第四話 The Power of Love 後編
こちらグレゴヴィッチ中将だ。我らがソビエトのルゥカヴァディーチリよ。聞こえているか。
聞こえているよ、グレゴヴィッチ。
おぉ、ルゥカヴァディーチリよ。どうしたのだ。私の部下からあなたと連絡が取れないと聞いて、心配していたのだぞ。
私たちは君としか会話しないことを決めたのだよ。
光栄なことだ。ルゥカヴァディーチリに認められたような気分だ。
そう言ってもらえると嬉しいよ。ところでグレゴヴィッチよ、我々が君に託した“翼”は役に立っているかな。
もちろんですとも、ルゥカヴァディーチリ。だが、ちょっとした疑問が浮かんでね。
なんだね、グレゴヴィッチ。
彼らのドーチカに先日、我が軍の戦闘機が落とされたのだ。
おぉ、何という悲劇だ。平和を愛するソビエトに攻撃をするとは、なんとも愚かだな、アメリカは。
はは、平和を愛するなどと、アメリカがただ野蛮なだけだよ。ただ、そのすぐ後だ。日本がドーチカに襲われたのだ。
なんと!それは困った。アメリカはそんな小さな国にまでドーチカを解き放ったというのか。
そうだ。だが、少し引っかかることがあったんだよ、ルゥカヴァディーチリ。
何があったというんだ?
アメリカの放ったドーチカにクリューブが応戦している姿を目撃されたのだよ。
ほぉ。ドーチカはアメリカが我々の技術を盗んで作り上げたものだぞ?クリューブもそうだ。それがどうして戦いを?
えぇ、いや、それともう一つ日本に配置していたルイーバが行方不明に。
大方、撃墜でもされたのではないか?いくらルイーバでも大量のドーチカには太刀打ち出来ないだろうからな。
えぇ、そうですね。ん?私は大量のドーチカなどと言いましたか?
違うのかね?てっきりそうだと思ったよ。それとも君は少数のドーチカに襲われた程度の話をしていたのかな。
いえ、さすが我らがルゥカヴァディーチリ。お察しがよくて助かりますよ。大量のドーチカだったのです。アメリカはこれを否定していますが、謎が多すぎて困っているのですよ。
野蛮なアメリカ人の中にもソビエトの正義を理解できるものがいたのかもしれないな。
ははは、アメリカ人ごときでは、我々の正義など理解できませんよ。
そうか。どうも地球に住む者たちの考え方は我々には難しいからな。
国が違うだけで思想もことなるものだ。ルゥカヴァディーチリにはそういったことはないのかね。
我々の意思は一つだ。ただ、平和を心から愛しているのだよ、グレゴヴィッチ。
そうだったな、ルゥカヴァディーチリ
そうだとも、グレゴヴィッチ。
ルゥカヴァディーチリよ、クリューブのことで聞きたい。
突然なんだね。
アレにはパイロットがいる。そうだな?
どんな人間が乗っているかは知らないが、そのはずだ。奴らはかつてソビエトに届けるはずだった船の内の四機、クリューブをこともあろうに改造してしまった。嘆かわしいことだ。
あぁ、その通りだ。あなたのおかげでかつて死んだと思われた仲間たちが翼を持って帰ってきたのだ。いくら感謝しても足りないくらいだ。
礼には及ばないさ。我々は平和のために星を渡っている。たまたまこの地球でソビエトの思想に触れ、無益な戦いを終わらせてもらいたかっただけなのだから。
ルゥカヴァディーチリよ、ドーチカにもパイロットはいるのかな。
どうだろうな。私が知るよしもない。アメリカは戦いに対してどん欲だ。私の手元を離れたドーチカなど、すでに私の目には届かない姿になっているかもしれない。
そうか。それならいいんだ。忙しいところをすまない、ルゥカヴァディーチリ。
かまわないよ、グレゴヴィッチ。また何かあれば連絡をよこすと良い。私はいつも空から君たちを見守っていよう。
感謝するよ、ルゥカヴァディーチリ。そうそう、近々日本に行くんだ。アメリカのドーチカを撃ち落としたらしい。それをいくつか回収して、奴らの実態を調べようと思ってな。
危険だぞ?グレゴヴィッチ。死ぬかもしれない。
なに、ただの散歩みたいなものだよ。今や日本は友人だ。彼らはアメリカよりも聡明で、友好的だ。
