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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第二次空襲警報 第三種接近遭遇
29/82

第三話 錯乱 後編

 ガタガタの道を走る。真田さなだは車の後部座席で窓の外を見ていた。

 戦争の激戦地を走っているような気分だった。油断していれば突然、瓦礫の向こうからロシア兵が銃撃を仕掛けてくるような気がしていた。

 その隣に幸村理恵ゆきむらりえはいた。納得のいかないという顔で、腕を組んでいる。

「幸村、そう露骨に態度に出すのは勘弁してもらえないか」

 運転席に座る織田おだがミラー越しに優しく声を掛ける。その声に気付いたように真田は幸村を見た。

 二人の目が合うと幸村の顔が一層不機嫌に染まった。

「なんだ?生理か?」

 緊張感の欠片もないセリフに幸村の怒りは頂点に達した。

「誰のせいだと思ってんのよ!」

 真田はやれやれとため息を吐き出して、ポケットから煙草を取り出した。だが、箱の中身は空っぽだ。

「おい、幸村。煙草一本よこせ」

「やだ。禁煙してるの」

 そう言って幸村は胸ポケットから煙草を取り出して見せつけるように煙草を吸いだした。

「織田。一本よこせ」

 運転席にいる織田に声を掛けるが、織田はポケットから空っぽの煙草の箱を見せつけた。

 舌打ちをして窓から空っぽの箱を投げつけてやった。

「いい加減にしろ。上からの命令だ。俺たちの任務は失敗したんだ。切り捨てられる前に帰国しないと死ぬぞ」

 真田の声は真剣だ。反論など許さないというような威圧に幸村は思わず言い淀む。

「俺と織田でキャットは連れ帰る。お前ははっきり言って足手まといだ。スケアクロウの出撃許可も下りた。あとは時間の問題だ」

「違う!」

 早口に紡がれた真田の声に幸村は叫ぶ。その声に織田も思わず冷や汗を浮かべた。

「結衣ちゃん、やっと友達出来たんだぞ?お前に結衣ちゃんから青春を奪う権利があるのかよ!」

 幸村が詰め寄る。それを見て真田は幸村の手から火のついた煙草を奪い取った。

 煙草を吸い、煙を吐き出す。幸村はじっと、次の言葉を待った。

「それは俺が与えたものだ。それをどうしようが俺の自由だ。それと上官に対して反抗的過ぎる。お前は国に帰ったら軍法会議にかけてやる」

 いまさらだ。

 この男のことを上官として接したことなどない。初めて会った時から生意気で、気怠そうで、そのくせ成績は良くて、天川に対して兄のようにふるまっていたではないか。

「幸村、真田の言い方は冷たいかもしれないが、私も同感だ。彼女は人間じゃない。他の人間と同じように生きることは出来ない。最後に傷つくのは天川自身だ」

 わかっている。

 幸村はそんなことを理解していないわけではない。ただ、それでも、この一夏に思い出くらいあってもいいではないか。

 ずっとモルモットのように生き、兵器として戦い続けたのだ。少しくらいご褒美をあげたいと思ったって、いいではないか。

「お前が守りたいのはどっちだ」

 真田は静かに問いかける。その意味を尋ねるように幸村は顔を上げた。

「あいつの思い出か?あいつの命か?」

 幸村は答えられない。

「俺はあいつの命を守るために、この任務に就いている。お前は自分の任務を忘れたのか」

 車は森の中を抜ける。しばらく行くとひらけた場所に出た。そこには隠れるようにヘリが佇んでいた。

「一度、エイワックスに帰投するぞ」

 車を降り、操縦席に織田が腰を下ろす。ジャミングは解除されたのか、今は平然と通話ができるようになっていた。

「真田」

 最後の一口を味わうように煙草を吸い込み、ため息を吐くように煙を吐き出す。

 幸村の声に、真田はゆっくりと顔を上げた。

「私にはもう何も出来ることはないっていうの?」

 ヘリコプターのプロペラが回転を始める。

 真田は答えずに、乗れ、と顎で命令した。

「私が守りたいのは!」

 幸村が叫ぶ。身を翻し、キーの刺さったままの車に飛び乗った。

「全部だ!」

 運転席から顔を覗かせ、幸村は真田に中指を突き立て、逃げるように車を走らせた。

「いいんですか?」

 それを見送る真田は煙草を投げ捨てた。

「なにがだ?」

 織田の声に真田は不機嫌そうに言葉を返した。

「あれ、下手したら帰ってきませんよ?マジで」

 織田は遠い目で幸村の背中を見つめた。

「上官に中指を突き立てるような女なんか知らねぇよ。生理くらいでいちいちイライラされてちゃ、こっちの任務にも支障が出るだろ」

 そう言って真田はヘリコプターに乗りこむ。

「だから、車の鍵つけたままにしろって言ったんすか?」

 へらへらと笑いながら織田はゆっくりとヘリを上昇させる。

「あ?あれはお前のミスだろ」

「はいはい、あんたはホントによくわからない人だ」

「とにかく俺たちは任務をこなすだけだ。あとはあいつの好きにすればいい」

 

