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天の川に花束を ~Lost Love Song~  作者: RUIDO
第一次空襲警報 未確認飛行物体
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第五話 君の引いた線を越えて 後編

 雑誌記者の冴島さえじまは敏腕記者とは程遠い男だった。記者歴一七年。大きな記事を書いたり、特ダネを拾ったことはない。

 今回はとうとう芸能人のゴシップとか、ちょっとは大きなネタになりそうな可能性のある特集からも外された。

 旭山市を徘徊する「UFOの真実」という特集記事を組まされたのだ。

 決してやる気がないわけではないのだ。

 特別ツイていないのだ。

 大きなネタをものにしても、他の雑誌社に先を越される。勇んで張り込みをしたら、ちょっと仮眠をとっている間に対象に逃げられる。

 それでも、彼の努力を認めようと編集長はしてくれたのだが、その編集長もとうとう退職。新しい編集長は自分よりも若くて、年上をいじめるのが大好きって顔に書いてあった。

 おかげで、そんな誰も興味のなさそうな特集記事を書かされる羽目になった。しかも、どうせ一ページも使うつもりもないのに、空っぽの原稿用紙を二〇枚も渡された。

 それをしっかりと埋めて提出しろなどとのたまってくれたのだ。

 こうなってしまえば記者歴一七年のすべてをかけてネタを掴んでやろうと躍起やっきになっていた。といっても、田舎町の旭山市に来た時点で、うんざりしていた。

 見るものと言えば動物園程度、ホテルはぼろっちくてやけにカビ臭い。居酒屋に行けば田舎特有の常連たちが居座っていて一元さんにしてみれば、肩身の狭いことと言ったら切りがない。

 UFOのことについて聞き込みをしてみても、おばちゃんはそんなもん見たことないとか田中とかいう老人に話を聞いたら昔の女がエイリアンと結婚したとか。

 軍事基地だけしっかりとした土地だ。かつては米軍が居座っていた基地施設にはロシア軍が入り浸っている。

 大方、新しい飛行機とかの飛行訓練でもしているのだろう。それをどっかのバカ編集長がUFOだとかいう言葉に結び付けて、はしゃぎたてているだけだ。

 昔から米軍連中とは話が合ったので、英語は多少たしなんでいるが、ロシア語はからっきしだ。ロシア兵に聞き込みをしようにも日本語を理解できる奴はいない。英語で話しかけようものなら、今にも殴られそうになった。だが、敏腕記者でないにしても、ペンを取った時から記者の端くれなのだ。

