第十一話 仔犬 前編
こちらエイワックス、オウル、現状を報告しろ。
こちらオウル、現在昆山上空を飛行中。ボギー、エンゲージ。
こちらエイワックス。攻撃はするなよ。どうせ奴にはお前が見えていない。
オウル、了解。それにしてもすごいぞ。
どういうことだ。
あれは本当に兵器なのか?まるで、生き物だ。あの手足は何だ?頭と尻尾までついていやがるぞ。
ロシア軍はチゥドーヴィシシィと呼んでいるそうだ。足に見えるのはタロンがいくつもくっついていて、あれで歩行することは出来ないだろう。頭は砲台だろう。尻尾はテンタクルの集まりだ。アレもアメリカの最新兵器だと思い込んでいるらしいぜ。
中国で現れたのにか?
あぁ、アメリカのCIAが秘密裏にやってたとかって無線を傍受したぞ。
中国は本当に憶測でものを言うのが好きだな。
国民性ってやつさ。
そうだな。
引き続き観測しろ。動きがあれば報告しろ。
オウル、了解。いや、待て!
どうした。
コンタクト!ロックオンされただと!?
こちらエイワックス!ブレイクしろ!
こちらオウル!ターゲットを捕捉出来ない!レーダーに反応なし!上昇する!
こちらエイワックス。こちらでも敵を確認できない。タロンか!?
わからない。オウルが反応しない。
ステルスは!?
展開中、クソ。外れねぇ!テンタクル展開!迎撃態勢に入る。
こちらエイワックス!衛星にて確認!ボギーだ!攻撃態勢に入っている!大気圏まで逃げろ!
もうやってる!
速度を押さえろ!レッドアウトするぞ!
あぁ、キテるぜ。体が押しつぶされそうだ。
オウル!
こんなところでくたばるようなヘマはしない!高度六五〇フィート!
速度を落とせ!
まだ奴の射程範囲だ!
どのみち死ぬぞ!
俺が死んでもオウルは死なせねぇ!
こちらエイワックス!ボギーのテンタクルの展開を確認。熱源反応上昇中!
高度七〇〇!まもなく大気圏に突入する!
そのままゆっくり速度を落とせ!宇宙に出ればさすがに当たらないはずだ!
了解!速度を落とす。エンゲージブレイクを確認。ロックが外れた。まもなく大気圏外に出る!
こちらエイワックス。ボギーは未だに攻撃態勢維持。熱源反応なおも上昇中。本当にロックは外れたのか。
こちらオウル、ロックは外れている。速度を落とし、衛星軌道に乗る。俺からはもうボギーは確認できない。状況を教えてくれ。
こちらエイワックス、なおも熱源反応上昇中。まるで、アイツからはお前が見えているみたいだぞ。
こちらオウル、了解。このまま地球の反対側まで逃げ切る。
こちらエイワックス!発射された!繰り返す!発射された!まぐれでも当たるなよ!
了解。退避行動に移行。この距離でロックもなしに当てられると思うなよ。
こちらエイワックス、ボギーから放たれた弾頭を分析。あれは重力の塊だ!マッハ二〇で大気圏に突入!大気圏外にまもなく出るぞ。退避しろ!
こちらオウル、機体が引っ張られる!
持ちこたえろ!
推進出力最大!オーバーヒートしそうだ。
大気圏を抜けるぞ!
あぁ、クソ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!動力停止!操縦不能!操縦不能!
電源系統がやられたってのか?オウル!再起動しろ!
こちらオウル!再起動する!反応なし!あぁ、クソ、弾頭確認!真っ黒い闇みたいだ。距離八〇〇〇!だめだ、吸い寄せられる!クソ、止まれ止まれ止まれ止まれぇぇぇぇええ!
