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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第二次空襲警報 第三種接近遭遇
27/82

第二話 夏の大三角 後編

 朝が訪れたと認識した時には、天川結衣あまかわゆいの姿は見当たらなかった。

 寝ぼけたまなこで部屋の中を伺う。

 元々事務所として使われていたのだろう。部屋の隅には事務机が二つと壁際に追いやられた棚が神崎颯太かんざきそうたを見下ろしている。ガラス戸から覗く棚の中身は書類などでいっぱいだ。

 テーブルの足元には昨日、颯太が散らかした雑誌が落ちていて、テーブルの上では昨日食べた記憶のないお菓子が口を開けていた。それ以外は比較的綺麗なものだ。学校の教室の方がよっぽど傷だらけで薄汚れている。

 がちゃり、と聞こえた音に振り返ると天川が扉の隙間から事務所の中の様子を伺うように顔を覗かせていた。

 颯太の機嫌を伺っているのか、じっと扉の隙間から颯太を睨み付ける。これが朝だからまだいいが、夜であったなら相当怖いなと思った。

「お、おはよ」

 どうやら颯太の機嫌が昨日ほど悪くないことを察知したのか、恐る恐る声を掛けてきた。

「おはよう」

 それがおかしくて颯太は穏やかな声と笑顔を作った。

 颯太の表情と声色に安堵したのか、天川はほっと溜息をつくと、ゆっくりと事務所の中に入ってきた。

 天川の髪は濡れ、首にはタオルを掛けている。シャワーでも浴びてきたのだろうかと思ったが、コンビニにトイレはあってもシャワーはない。

 どうしたの、とは聞かなかった。単に眠いので面倒くさかった。

「眠れた?」

天川は首にかけたタオルを頭にかぶり、ごしごしと髪を拭きながら問いかけた。

 天川の顔もタオルの下に隠れた。

「うん、まぁまぁ」

 はっきりと言ってあまり眠れていない。天川が肩にもたれ掛かっていてろくに身動きが取れなかった。それでも、疲弊した体は睡眠を求め、意識を失ったのは随分と時間が経ってからだった。

「私は、よく眠れた」

 颯太がいたから、と小さく付け足された言葉はタオルに吸収された。

「よかった」

 泣き疲れて眠ってしまった天川を子供みたいだな、と思った。ふと思い出したのは幼い頃の藤田由香里ふじたゆかりの姿だった。

 幼い頃は少しやんちゃだった颯太に由香里はいつも、危ないよ、と言って颯太の袖を引っ張ったものだ。それを聞かずに怪我をすると由香里は怒りながら泣いていた。

 きっと、その時の感覚を彼女は今も持っているのだろうと推測した。

「あ、あとね」

 思い出したように天川はインスタント麺を取り出した。

 衝撃だった。昨日探してもお菓子以外見つけられることは出来なかったのに、まさか、こんなものが今頃出てくるとは予想もしていなかった。

 えらい?