 二週間前に謎の光体を見つけたという男を見つけた。男はよれよれの黒いスーツを着て、煙草をふかしながらへらへら笑っていた。

 とても仕事をしているような人間には見えなかったが、情報と言える情報を提供してくれたのは彼一人だった。

 特別な情報は得られなかった。

 冴島は自分の勘を信じた。一七年という成長記録の中で、わずかにだが記者の勘は成長しているのだ。

 冴島は住宅街から少し離れた山の中ほどにキャンプを張った。そこからの景色は取材にぴったりの場所だった。

 光体が目撃された地点からも遠くなく、それでいて、ロシア軍基地の姿も見える。

 変な物が空を飛ぼうものなら、目さえ開けていれば一発で特ダネだ。

 カメラも新調したのだ。鮮明な画像を取ることはもちろん、隊舎の二階の窓際でコーヒーを飲んでいるロシア兵の姿までしっかりととらえられた。

 準備は万全だった。

 それから二日経った。キャンプの周りにはゴミが散乱し、風呂に入らない冴島の体は随分と臭くなった。

 これがせめて屋内で生活していれば、いくらかマシだったのかもしれないが、野山でキャンプだ。

 今の冴島の体臭はそこら辺の野良犬と変わらないかもしれない。

 特別ツイていないのだ。

 やる気を出せば出すほど、残念なことになる。

 わかっていたのだ。

 はぁ。

 ため息を吐き出したとほぼ同時だった。

 空で雷鳴が輝きと轟音を響かせた。

 とっさに冴島はカメラを構えた。

 横殴りの雷が何もない空中から出現した。マジックか何かのようだ。

 一発目の雷に何かがぶつかった。いや、そもそも一発目の雷は、それに対して放たれたものだろう。

 何もなかった空にまるで鳥のくちばしのような飛行物体が姿を現した。

 煙を吐きながら、それは確かに夜空の星に紛れながらも姿を見せていた。それは視認できたかと思うと追いつけないような速さで縦横無尽に動き回る。

 最近テレビに出ていた米軍の最新の戦闘機でもジグザグ飛行なんて見たことない。

 シャッターを切る。

 今度は触手が生えてきた。そして、今度は煙を吐いた嘴の触手からビーム光線だ。

 いつの間に日本はガンダムを完成させたんだ。見ようによっちゃキュベレイみたいだ。

 シャッターを切る。

 こいつは特ダネだ。これだけシャッターを切り続けていれば、そこに何かが映るはずだ。

 苦節一七年。あの編集長の鼻っ柱を折ってやる。

 やった、やった。

 すっかり気分が高揚していた冴島は気づかなかった。彼の背後に黒いスーツを着た人間が立っていた。それは一人ではなく、いつからか夢中でシャッターを切る冴島を囲んでいた。

 いつまでも気づかない冴島にしびれを切らして一人が黒い袋を取り出した。

「わ、な、なんだ!誰だ」

 冴島の声は空しく響いた。

 次の瞬間には首筋に針が突き刺さり、意識を失った。

 冴島は特別ツイていないのだ。

 スーツの男は冴島が意識を失ったことを確認すると顔にかぶせていた袋を脱がせた。

「おい、こいつ二週間前にもここにいなかったか」

「うわ、まじか。コイツついてねぇな」

 冴島はすこぶるツイていないのだ。

 

 神崎颯太かんざきそうたは公園に立っていた。その目の前に煙を吐き出す嘴がゆっくりと飛来した。

 その未確認飛行物体は間近で見ると、神秘的な容姿を失っていた。銀色に見えていた全貌はプラスチックのような安っぽい光沢を放っている。雷を受け、装甲の禿げたそれは、鉄っぽい頭頂部を覗かせていた。