オウル!応答しろ!地球から離れ過ぎている!それ以上離れ・・・ら、もう通信が・・・おい、・・・聞こ・・・オウ・・・
こちらオウル!エイワックス!?あぁ、頼む頼む頼む。このままじゃ月も越えちまう。クソクソクソ、これ以上離れたら帰れないぞ。クソ!酸素は!?一八時間分。おいおいおい、嘘だろ。こんなの反則だろ。ロックなんてしてもしなくても関係ないじゃないか。あぁ、だめだ。地球があんなに遠い。こいつどんどん早くなってやがる。ふざけんなよ、こんな宇宙旅行あんまりじゃねぇか、神様よぉ!メーデー、応答してくれよぉ。メーデー!エマージェンシー!エマージェンシー!再起動!再起動!起きろ!オウル!目を開けてくれ、オウル!あぁ、もうやだぁやだぁ!主よ!天にまします我らの父よ!願わくは御名をあがめさせたまえ!我らに罪をおかす者を、我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ!我らを試みにあわせず、悪より救いだしたまえ、・・・アーメン。
海の香りを味わったのは随分と久しぶりのような気がした。鼻孔をくすぐる磯の香りはどこか食欲を掻き立てる。
缶詰ばかりの生活を強いられている現在では、そんな自然の香りが愛おしい。
吉野圭一はグレゴヴィッチという男と東の港町へと足を踏み入れた。
天川結衣を探して到着した港町は、他の街同様に少し寂れていた。
ちらほらと見える戦争の傷跡が、ここは旭山市に比べれば随分と薄い。電気や水道も生きているのか、人々の生活感がまざまざと感じられる。
たった数時間の道のりを超えただけでこんなにも違うものなのか、と吉野は驚きを隠せなかった。
戦争の傷跡は旭山市から離れれば離れるほど柔らかなものとなっていくように感じられた。
旭山市が最も被害が大きいということは目で見て理解できた。もっと主要な都市部に近づけば近づくほど被害が大きくなるように思えたが、札幌という北海道では一番大きな都市が近いにも関わらず港町は平穏だ。
まるで、旭山市のついでに攻撃したかのように思えた。
グレゴヴィッチは吉野の言葉に静かに、そうだ、と一言答えた。
ドーチカと呼ばれる触手を持つ戦闘機の狙いはクリューブと呼ばれる戦闘機の援護であるとグレゴヴィッチは語った。
クリューブは一機しか存在しないが、その一機が戦場にあるかないかで戦局は一気に覆るほどの戦闘力を有している。
巨大な兵器こそ積んでいないが、その機動力は普通の戦闘機如きでは太刀打ちできるものではない。その上、アメリカは徹底している。
ロシアの軍事力は旭山市に集中しつつあった。山々に囲まれた旭山市は天然の要塞基地として十分に機能するはずだった。だが、秘密裏に強化されていく旭山駐屯地が明らかとなりアメリカのスパイに攻撃目標として目を付けられてしまった。
本来ならそれを阻止するのがグレゴヴィッチに与えられた任務だった、とグレゴヴィッチは奥歯を噛みしめて語った。
その横顔は本当に悔しそうで、武骨な男に対して信頼してもいいと思えた。
「天川を探すの手伝わせてください」
吉野の申し出にグレゴヴィッチは危険だぞ、と念を押した。だが、吉野は戦いたかった。
何も出来ない少年である。
勇気があると思っていた。行動力もあると思っていた。それ故に三浦紗枝と共に行動していたはずだった。だが、たった一人の兵士に銃口を突きつけられただけで何も出来なかった。いや、なにかをしようという意欲すら失われてしまった。だから、機会を与えられるのであれば、それをもう逃がしたくはないと思った。
あれ以来、三浦の目はどこか冷たい。相変わらず表情に変わりはないのだが、それと理解できる程度には三浦のことを知ったように思える。
「いいだろう。だが、探すだけだ。君たちにはそれ以上の協力は求められない。私は土地勘も天川という人物も知らない。勝手に連れ出したのは申し訳ないが君たちが必要ないと判断出来た時点で、君たちを軍に預ける」
それでいいな、と尋ねた声に吉野は静かに頷いた。
グレゴヴィッチはやけに頼もしく思えた。心の底から自分に自信があり、そして、その使命を果たすためなら、どんなものでも利用しようとする姿勢が格好良く映った。見た目は中年のおじさんなのだが、その姿勢に吉野は憧れた。
「まずは聞き込みだ。新鮮なネタは足で稼ぐのが一番だ」
港町へ到着した日、グレゴヴィッチの提案により、街の人々に話を聞くために一度分かれることになった。
集合を日暮れとして、三人はそれぞれ天川を探すことにした。
グレゴヴィッチが手にしている情報は天川結衣が神崎颯太と共にいるという情報だった。
一人目はおばあちゃんだった。
僕たち、親戚のおじさんの家に疎開して来たんだけど、そのおじさんの子供がここのところ帰ってきてないんだ。それでこの街で目撃されたって聞いたから妹と二人で探しに来たんだ。髪の長い女のこと髪は短めで不愛想な男の子なんだけど、おばあちゃん知らない?
