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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第二次空襲警報 第三種接近遭遇
30/82

第四話 The Power of Love 前編

 かつて狭いと感じた町はとても広く感じた。徒歩で進むというのは思った以上の重労働だ。

 神崎颯太かんざきそうたが向かったのは学校だった。避難所としても活躍している場所だ。誰かには会えるかもしれない。

 そんな淡い期待をしてようやくたどり着いた時には、もう夜に染まろうとしていた。

 途中に空っぽの軍の医療キャンプや乗り捨てられた装甲車などを見つけたが、人の姿を見つけることは出来なかった。

 天川結衣あまかわゆいはよほど機嫌がいいのか、時折、道端の花を見つけては足を止め、颯太が声を掛けると犬のように駆け寄ってきた。

 颯太は天川に対してわずかに恐怖していた。つい昨日まで隣にいることに幸福を覚えていたはずなのに、彼女の出生を聞いて、わずかに距離を取るようになっていた。

 それを天川に悟られまいと、時折声を掛ける。そうとは知らずに隣を歩く天川は上機嫌だ。

 その姿が返って不気味に見えた。

 学校の門をくぐる。夕闇に照らされる校舎の物々しさと言ったらない。

今にも廊下を人体模型が走り抜けそうだ。

 人の気配も感じられない場所に思わず恐怖する。さすがに止めておこうと思った瞬間、雨が降ってきた。

 その気配に気づくと天川は駆け足で正面玄関へと走った。

 やれやれと嘆息を吐くと颯太もそれに倣った。

 雨は次第に激しくなる。弱弱しかった雨は次第に強い雨粒へと姿を変える。グラウンドはみるみる間に黄土色の海へと姿を変えた。

 濡れなかったことが幸いである。だが、校舎の中に入ろうという勇気を奮い立たせるまでは少し時間が掛かった。

 よし、と気合を入れると扉を引っ張る。生徒用玄関の鍵はかかっていたが、職員用玄関の鍵はかかっていなかった。

 外から見ると壁は損傷し、窓ガラスが割れている教室もいくつか目立ったが、中に入ってみると綺麗なものだった。

 床や壁に傷は目立つが、雨風を防ぐには十分だった。颯太はまっすぐに保健室を目指した。

 保健室の扉を開くと窓ガラスが割れていた。だが、幸いにも布団は無事だ。少し外からの風を浴びて埃っぽいが、昨日のようにソファで眠ることに比べたら、多少汚れていることくらいなんてことはない。

