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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第一次空襲警報 未確認飛行物体
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第七話 恋は盲目

 昼休み、教室のもっぱらの話題はUFOについてだった。 

 藤田由香里《ふじたゆかり》が避難所での酔っぱらいの乱闘騒ぎについてゲラゲラ笑いながら語り、誰かがUFOを見たとかアメリカの最新兵器だとかエイリアンと見たとか見ないとか、しまいには知り合いに昔の女をエイリアンに寝取られたじいさんがいるとかいないとか。

 旭山市のお昼の話題は、きっと、小学校でも中学校でも、どこぞの会社やお役所でも今頃弁当をつつきながら、雷が~から始まってUFOへと飛来するのだ。

 教室に飛来したUFOはサイエンスフィクション映画に影響された子供たちの戯言だった。

 山村達人《やまむらたつひと》に至ってはとうとうフォースに目覚めたらしい。就職先はジェダイだろう。

 そんな会話をしり目に神崎颯太《かんざきそうた》は、目的地へと着陸した。

「あ、あのさ」

 沈黙。

 颯太は勇気を絞り出していた。

 天川結衣《あまかわゆい》は転校生の美少女で、泣き虫の腫れ物だった。

 彼女に話しかけようなどという者はいなかった。だからといって、ここにいる誰もが悪人ではない。誰かがきっかけを作るのを待っていた。

 決してわざわざその役を買って出てやろうなどと思ったわけではないのだ。こっそり話しかけて二人で食堂にでも行こうかと思った程度だ。にも、拘わらず、颯太が天川に話しかけたことで、UFOはどこかの惑星にワープした。

 今は未知との遭遇を果たそうとする颯太を誰もが見守っている。

 一度、声をかけてしまうともう引っ込むことは出来ない。と、思ったのだが、颯太の声に天川はピンと背筋を伸ばして、叱られている子供みたいにうつむいてしまった。

 食堂に誘おうと思ったのだ。だが、颯太はしっかりと見てしまった。

 天川の膝の上に弁当箱が置かれている。女の子が使うようなかわいらしい弁当箱ではなくて、軍人が使うような深い緑色のやけにでかい弁当箱だ。それはピンク色のハンカチに覆われていた。

「あ、いや、なんでもない」

 ヘタレ、意気地なし、玉無し、根性なし、うらやましー。

 男たちの負の感情を背中に受けながら、颯太は廊下へと飛び出した。

 その背中を天川が寂しそうに見ていたことを颯太は知らない。

 颯太の精神状態だったなら、何となく視線を天川に向けて気づくことが出来たのかもしれないが、廊下に顔を出したところで嫌な顔を見つけてしまい、それどころではなかった。

 大沼健二《おおぬまけんじ》が鋭い目つきを颯太に向けていた。廊下を歩く女子はニヤニヤしながら大沼の顔を見ているが、とてもじゃないがニヤニヤできる気分ではなかった。

 見なかったことにして逃げ出そうかと思ったが、大沼の目はまっすぐに颯太を捉えて逃がさない。

「やぁ、朝会ったよね」

 いや、会ったというかすれ違っただけだし、あれを会ったというなら今朝知らないおじさんとも会ったよ。

「え、えぇ、そ、そうですね」

 心の中ではとっとと失せろと命じるが、さすがに先輩に対して乱暴な言葉を使うことは出来ない。何しろ颯太は年上が苦手なのだ。

 そもそもぐいぐい来られると逃げ腰になってしまう。由香里が眉を顰めて詰め寄るだけでも、どもってしまうのだ。

 初対面の相手にこうも高圧的に来られると、情けないことに腰は引き気味だった。

 相手を自分よりも格下だと判断した大沼はにやりと笑って、さわやかに邪魔臭そうな前髪を手の甲ではねのけた。

「ちょっと、話せるかな」

 それを山村は少し離れた場所で見ていた。

 

