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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第三次空襲警報 消失した日々
36/82

第一話 天川の決意

 神崎颯太かんざきそうたの知らない日々の話である。そして、彼らの周りを囲んでいた友人たちの未来の話でもある。

 天川結衣あまかわゆいの操縦するウッドペッカーに抱きかかえられ、西の空へと逃げた。

 天川はただ必死に颯太を助けることだけを考え、ウッドペッカーを飛ばした。

 旭山市から西にあった無人の遊園地にたどり着いた。横倒しになった観覧車や半分に折れたジェットコースター。

 朽ち果てた夢の真ん中にウッドペッカーは下降した。

 颯太を壁にもたれ掛かるように座らせ、天川はウッドペッカーのコクピットから飛び出した。

 気が動転していた。それでも、天川は何としても颯太を助けようと躍起になっていた。

 意識を失った颯太の肩に手を当てる。明らかに肩は外れていた。このままではいけないと思い、天川は乱暴に颯太の肩を戻した。

 ガコンと響いた音と共に颯太は目を開き、悲鳴を上げた。颯太の目に恐怖が溜まっている。

 それが天川自身に対する恐怖だとは理解できた。それでも、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 合図もなく、天川は颯太の外れた股関節も強引にはめ込んだ。再び拷問にでもあっているかのような絶叫が響いた。

 世界が戦争を始めていることを知らないカラスは、その悲鳴に驚き、羽ばたいた。

「なんなんだよ」

 颯太は天川を怒鳴りつけた。

 なんだ、と言われても助けようとしたのだ。それ以外に理由などない。

 それを口に出すような余裕はなかった。

 突然乱暴をされたと勘違いしている。それは半狂乱状態だった。

 つい先ほど、タロンの大空襲を受け、そして、自身も襲われたのだ。挙句、脳みそが落ち着く前にアドレナリンがあふれ出していた。

 UFOと宇宙人が天川と重なった。

 天川を見る颯太の目は恐怖の色に染まっている。

 精いっぱいの笑顔を浮かべた。目頭の熱を必死に抑え、壁際で必死に後ずさりをしようとする颯太に手を伸ばした。

 ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。けれど、颯太は天川の伸ばされた手に頭を撫でられると少しだけ落ち着いた。

 肩でしていた息は、徐々に静かなものへと変わっていく。

「大丈夫」

 心配ないよ、と母親が子供をあやすような声を出せた自分に少しだけ驚いた。

 いつもならパニックになった天川を、そんな風にあやすのは幸村理恵ゆきむらりえの役目だった。

 胸に広がる大きな優しさの波が、天川の胸いっぱいに満たされていく。

 颯太の目から恐怖の色が消えるまで、天川はじっと颯太の目を見つめ、いつまでも撫で続けた。

 ようやく落ち着いた頃、空は白み始め、朝がやってくるのを実感させた。

 六月二五日。

 颯太の知らない朝が始まる。

 

「落ち着いた?」

 天川の静かな声に促されるように、颯太は小さく頷いた。だが、まだ目に映る不安はぬぐい切れていないことがわかる。

「何が起きたんだ?」

 颯太の問いかけに天川は静かに伝えた。

 タロンが攻めてきたこと。そして、たまたま(・・・・)近くを飛んでいた天川が、それに気づいてみんなを助けたこと。

 ウッドペッカーに乗っている時には、まだ上空をタロンが飛んでいることに気付いていたが、心配を掛けまいと、それは伏せることにした。

 あの場を離れる時に幸村がいたことを伝え、みんなは無事だと伝えると、一瞬だけ颯太は安堵したように見えたが、はっとを顔を上げると、山村、と小さくつぶやいた。

 腕と足を引きちぎられた山村達人やまむらたつひとが颯太と親しいことはわかっていた。

「あいつはどうなったんだ!?」

 颯太の鬼気迫る瞳が目の前にあった。その瞳の近さに戸惑いつつも、大丈夫だ、とだけ伝えた。だが、天川の戸惑いの色に颯太は気づいたのか、眉を一度(しか)めると何も言わずに立ち上がった。