 颯太が布団を一度廊下に避難させている間に、天川は保健室の棚の中を漁っていた。いくつか医療品をせしめると颯太の背負っていたカバンに詰め込んだ。

 天川は人とのコミュニケーションにおいてだけ、常識が欠落している部分は目立つが、こういった行動は素早い。

 それも彼女が生まれてきた上で、コミュニケーションよりも優先されて培われたものなのだろう。

 今度は二階へと向かう。

 職員室の隣には宿直室がある。宿直の当番などというもの自体はなかったが、昔の名残のまま、そこは残されていた。

 定期的に掃除などはされていたのだろう。随分と綺麗なものだった。

 どことなく埃っぽい感じはしたが、我慢できないレベルではない。

 相変わらず電気は使えないが、ガスコンロもある。おまけに風呂もついている。多少汚れているのも承知の上だ。

「今日はお風呂だね」

 それを見て、颯太は笑った。その笑顔を向けられて天川は顔を真っ赤にした。

「一緒にって意味じゃないよ!」

 慌てて訂正すると天川は、布団取ってくる、と残して走り去った。

 最近の若者の性が乱れているとは言うが、まさか天川まで。

 ふと、思ったのは熱い風呂に天川が入ったら溶けるのではないかと一瞬不安がよぎった。

 そんな馬鹿な。

 なんとも子供らしい発想を投げ飛ばし、宿直室の中に目をやる。

 そこは本当にただ一泊するためだけに作られた部屋だった。それも泊まるのは宿直の先生一人だ。そのために用意された部屋なのだ。

 当然、布団を二枚敷くようなスペースはなかった。そのことに気付き、颯太は最悪廊下で寝ようと決めた。

 突然、廊下でガタガタと物音がした。慌てて廊下に顔を出すと天川が布団に襲われていた。

 背の小さな天川は一生懸命、布団を背負っているのだが、横から見ると布団に足が生えた妖怪のようだった。

 前が見えていないのか壁にぶつかっては向きを変え、よちよち歩きで慎重に颯太の方へと歩いていた。

 目の前を通り過ぎようとした。布団のせいで颯太の姿が見えていないのだろう。

 頑張っている天川を褒めてあげようと思った。颯太はこっそりと手を伸ばすと、手の動く気配を感じ取ったのか、ぎゅるんと首を動かして天川は颯太を見た。

 女の子みたいな悲鳴が出た。それはただ驚いたというだけではなかった。

 天川の首は少し曲がりすぎだ。まるで、作画崩壊したアニメのようだ。

 どれほど無理をすれば、こんな方向に人の首が曲がるのだ。だが、天川はそんな事気にも留めずに全身を颯太へと向き直った。

「持ってきた」

 褒めて、と天川の顔はねだっている。だが、颯太の心は穏やかではなかった。大荒れの海原だ。じゃぶんじゃぶんと心が平静でいることを拒否していた。

「あ、ありがとう」

 つんのめるように出た言葉に天川は疑問符を浮かべていたが、さほど気にしているような様子はなかった。

 天川は上機嫌に鼻歌を歌っている。敷布団を敷き、掛け布団を上に乗せ、とどめに枕を二つ並べた。

 颯太の心の海は大嵐だ。土砂降りに雷のブレイクダンスだ。ざっぱーんと颯太の頭が波に吹き飛ばされる。

「お風呂!」

 思考も体も硬直する目の前で、天川は堂々と制服の上着を脱ぎだす。常識がないとか、そんなレベルじゃない。

 颯太の体はロケットのように宿直室から飛び出した。天川がどこか悪戯っぽい顔で宿直室の扉から顔を覗かせる。

 あぁ、と思った。

 天川はにやりと笑い、扉の向こうへ姿を消した。

 やられた。

 がっくりと項垂れた。天川は楽しんでいた。それは颯太をからかうことではなく、颯太といる時間そのものを楽しんでいるのだと理解した。

 ひとつひとつの動作で颯太の様子を見て、その一つ一つの些細なやり取りに笑顔を浮かべた。

 悪くはないな、と思った。

 仕返しをしようと思ったが、さすがに女の子のお風呂の時に悪戯を仕掛けるようなことは出来ない。颯太は廊下に腰を下ろして、じっと暗闇に溶け込んだ。

 すると、ふと、どこか遠くで歌が聞こえた。英語の歌だ。聞き覚えのないリズムが、宿直室から響いて来ていることに気付いたのは、少し経ってからだった。

 楽し気な音楽を奏でる天川の声は、小鳥が囀るような歌を響かせる。

 時折聞こえるラブという単語に彼女が歌っているのがラブソングであることが分かった。

 聞いている方が恥ずかしい曲だった。音程の外れた小鳥の声は次第に大きくなっていく。

 それは次第にわざと颯太に聞かせているような声になっていく。

 颯太はそっと目を閉じた。英語は苦手だが、彼女が伝えようとする音程の外れた心は、不思議と颯太を穏やかにさせた。

 曲名のわからない愛の歌は、リズミカルに外れた歌声。

 か細く聞こえていた声はいつしか盛大なオーケストラに変わっていく。窓を叩く乱暴なドラムと割れた窓ガラスから刺し込む鋭いベースが歪なライブを始めるのだ。

 聞いたことのない英語の曲はラブソングだ。

 彼女が今、何を歌い、何を思っているのか。颯太にはわからない。

 ただ、苦しいほどに響く歌声は、やがて、しぼんでいった。歌が止まると同時に、苦しそうな嗚咽が聞こえてきた。

 彼女が今、何を思い、何に苦しんでいるのか。颯太にはわからない。

 突然途絶えたラブソングを颯太は心の中でハミングする。音程が合っているとは思わない。

 ただ、そこに込められた思いだけを何となく受け取ったような気がした。

 しばらくすると、タオルを頭からかぶった天川が宿直室の扉を開いた。

 いつの間にか他のクラスの忘れ物でも盗んできたのだろう。体操服とジャージを着ていた。

 目が合うと赤く腫れた目で、天川は笑った。

 部屋の中に入り、颯太はいきなり服を脱いだ。

 これで天川が顔を真っ赤にして逃げていくと思った。これで仕返しは完了だ。だが、天川は頬を赤く染めながら、逃げなかった。

 それどころが一歩距離を詰めてきた。そうしなければならないとでも思っているようだ。

 天川の顔には真剣と神妙と必死さがまぜこぜになっている。

 ただ、じっと、覚悟を決めたような目で、天川は颯太を見ていた。

 その視線にさらされて心臓が爆発した気がした。それと同時に全身の血液が溶岩にでも変わってしまったような熱を感じた。

颯太は情けない悲鳴を上げて、天川に背を向けて風呂場へと逃げ込んだ。

 心臓がバクバクする。

 雨は降り続く。

 今夜の雨は降り止みそうにない。

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