前を聞いて由香里は苦虫を噛み潰したような微妙な表情を浮かべた。

「私、あのひと苦手」

 店員が入ってくる。

 山村が頼んだ山盛りのポテトとみんなが頼んだドリンクが届けられる。

 店員がいようとも気にしない様子で山村は叫んでいた。

「彼氏だろ?」

 確認するように問いかけを重ねる。

 由香里はポテトを頬張りながら、首を横に振った。

「コクられはしたけどね。あんなのと付き合う気はないよ」

 由香里は昔から人懐っこい性格である。誰とでも笑顔で接することの出来る彼女は、よく人に好かれる。

 厚意と好意を勘違いする輩が多く、由香里にフラれた人間は少なくない。

「そ、そうなんだ」

「なんで笑ってんの」

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