「危ないよ」

 タロンがまだ空を飛んでいるのがわかる。彼らが天川を探していることもわかっていた。

「でも、山村が、俺を助けようとして、あんな目にあったんだ」

 あぁ、颯太は優しいな、と思った。その横顔の真剣さが胸を締め付ける。

「まだ見てる」

 意を決したように口を開く。

 何が、とは言わなかったが、颯太のこわばった表情に天川は彼が理解したことを知る。

 あんな思いをして、それでも、また街に戻ろうなどとは言わないだろう。

 そう高を括っていた。

「知るかよ」

 冷たく放たれた声は、ずしん、と天川の胸の中に響く。静かな水面に大きな岩を投げ入れられたような気分だ。

 大きな波紋は天川の心の中いっぱいに広がり、それは目からあふれそうになった。

「危ないからダメ」

 颯太を守ろうと決めた。

 幸村も真田さなだも関係ない。アメリカも命令も、すべて投げ出していいと思った。

 ただ、ここにある恋が強く歌っていた。

 決して言葉にされないラブソングに、天川は突き動かされる。

「わかってるよ、でも、みんなが心配だ。山村はもちろんだし。由香里は?桐野もそうだ。あの子、掴まえられただろ。三浦も三国も斎藤も吉野だっていたんだ。それに俺の家族は?」

 まくしたてるように颯太は早口に言葉を紡いだ。颯太自身にも天川に問いかけたところで、答えが出てくるとは思っていなかった。

 ただ、上から物を言う天川に対して、怒りの矛先は向けられてしまった。一度持ち上げた矛は、簡単には下せなかった。

「でも、危ないから」

「それしか言えないのかよ」

 びくっと天川の体が震えた。人見知りの猫が未知のものと遭遇した時のような驚きようだった。

 目頭から一滴ひとしずく零れた涙に、颯太の熱は一瞬だけ冷めかけたが、天川が、だめ、とだけ小さく返した言葉に、その熱は再び燃え上がった。

「知るかよ」

 どうでもいいと思った。

 颯太は唾を吐き捨てるように、つぶやいた。その言葉の鋭さが天川の胸に深々と突き刺さったことを颯太は知らなかった。

 天川に背を向けて歩き出す。足の痛みに顔を歪めたが、颯太は歩き続けた。

 天川はぴたりとくっついていた。時折、縋るように颯太の袖をつかんだ。それを腕に感じると颯太は羽虫でも払うように乱暴に腕を振り回した。

 だめ、危ない、やだ。

 歩きながら、壊れた玩具のように、天川は小さな声を繰り返した。その声は徐々に頻度を減らしていったが、いつまでも響き続けた。

 最初はわずかな罪悪感に胸を痛めていたが、あまりのしつこさに颯太の堪忍袋の緒が切れた。

 天川の手を振り払い、天川の目を睨み付けた。

 小動物のように小刻みに体を震わせ、じっと颯太の言葉を待つ顔は死刑宣告を待つ囚人ように苦しそうに歪んでいた。

 ここまで来てしまっては、颯太も引き返せない。

 天川が悪いんだ、と言い聞かせ、颯太は告げた。

「どっかいけよ」

 体を一刀両断されるような痛みが走り抜けた。引き裂かれて悲鳴を上げた心の声に気圧されるように、天川はその場にぺたんと尻餅をついた。

 それでも、手を伸ばした。

 一緒にブランコをした。初めて好きになった。

 離れたくない、と声に出せないまま、颯太が手を握ってくれると信じていた。だが、颯太はその手を弾いた。

 拒絶されたことに天川の頭が真っ白になった。

「もうついてこないでいいよ」

 バツの悪そうな顔で、颯太は告げた。

 さよなら、と一声残して颯太は歩き出す。颯太は振り返らなかった。

 天川はいつまでも立ち上がることも出来ず、涙を流すことも忘れて、歌うように颯太の名前を誰にも聞こえないような声で呼び続けた。

 ようやっと立ち上がった時には、颯太の背中は豆粒よりも小さくなっていた。

 走った。

 離れていくことを嫌だと思った。どんな言葉を投げかけられても、傍にいたいと思ったのだ。

 