 連れ出されたのは通用口から出て、裏手へと回った非常階段の下だった。てっきり他にも怖いお兄さんが出てくるのかと思ったが、そこには誰もいなかった。

 そこにたどり着くと大沼は一つ深呼吸すると颯太と向き合った。それを非常階段の二階の踊り場から、山村と由香里は見ていた。

「君、神崎君でしょ?」

 ややあって質問を投げかける。颯太は警戒心むき出しの表情でじっくりと頷いた。

 颯太自身に身構えているつもりはないが、大沼は颯太の緊張をしっかりと感じていた。

「な、なんかごめんね」

 大沼は困ったように笑った。

「いや、由香里のことちょっと聞きたくてさ」

 由香里、と呼び捨てにしていることにわずかに引っかかったが、颯太はそれを飲み込み、大沼の言葉を待った。

「由香里、やっぱ怒っていた?」

「えぇ、まぁ。そりゃ、朝練にも出られなかった、て」

「やっぱり」

 颯太が言い終えるや否や大沼は壁に手をついて、ぐったりと落ち込んだ。

 てっきり、俺の由香里に手出すんじゃねぇぞ、コラ。とか脅されるものだと思っていた。だが、目の前の大沼は由香里から聞いた通り女々しい男だった。

 頼り甲斐のない笑みを浮かべて、颯太と向き直る。

「神崎君、正直に言うと僕は由香里が好きだ」

 まっすぐな瞳だった。

 その声に山村は声も出さずにひゅーひゅーと由香里をからかった。由香里はケラケラと笑う山村の額にデコピンをたたき付けた。

「だから、由香里と仲直りしたいんだ。それで、幼馴染の君に協力してほしいんだ」

「へ?」

 山村と颯太の声が綺麗にハモった。

 なんともマヌケなハーモニーに由香里はくすりと笑った。それを見て山村は様々な男子が由香里に恋をした理由がわかった。

「僕の声は届かないから。一番近くにいる君の声なら聞いてくれると思うんだ。だから、」

「すんません」

 大沼が話しているにも関わらず颯太は苦笑いを浮かべて謝った。

 その言葉の先に、誰もが耳を澄ませた。

「俺、そういうの苦手なんで」

 颯太はぎこちなく答えた。本当はもっと言葉を並べたかった、と顔に書いてあったことに気が付いたのは、由香里だけだった。

「突然だから、ね。いや、ゆっくり考えてくれていいんだけど」

 大沼は狼狽した様子で言葉を取り繕ったが、颯太はそれを首を振って拒否した。

「あいつ、バカなんすよ」

 颯太の差すアイツが由香里であることに気付くと由香里は後で颯太を殴ってやろうと心に決めた。

「遠回しなこと言ってもわかんないし、直接言ったら怒るし、大変なんすよね。なんていうか、いくら待てを教えてもずっとチンチンしてる犬みたいな」

 バカはお前だ、と由香里は心の中で罵った。

「でも、人の真剣さとかってわかるんすよ。バカなんですけど」

 そう言って颯太は笑った。その顔を見て大沼の熱が冷めていくのが見えた。

「もっと、真剣に考えてやってください」

 その言葉に山村も由香里も、大沼も言葉を失った。

 本来なら、その言葉に大沼は声を上げて否定してもよかっただろう。だが、大沼は声を出さなかった。ただ、全身にまとう空気がひんやりと冷めていく。

 怒りとか悲しみとは違う。興味がそがれていくような、子供が玩具に飽きてしまった時のような、そんな冷たさだった。

「そういうことなんで、真剣に考えてくれたら相談乗りますよ」

 颯太は逃げるように踵を返した。何も言葉を返せない大沼はただそこに立ち尽くしていた。

 颯太の背中を見送る由香里の目は、気が付いたら自分よりも背の高くなった弟に気が付いた姉のような顔をしていた。

 その隣で、山村は初めて颯太をかっこいいと思った。

「よ、男前」

 校舎に入り、一階の廊下を歩いていた颯太の肩に腕を置いた。

「どういう意味だ」

 不審者でも見るような目を向ける。実際不審者だ。脇からトイレの消臭剤のようなにおいがする男は、不審者以外の何者でもない。

「みーてーたーよー。もっと、真剣に考えてやってください」

 どうして俺の物まねをするのに、アゴが出るのだね。

 颯太は疑問を飲み込んだ。

「大沼は結局、藤田のこと遊びだったってことなんだろ?なんでわかったんだ」

 山村が率直な疑問をぶつける。上から見る限り、大沼にそんな素振りは見えなかった。

 むしろ、ちょっと応援したくなってしまった。山村からしてみれば金田一少年の事件簿よりも、格好良く名推理の上、犯人をつまみだしたのだ。あんなウソ、名探偵コナンでも気付くまい。だが、颯太はややあって答えた。