それはグレゴヴィッチが与えてくれたシナリオだ。家族の身を案じる少年少女という設定は人の口を軽くしてくれるだろうということで口に馴染むまで何度も練習した。
おかげで練習の甲斐もあって、すらすらと言葉を並べられた。だが、おばあちゃんに尋ねたのが間違いだった。
子供二人でこんなところに来たのかい?それはいいことかもしれないけど、そういうのは大人の仕事でしょう。お父さんとお母さんは?すぐに連絡して家に帰りな。警察にでも相談して家でおとなしくしていなさい。だいたいそっちの女の子大丈夫なのかい?口がきけないのかい?あらあらあら、可哀想に。ほら、飴あげるから元気出しな。
年寄は子供には優しいという判断は間違っていなかったが、余計な心配をさせてしまった。長い説教と飴玉を二つもらい、一時間ほど立ち話をする羽目になった。
二人目は若い夫婦だ。
先ほどと同じ言葉を並べると若い夫婦は感心したように笑ってくれたが、有益な情報は得られなかった。
三人目は黒いスーツの男だった。
先ほどと同じセリフを並べる。
「う~ん、私もこの街の人間じゃないからねぇ。名前とかは?もしも見つけたら君たちが探していたことを伝えておくよ」
男は優しく笑い、その笑顔に信頼してもいいと思えた。
「はい、女の子は天川結衣で男の子は颯太と言います」
あくまでも二人は兄妹と思わせるのが望ましいということで、名前を聞かれた時には天川はフルネーム、颯太はおまけということで苗字は伝えないようにしていた。
その名前を聞いて、男の表情がわずかに動いた。それは本当に一瞬の出来事で、蜃気楼のように感じられた。
「そうか、聞き覚えはないなぁ。もし、それらしい人を見つけたら君たちが探していたことを伝えておくよ。君たちのおじさんの家はどこにあるんだい?あと、名前は?よければおじさんの名前も」
男は矢継ぎ早に尋ねる。吉野は素直に自分の名前を名乗り、三浦の苗字は伏せた。叔父の名前と称して父の名を名乗り、隣町で今日は避難所で一日お世話になる予定だということも伝えた。
これらもグレゴヴィッチが用意したシナリオである。
男はそうかと笑顔で二人を見送った。吉野の明るい顔を見て、手を振ると嘆息を吐きつつ、耳に手を当てた。
「織田です。随分可愛いスパイが嗅ぎまわっているみたいですよ」
『可愛いスパイだ?』
「小さくて可愛いスパイです。キャットのことを探している。とりあえず知らないふりをしたけど」
『神崎じゃないのか?』
「んー、たぶん、違うと思うけど」
『なんだよ、歯切れが悪いな』
「まぁ、僕の直感みたいなものですけどね」
『そうか。まぁ、いい』
「それより真田さんは幸村は見つけられたんですかい?」
『まだだ』
「稚内の防衛線が突破されたらしいですよ。奴らは陸路を通って北海道を奪おうとしている」
『そうか。思ったより早いな』
「時間はありません。中国の工業都市にも未確認機が現れた。一刻を争う時なんですよ」
『わかってる』
「じゃあ、どうして!」
『俺に任せろ。今のキャットでは戦力にならない。奴のコンディションを整えて、一気に戦況を覆す』
「出来るんですか」
『そのための子犬だ』