 天川の目が問いかけていた。

「さすが、天川」

 そう言ってぽんと手のひらを頭に乗せた。直後、颯太は恥ずかしさに沸騰した。だが、天川はそんなこと気にもせず、ただ嬉しそうに目を細めて笑った。

 屈託のない笑顔はまさに子供が褒められているようだ。

 ま、いいか。

 そう自分に言い聞かせて、もう少しだけ手のひらに感じる天川の生乾きの髪の毛の感触を楽しむことにした。

 それにしても女の子の頭に手を置いたのは初めてだ。天川自身の背丈が小さいこともあるのだろう。手のひらで掴もうと思えば掴めるような気がした。

 髪の毛も男の生乾きの毛の感触とは違う。指で掬ってみると液体のようにこぼれていく。

 実験でもするように手のひらでこねくり回したり、指先でなぞっているとふいに視線を感じた。

 天川が不思議そうな顔で颯太を見ていた。わずかに耳が赤いことに気付いて、颯太はようやく自分のやっていることに気付き、ゆっくりと手を放した。

「ごはん、食べよっか」

 颯太が笑うと天川は少しだけ物足りなさそうな表情を浮かべたが、次の瞬間には笑顔で頷いていた。

 いつの間にかすっきりとした頭で店の方へと向かった。まずはラーメンを入れる器と箸を確保した。

 事務所内に薬缶やかんとガスコンロがあった。少し汚れていたが鍋もあった。

 これで準備は万全だった。

 わずかな静寂の端っこで雀たちが朝を歌っていた。

「天川ってさ」

 今なら踏み込んでもいいと思った。

 天川は颯太の声にニコニコしながら顔を上げた。そして、颯太の顔を見て、その色を失くした。

「なんなの?」

 上手な表現が出来なかった。ぶしつけで漠然とした質問だった。だが、天川は颯太が投げかけた質問の意味を理解した。

 薬缶が悲鳴をあげる。耳障りな声に慌てて火を消した。

「私は」

 湯気を出すお湯を器に注ぎ、その中に麺を投入する。颯太は自分でその作業をしながら、他人事のように見ていた。

 意識は耳に集中する。いつもよりも頼りない天川の声を一つたりとも逃してはならない。

「アメリカのスパイ、です」

 それは天川にとって一世一代の告白だったのかもしれない。だが、そんなことは正直いまさらだと思った。

 俺が聞きたいのはそういうことじゃない。なんであんなのに乗ってる?あいつらはなんなんだ!どうして山村たちを置いて逃げてきた。

 そんな言葉をぶつけるのは簡単だ。だが、天川は颯太の機嫌がいいだけで喜び、頭を撫でられただけで幸せを感じてしまうような子供みたいな女の子なのだ。

「知ってるよ」

 そう言って天川の頭を撫でる。指先に触れているのはガラスなのだ。そう自分自身に言い聞かせ、ガラスを割らないように、優しくノックする。

「天川はどうして、アレに乗ってるの」

 一つずつ、固く結ばれている糸をほどくように答えを聞こうと思った。

 今日、学校はないのだ。山村たちのことが気になる。それでも、聞かなければならない。

 そのチャンスが今なのだと思った。

 

 ウッドペッカー。

 アレ(・・)の名前を天川は教えてくれた。

 ずっと、昔、アメリカは四機のUFOを手に入れた。ウッドペッカーはその中の一つで、最も長く研究された機体。

 他の三機は解体され、復元され、現状の戦闘機などに技術を提供し、応用させていた。それらと違い、ウッドペッカーは唯一のオリジナルの機体を活用したものだった。

 はじめ、四機のUFOには操縦桿というものはなかった。そこにあったのはバスタブの中で眠る植物人間。人間の神経系統はUFOと直接つなげられ、植物と化した人間が、脳から発せられる電気信号を用いて飛行させるというものだった。

 簡単に言ってしまえば人間をUFOの脳みそとして飛行させるというものだった。

 それは神への冒涜と言われながら、ウッドペッカーだけは、その技術をどうにかして活かせないかと試行錯誤の上に完成した機体だった。

 実際どれだけ否定しても戦闘機そのものに脳みそがあれば、人間がレーダーやメーターを見ながら戦うことよりも、より素早く、そして、感覚的に行動できる。それは否定されながらも、肯定もされていた。

 一九八九年、初の人を使った実験のパイロットは女性だった。

 神経系統に直接、つながるように針を刺し、管を通して彼女を空へと飛ばすために実験は繰り返された。

 小型のドローンの飛行に成功した。管でつながれたドローンは彼女が目を開き、彼女の命令通りに動いた。

 失敗も多かった。だが、それでも彼らは諦めなかった。彼女も諦めなかった。いや、彼女に諦めるという選択はなかったのだ。

 被験者は多くいた。だが、その中でもシンクロ率が高かったのは彼女だ。

 彼女は何度も嫌がった。もう乗りたくない、と叫んだ。それでも、一〇〇人が、一〇〇〇人が、彼女の代わりを名乗り出たが、彼女の代わりになる人間は存在しなかった。

 機体と一つになれなければ、空は飛べない。うっかりパニックになって機体ごと落とされたりしてはたまらないのだ。そして、このウッドペッカーの技術に成功すれば、量産は可能だと技術者は訴えた。だから、それまでの辛抱だ、と女に言い聞かせた。