「違うよ。そういう意味じゃない」

 人と真剣に向き合うってことは、それよりもまず、自分と向き合うということだと、颯太は考えていた。

 大沼に自分は見えていなかった。きっと、他の女子から見た自分しか見ていない。

 さわやかなサッカー少年で、物憂げな表情がよく似合って、邪魔臭い前髪ですら格好良く掻き上げる。

 みんなが憧れるような爽やかな男前。

「あー、あと」

 去り際にもう一つだけ颯太は言葉を残した。

「よくわかんないキザなセリフより、もっとハートにガツンと来るセリフの方が、わかりやすいっすよ」

 その後に大沼は一瞬だけ目を丸くしたが、しっかりと眼差しでで颯太を捉え、ただ一度頷いた。

 颯太は大沼に嫉妬した理由がわかった気がした。それはイケメンだからというだけではなかったのだ。

 手を伸ばせば触れられる距離にいながら、その微妙な距離を保つことに一生懸命だった。

 自分自身に真剣になっているつもりで、全然そんなことはなかったのだ。だから、やり方は間違っていたが、一生懸命に自分の気持ちをアピールする大沼という男に嫉妬したのだ。

 手の届く距離にいるのならば、手を伸ばせばいいのだ。たったそれだけのことだ。

 颯太は教室に戻る途中、購買部に寄った。売れ残りのアンパンとウーロン茶を買って教室に戻る。

 扉を開くと教室の視線が颯太を責めた。

 ヘタレ、意気地なし、玉無し、根性なし、うらやましー。

 そんな声が聞こえてきた。だが、今の颯太には何も響かない。

 天川は弁当を開いていなかった。うつむいて今にも泣きだすんじゃないかと思うような重たい空気を背中にしょいこんでいる。

 すぐ後ろに立っているのに、天川はまるで気が付く様子は見せなかった。

「ほれ、使うだろ」

 助け舟を出してくれたのは、脇からラベンダーをはやしたナイスガイ山村だった。

 隣の席から椅子を持ち出し、天川の隣に並べた。

 ガラガラと響いた音にようやく天川は気づき、椅子を見て、背後の颯太を見て、花が開くようにゆっくりと笑みを浮かべた。

「隣いい?」

 颯太の問いかけに、天川は壊れたメトロノームみたいに何度も首を縦に振った。

 それを合図に颯太は椅子に腰を下ろした。

「わったしもー」

 天川の正面の席に由香里は座った。由香里と颯太の隙間に滑り込むように、山村が突撃する。

 それを見て、四個目のカレーパンに手を伸ばしていた三国直子《みくになおこ》も遅れて自分の席から、その巨体を発射した。

 突然、大勢に囲まれて天川は助けを求めるように颯太を見た。

「こいつは由香里。俺の幼馴染。で、こいつは山村。あと三国」

 次々に指さして名前を告げる。天川はぽかんとして、それを聞いて、颯太が、わかった?と目で聞くとこくんと頷いた。

「なんか小動物みたい」

 由香里が羨むように言った。

「ちっちゃくて可愛いなぁ」

 山村は鼻の下をでろんでろんに伸ばしていた。

「どうせ私はでっかいですよ」

 ドスコイ、と三国が半分残ったカレーパンを猛獣が獲物を捕食するように食いちぎった。

「天川」

 名前を呼ぶと天川は嬉しそうに笑った。

 そこに謎の美少女転校生の泣き虫の腫れ物はいない。

 いつしか颯太に魔法をかけた一生懸命に笑う魔法使いが、ぽつんとしていた。

「改めてよろしくな」

 笑った。

「どういたしまして」

 素っ頓狂な返事を返して、天川も笑った。

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