 恋をした。

 

 だから、走った。

 その背中に近づき、颯太に怒鳴られても、その背中から離れなかった。

 ただ、ひたすらに歩き続けた。涙を抑えることが出来ず、颯太にうるさい、と怒られた。

 それでも、涙は止まらなくて、あっちにいけ、と言われた。

 諦められなかった。

 どんな言葉を浴びせられても、颯太の傍にいた。

 颯太を守れるのは自分しかいないのだ。

 この恋を守りたいと願い、この人と一緒にいたいと願った。

 

 他の人間など、天川にとってどうでもよかった。

 

 その日はどれだけ歩いても、旭山市にはたどり着かなかった。方向があっているのかも颯太はわかっていない。

 まるで、天川から逃げることを優先していた。時折、痛みをこらえるようにうめき声をあげたが、日が暮れるまで、歩きとおした。

 街灯すらない山間の道を歩いていた。

 颯太は力尽きたように、その場に倒れた。

「そうた!」

 その姿に驚き、天川の涙も引っ込んだ。颯太は額に玉のような汗を浮かべ、地面に手をついて、その腕をぶるぶると震わせた。

 天川が颯太を抱きしめるように手を添えた。弱弱しく抵抗を見せるが、天川が手を離せば、そのまま倒れてしまいそうだった。

「ごめんね」

 天川が囁いた。先ほど枯れたはずの涙が、もう一度湧き出した。颯太は一度だけ天川に視線を投げた。

 力なく颯太は笑い、俺も、と一声残して糸が切れたように地面に沈もうとした。

 慌ててそれを阻止しようとしたが、天川の腕では、颯太の体を支えることは出来なかった。

 アスファルトの上で意識を失った颯太。額に手を当てるとわずかに熱を感じた。

 どうしようかと周囲を見回した先、目をじっと凝らさなければわからないようなところに、バス停の待合室を見つけた。

 地面で寝ているよりはマシだろう。天川は颯太の肩の下に強引に体を滑り込ませると、引きずるようにして待合室まで歩いた。

 夏は始まったばかりだ。

 じっとりとまとわりつく夜の気配は、颯太の体をより一層重たく感じさせた。

 途中、何度も転び、すねをすりむき、頬に小石が突き刺さった。

 颯太に怪我をさせないよう必死に自分を犠牲にした。

 倒れるたびにのしかかる颯太の体重に天川の体も悲鳴を上げた。

 もう限界だと体が叫び、叫ぶことにすら疲れた頃、ようやっとバス停の待合室にたどり着いた。

 がらんとして何もない。ベンチだけがぽつんと落ちている。

 天川は颯太の体を強引にベンチの上に乗せると、自身も倒れるように地面に腰を下ろした。

 ようやっと自由に呼吸をすることを許された肺が、精いっぱいに酸素を取り込む。息も絶え絶えに天川は颯太の額に手を触れた。

 極度の疲労が出てしまったのだろう。わずかに熱を持ちながら、颯太の唇がかすかに震える。

 天川は何のためらいもなく上着を脱ぎ、颯太の体に掛けた。スカートも颯太の体に掛け、その上から抱きしめるように体を乗せた。

「大丈夫」

 ただ、優しく、声を掛ける。

 夜の風の生暖かさとしっとりと湿気た夜のにおいに、わずかに身震いした。それでも、天川は腕をこすりつけるようにして、颯太の体を温めた。

「大丈夫」

 颯太の耳元で唇が触れるような距離で、何度も囁いた。

「大丈夫。私が颯太を守るから」

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