 吉野圭一よしのけいいちは奔走した。親友である斎藤琢磨さいとうたくまも肩を並べた。

 逃走劇を始める。そのための役者をそろえなければならない。二人は目で言葉を交わすと、それぞれの先に足を向けた。

 吉野はバスを降りたところの藤田由香里ふじたゆかりを発見した。

 気力を失ったどんよりとした目を前にすると、彼の被害妄想を伝えることにためらいを感じた。

 自分たちの置かれた状況を伝え、ここから脱出しようという提案。暗に山村と桐野のことは話さなかった。

「勝手にしなさいよ」

 由香里はすべてを聞き終え、そう一蹴した。

 軽蔑するような眼差しに吉野は傷ついた。それでも、そうしなければいけないということを必死に訴えた。

「二四三」

 由香里は数字を羅列する。その意味が分からなかった。

「今日、私が見てきた死体の数」

 腐っていた。

 もう死んでから何日も経つのだ。夏の日差しは容赦なく照り付けるのだ。

 生きる者たちを責めるように、死した者たちを軽蔑するように夏の日差しは平等に降り注いだ。

「今日ね、お母さん見つかったの」

 その声に色はない。たんたんと言葉を紡ぐことを命令されたロボットのようだ。

「お母さん、腐ってたの。次はお父さんを見つけなくちゃ」

 行方不明だった母は、死者として帰ってきた。それを淡々と教えてくれた。

 お父さんを見つけなくちゃ。

 強迫観念に囚われたように、由香里は囁いた。その狂気じみた背中に声を掛ける勇気はなかった。

 吉野は由香里を切り捨てることに決め、背中を向けた。遠ざかる足音を聞いて、由香里は歪に笑った。

 斎藤は三国直子みくになおこの元へいた。

「吉野、そんな事考えてたんだ」

 あきれたようにため息を吐く。吉野から言われた通りの説明をまくしたてるように斎藤は言葉を紡いだ。

 斎藤がすべてを話し終えると、三国は再度ため息を吐き出した。

「柚葉と山村はどうする?」

 その質問に斎藤はごにょごにょと答えたが、三国の耳には届かなかった。

「ねぇ、今ってさ。すっごい大変なんだよね」

 三国はそう言って医薬品の棚の管理を行う。手元にある紙に、どの薬品の残りがいくつなのかを記していく。

「みんな、まいってるんだわ。よくわかんない言い訳を正しいって思って逃げ出そうとしてるだけでしょ。好きにしなよ、私は止めないし」

 三国は落ち着いていた。そんな事どうでもいいと逞しい背中は物語っている。

「ねぇ、これ運ぶの手伝ってよ」

 そう言って三国は薬品の入った箱を斎藤が返事をする前に手渡した。ずっしりと重い。

「少し働いたら?気が紛れるよ」

 そう言って三国は笑った。斎藤は、でも、とか、だって、とかよくわからない言い訳をしたが、三国は聞こうとはしなかった。斎藤は渋々三国の背中を追いかける。

 一方、吉野はキャンプの入り口で戦慄していた。

 とうとうロシアの検査員が到着したのだ。昼を過ぎる頃にやってくるとばかり思っていたのに、もう到着するなんて。

 このままではみんながモルモットにされてしまう。この事実に気付いているのは自分だけだ。斎藤だけでも救わなくては。

 吉野は走った。

 テントの中に入ると三国にこき使われている斎藤を発見した。

「いくぞ、あいつらもう来やがった!」

 吉野が怒鳴ると三国は不機嫌そうに、静かにしろ、と人差し指を立てた。

 そんなものを無視して斎藤の腕を引っ張ったが、斎藤は動かなかった。

「ごめん、吉野。俺、やっぱよくわかんないや」

「何言ってんだ!あいつらに掴まったら」

「でも、ここにいる人を放っておけないだろ?」

 斎藤の手には汚れたガーゼや包帯が乗せられている。その横で三国は怪我人の包帯を取り換えている。

 怪我人は三国に嬉しそうに礼を言い、三国は快活に笑う。そして、手元にあった包帯を斎藤に手渡した。

「親友だと思ってた」

 吉野はつぶやいた。斎藤は、一つだけ頷くと背中を向けた。

「行けよ、親友。俺は止めないし、お前の考え方も否定しないよ。だけど、俺は行かない。ここにいる人を捨てて逃げることは出来ないよ」

 ここにいる人。斎藤が指しているのはまぎれもなく山村と桐野のことだった。

 信じられないという目で吉野は後ずさりをはじめ、声を出すことは出来なかった。

「行けよ、親友」

 斎藤はもう一度、突きつける。呪いにも似た響きを感じながら、吉野は走り出した。

 きっと、三国はもう奴らの手先になっていたんだ。そして、斎藤は洗脳されてしまった。

 許さない。一人でも生き延びてやる。そして、二人の仇を取ってやる。

 テントを出たところで三浦紗枝みうらさえとぶつかった。三浦は尻餅をついたが、悲鳴すら上げなかった。

 目の前の女の子を見つめる。虚ろな瞳が、立ち上がろうともしない弱弱しい姿が、吉野を突き動かす。

 その手を握りしめ、吉野は走り出す。誰かが呼び止める声が聞こえた。

 蝉がきんと耳障りな悲鳴を上げた。


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