第十四話 星に願いを
神崎颯太が倒れたのを見て、天川結衣は颯太の頬に一度だけそっと唇を寄せた。気が付くと颯太の唇と頬に天川の唇の紅がこびりついている。
それがなんとも間抜けに見えて、天川はゆっくりとそれをふき取った。
意識を失った颯太を引きずるように抱きかかえ、天川は小屋から出た。
小屋の前には真田と幸村理恵と織田の背中が並んでいた。
三人ともビールの缶と煙草を手にしていた。
「まだ時間はあるぞ?」
ぽかんとする幸村と織田をよそに、真田は腕時計をじっと見つめた。
その声に天川は首を横に振った。その拍子に颯太の体が滑り落ちそうになり、織田が慌てて颯太の体を支えた。
「神崎に打ったのか?」
その問いかけに天川は首を縦に振った。その真摯な瞳に映る覚悟を見て幸村の胸がずきんと痛んだ。
「天川、覚悟は出来たのか」
真田の声に天川は答えなかった。みるみる内に両目に涙が滲んだ。悲痛に映る姿を織田も幸村も見ていることは出来ずに思わず目を逸らした。
ただ真田だけが、天川の返事を待っていた。
「死ぬ覚悟は出来たのか」
もう一度、念を押すように尋ねると天川の頬を一筋の涙が落ちる。その滴がこぼれ、頬を伝って落ちて弾けて消えた。
その音は漣にのまれて聞こえなかった。
「死にたくない」
ぽつりと響いた叫びを皮切りにボロボロと涙がこぼれた。
「私、死にたくない。もっと、颯太と一緒にいたいよ」
その涙を見て、彼女がまだ少女であることを思い出した。
ウッドペッカーという世界に一つしかない戦闘機のパイロットであり、特殊な生い立ちを持つ人間である前に、一人の少女だった。
魂を宿した生命である。今まで死ぬことに躊躇いも生きることに執着も持たなかった彼女が、初めて死にたくないと悲鳴を上げた。
自分の体も支えることも出来ずに、その場に崩れ、大声を上げて泣いていた。
それが本来の姿だということを、それを見ていた誰もが理解した。
子犬のケイを抱きしめて眺めていた斎藤琢磨も息を飲み、双眼鏡越しにそれを見ていたグレゴヴィッチは鼻を啜って、その場を立ち去った。
「織田、神崎はいつ目を覚ます」
「え、六時間か、七時間ほどで」
「作戦の決行は?」
「・・・どれだけ先延ばしに出来たとしても、おそらく六日が限界です」
「ちょ、ちょっと先延ばしって?出来るものなの!?」
銀河鉄道は走り出す。片道切符を手に入れた少年は深い眠りについたまま乗車していた。
「天川、三日、時間をやる。それまでにコンディションを整えろ。作戦決行は五日後だ。ブリーフィングは前日。遅れるな、わかったな?」
それは少年の知らない日々の終わり。
「さすがに甘すぎなんじゃないの?」
テンタクルで颯太を抱きかかえたウッドペッカーを見送る三人。
幸村はじろりと真田を睨み付けた。
「ホントですよ。おかげで人類が滅びる可能性の方が高くなってしまいましたよ」
織田ですら真田を軽蔑の眼差しで見ていた。
「うるせぇな、作戦だよ、作戦」
真田は悪態をつきながら煙草を口に咥えた。
「でも、見直したよ、お兄ちゃん」
幸村は意地悪に笑って、真田の口から煙草を奪って火を点けた。
「誰がお兄ちゃんだ」
再度煙草を咥えようとすると織田がひょいとそれを奪った。
「貴方がそういうお兄ちゃんだから、僕たちもついていけるんですよ」
「やめろ、お前まで。それに野暮なこと言うな。青春って時間はみじけぇんだぞ。それを半分以上軍人として生きたんだ。最終的にはちゃんと戦うんなら、もう少しくらい神様だって見逃してくれるさ」
そう言いながら真田は煙草の箱に指を突っ込んだ。
「あれ?」
「じゃあ、僕たちはスワローズと共に戻ります」
「私もエイワックスに帰投する。あんたは後で煙草買ってきて。あたし、マルボロ好きじゃないから、ケントね、五ミリのロング。あ、メンソールね」
空っぽの煙草を握りしめ、真田は舌打ちをして、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
「クソガキどもめ」
そう毒を吐く真田の顔はどこかすっきりとしていた。
銀河鉄道の夜だ。夜空に一度だけ流れ星が駆け抜けた。
まるで、二人の後を追いかけるように、流れ星は白い足跡を黒いキャンバスに絵筆のように走らせた。
そこに描かれる線を誰もが見上げていた。その絵筆に描かれた願いを人々は見た。
色も形もないたくさんの願いはたった二人の子供に委ねられていることを誰も知らない。