そうか。だが、十分に気を付けるんだぞ。ドーチカが君を狙っているかもしれない。
あぁ、わかったよ、ルゥカヴァディーチリ。すまないが今日はこれで失礼するよ。
あぁ。よい夢を、友よ。
ルゥカヴァディーチリ、あなたにもよい夢を。では。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
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グレゴヴィッチよ、君は少し勘がよすぎるようだな。十分に気を付けるんだぞ。ドーチカが君を狙っているからな。
シャワーで汗を流し、コンビニからくすねてきたシャンプーの香りを存分に嗅いだ。
体の汚れを落とすと人一人分の浴槽に膝を抱えて湯に浸かった。
疲労した体にお湯は染み渡る。もう少し足が伸ばせれば最高だったのだが、贅沢は言えない。
「そうた、まだ?」
風呂場と部屋の境界線。擦りガラス越しに天川の長い髪の毛が見えた。
扉によしかかっているのが見て取れる。よっぽど待ちきれないのか、天川の体はブランコを漕ぐように揺れていた。
「まーだだよー」
狭い湯船の中で精いっぱい体を伸ばす。筋肉をもみほぐし、股関節を伸び縮みさせる。
「もーいーかーい」
ゆっくりと天川の体が揺れている。
「まーだだよー」
かくれんぼをするみたいに、そんなやり取りを繰り返した。
いい加減、出てもよかった。よかったのだが、出てからどうする。
颯太は顔の半分を湯船に埋めて、じっと考えた。
なんだったのだろう、さっきの決意に満ちたような顔は。
恥ずかしさのあまり逃げ出してしまったのだが、颯太が考えていたこととは違うのではないだろうかと思った。
まるで、何かの終わりを予感させるような顔つきの悲しさをひたと感じた。
それが気のせいであればいいと思いながら浴槽から、のっそりと飛び出した。
水音を聞いて天川が飛ぶように扉の前から姿を消した。
風呂を出ると部屋の中は蝋燭の小さな火だけが灯っている。ほの暗い部屋の中に天川の姿はない。
颯太は足元に畳んで置いてあった服に目を落とした。それを拾おうとかがんだ瞬間、後ろからタオルを持っていた天川に飛びつかれた。
「だーれだ」
陽気な声とは裏腹に背中に感じる天川の胸の高鳴りは、今まで聞いたことがないような悲鳴を上げていた。
その柔らかで激しい鼓動に、颯太の心臓も巻き込まれる。
頭の中が吹っ飛ばされるようだった。
もう止められる自信はなかった。振り返り天川を見つめた。
天川は颯太の顔を見て、嬉しそうに笑った。
そっと指先で触れた。髪の毛を、頬に手を添えた。
天川は目を閉じる。夢心地の顔で、目を閉じて、少しだけ唇を尖らせた。
初めてだった。
そっと唇を触れさせた。天川が震えるのを唇で感じた。
雨は降り続いた。
激しく打ち付ける雨粒に覗かれながら、二人は互いを求めた。そうすることが当たり前のように、二人は何度も口づけを交わした。
ただ、その最中、天川は泣いた。
どうしたの、と尋ねると天川は笑った。
不器用な笑顔だった。
うれしい。
一言だけそう言って、天川は颯太の頭を胸に抱きしめ、見ないでと恥ずかしそうに囁いた。
その小さな声に込められた愛しさが膨らんでいく。力強く抱きしめると、天川もそれに応えるように腕に力を込めた。
もう二度と離すもんか、と。
もう恐れはしない、と。
二人にはしっかりと聞こえていた。
それは声にならない二人だけのラブソング。
メロディもない、楽器もない、歌声すら響かない。
静寂が歌う、心が奏でた愛の歌だった。
雨は降り続く。
不器用な性行為の最中、天川の涙が止まることはなかった。
雨は朝まで止むことはなかった。
目が覚めると天川はいなくなっていた。
大きな雨粒が窓をたたき続けていた。
一枚の紙きれが枕元にあった。
雨はやまない。
そこに記された最後の言葉が、最初に飛び込んできた。
雨はいつまでも、止むことを知らない。
だいすきなそうた
さようなら。
雨はいつまでも降り続く。
本日21時 天川からの手紙が明らかになります。
第二次空襲警報 第三種接近遭遇 最終話 ラブレター