 それまでの辛抱は何年も続いた。

 

 ズズズ、とラーメンを食べる。インスタント麺は一つだけだった。とてもじゃないが、腹の足しにはならない気がしたが、贅沢は言っていられない。

「随分、詳しいね」

 まるで、当時の様子を見ていたかのように、天川は語った。すると、天川はじっと颯太を見て、色のない表情で笑った。

「お母さんの話だもん」

 

 彼女はミルキーウェイと呼ばれるようになった。人々が彼女にたくさんの願いを込めていたのだ。

 たった一度の成功を押し付けて名付けられたのがミルキーウェイ《天の川》だった。

 たった一度の成功までの失敗の数は約一〇九五回。それは年数に換算すると三年という歴史だ。

 彼女は精神に異常をきたしていた。

 ウッドペッカーのことを彼女はアルタイルと呼ぶようになった。初めは狂気じみた声で、あいつが話しかけてくると恐怖していたのだが、それでも、彼女を拘束台に括り付け、ウッドペッカーとの接続を強要された。

 時間が経つにつれて、抵抗することを止め、ウッドペッカーをアルタイルと称して恋人のように語りかけるようになった。

 愛情の込められた言葉に呼応するようにウッドペッカーは少しずつ彼女のいうことを聞くようになっていった。

 命令ではない。まるで、恋人がお願いするような言葉遣い。実験が終わる度に彼女はアルタイルに愛していると囁いていた。

 

「どうして?機械なのに」

 コンビニで軍手、絆創膏やガーゼを確保する。事務所に置き去りにされたリュックに入るだけ詰め込んだ。

 わずかな食料、水分になりそうなもの。ハサミやボールペン、カッターなども詰め込む。

「ううん。中にもう一人いたの」

「え?」

「最初のロシアの人。降りれなかったって、体だけ先に下ろしちゃったって」

 そう言ってた、と天川は何でもないように付け足した。

 

 彼女の奇行を心配する者はいても、それを理由に実験を止めることを進言する者はいなかった。

 むしろ、好都合と考えた。すべて願った通りになったと考え、彼女はいよいよ管を通してアルタイルと会話するのではなく、アルタイルの一部になることになった。

 体中にプラグを差すための穴を空けることになった。彼女の感じるすべての感覚をウッドペッカーとリンクする。そして、ミルキーウェイが空へと飛び立つ日がやってきた。

 彼女は痛みに悶えながらも、プラグを挿入されることに喜びを得ていた。それは愛する人に処女を捧げる痛みに似ていたのかもしれない。

 一つとなることを強く望んでいたのだ。アルタイルも応えようとしたのだ。だが、二人の強い愛情がすべてを壊した。

 閉じられたコクピット、暗闇の中で彼女の体は溶けだした。ぶくぶくと皮膚が沸騰し、形を成していた表皮はまるでプリンのように溶けていく。彼女の体はウッドペッカーの中で人としての形を失った。

 それが一九年前の出来事であり、それが天川結衣という人間が生まれた日だった。

 ミルキーウェイが消えた直後、基地内で無線のやり取りしていた男がたまたまそれを聞いた。

 まるで、激しく互いを求める性行為のような男女の声と産声を上げる赤ん坊の声。

 ミルキーウェイを助けようと開かれたウッドペッカーのコクピットには小さな赤ん坊がドロドロになった母親の上で笑っていた。

 

 コンビニを出たところで、足を止めた。

 思わず背後を振り返る。陽光と影の境界線、天川はそこに立っていた。

 夏の日差しが蜃気楼を見せていた。光と闇の狭間に立つ彼女はまるで幽霊のようだった。

 危なげにふらふらと揺れ、優しい目で、颯太を見た。

「私のお父さんとお母さんは、絶対に私を守ってくれるの」

 優しい目で、ゾッとするほど美しい笑顔で、天川結衣という宇宙人は笑っていた。

 

 蝉がじわりと鳴いた。


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