 嘴が開く。

 その中にサングラスのようなヘッドセットをかぶった天川結衣あまかわゆいの顔が見えた。

 相変わらず煽情せんじょう的な肢体したいあらわにする。胸の形からお尻の形、目を凝らせば見てはいけないものまでしっかりと見えてしまいそうだった。

 それは全身に血管のようなラインが走り、それは時折生きているかのように鼓動していた。

 天川はヘッドセットを脱ぎ捨てるとどこか誇らしげな顔で颯太の前に立った。

 目のやり場に困り、颯太は思わず目をそらす。だが、天川はそんなことお構いなしにブランコへと駆けて行った。

 その後姿は、なんとも滑稽に映った。体中をピカピカと光らせてブランコに腰を下ろす。

 颯太はそれを追いかける日曜日のお父さんみたいに傍に歩み寄る。

「ぶらんこ」

「そうだね」

 颯太が笑うと天川はえへへと照れくさそうに笑い、ブランコを漕いだ。

 彼女は再び空へ帰ろうとするかのように、みるみる内に体を上昇させた。

 勢いをつけて前へ後ろへと足を振り回す。颯太が教えたとおりに、彼女は空を泳いでいた。

 月を隠していた雲がそっと歩き出し、グレープフルーツのような満月が、ブランコが下手くそなかぐや姫の様子を見ようと顔を覗かせる。

 スポットライトの下にいるみたいに、天川の姿は照らされた。

 先ほどまで笑っていた顔に笑顔はなく、ひたむきな真剣さだけが伝わってくる。

 徐々に勢いをつけていく。

 その真剣さまでも、徐々に増していくのを感じる。

 まもなく離陸するのだ。

 ブランコはこれ以上ないくらいにしなっている。初めて見た夜はぎっこんばっこん体を揺らしていただけだったが、今は振り子みたいに体を運んでいた。

 彼女の腰が頂点に達する。そこから勢いよく下降して、体を前へ前へと押し出す。

 ここぞというタイミングで、天川は手を放し、ブランコは彼女の体を中空へと放り投げる。

 きれいな放物線を描いて、彼女の体は地球に着陸した。

 バッと両手を上げて、どうだ、と颯太を見た。

 自然と笑みを浮かべて、拍手で返事をした。

 すると、天川は再びえへへとぐにゃぐにゃ笑った。

 学校にいる時の天川の様子はみんなから聞いていたイメージと違った。

 話しかけられたら泣くくせに、話しかけないでいるとツンとして一人でいることを当たり前のような顔をしている。

 そう聞いていた。だが、そこにいる天川の姿は、ただの子供だった。

 もっと年下のようにすら感じられる。

 天川は声を出さずに、そっと颯太の袖をつかんだ。颯太はされるがまま、ブランコに腰を下ろした。

 どうするのかと待っていると天川は颯太の背中を押し出した。

 今度はお前の番だ、と言っているみたいだった。ならば負けていられない。

 颯太は押し出された力を利用して勢いをつける。天川が退避したのを見ると、全身を振り回した。

 あの日、悲恋にくれた先に乗った銀河鉄道ではない。魔法使いに背中を押されて踏み出した一歩だった。

 その一歩はブランコが下手くそなかぐや姫の比ではなかった。

 渾身の力でカタパルトを射出した颯太の体は、天川が描いた放物線よりも大きな弧を描く。

 ダン、と着地音を響かせ、颯太の体は不時着した。

 バッと手を上げて振り返ると、天川は自分が飛んだことよりも大げさに喜んでいた。

 両手を振り回して、なんかくねくねしている。ふと、昔、ハワイのお土産にもらったダンシングベイビーを思い出した。

 もっとおとなしい子だと思っていた。

 きょとんとした顔を浮かべていた颯太に気付き、天川はいまさらながら恥ずかしげに両手を下ろした。

 何となく気まずい空気が流れてしまったことに気付き、颯太は自分の立っていた場所に、靴でラインを引いた。

 それを不思議そうに見ていた天川と視線がぶつかるとニヤリと笑って見せた。

 颯太の意図を読み取ったのか、天川もまた、にやりと笑い、ブランコに飛び乗った。

 先ほどよりも勢いをつけてジャンプ。着地。自分の足が颯太の引いたラインよりも手前にあることに気付き、ぶう、と頬を膨らませ、再度ブランコに向かって走り出す。

 それを何度か繰り返す。ようやっと颯太が引いた線を越えると天川は得意げな笑みを浮かべて、自分の足元に線を引いた。

 颯太がつけたラインと五センチも変わらないような場所だった。だが、越えたことには越えたのだ。

 その頑張りを無下にしてしまうことは出来ない。颯太も負けじとブランコに飛び乗った。

 プー。

 間の抜けた音が響いた。ふと、視線を向けると黒いバンが公園の入り口に立っていた。

 二人はしばらく、それを見つめていたが、黒いバンから人は下りてくる気配はなかった。

 天川は観念したようにため息を吐くと、ブランコに座り込んだままの颯太の元に駆け寄ってきた。

 真剣な瞳が、言葉を紡ごうとする唇が、互いの吐息の重なる距離にあった。

「ま」

 口を開いたかと思うと閉じる。

「またね」

 一生懸命に吐き出された言葉は、この前と同じ別れの言葉。下手くそな日本語で、次があることを教えてくれた。

「天川」

 颯太の声にゆっくりと振り向く。

 特別な言葉や気の利いたセリフは出てこなかった。だって、あんな近くまで顔を寄せてくるんだもん。キ、キスとか考えちまったんだもん。だから、なんかうまく言えないけど、なんか、その、だから、えと、えーと、えーっと。

「明日、学校でな」

 ぐちゃぐちゃした頭の中の言葉は何一つ出てこなかった。ただ、一瞬でもその場に彼女を繋ぎとめておきたかった。

 謎の転校生で、美少女で、泣き虫で、おとなしいようで思ったより感情を表に出しやすくて、嘴みたいなほうき星に乗って、非日常へと連れ出した魔法使い。

 初めて彼女が引いていたラインを越えたような気がした。

 裸みたいな恰好で、裸の笑顔を見た。

 くしゃくしゃに笑って、白い歯を覗かせた彼女の笑顔は、少しだけ二人の距離が縮まったことを教えてくれる。

 それを合図にしたように、嘴は開いていた口を閉じ、ひゅんと音を立てて、夜空に消えた。

 天川は黒いバンの向こうに姿を消した。

 颯太はしばらくの間、ブランコを漕いだ。

 思い切り漕いで、空を飛んだ。

 月には届きそうもなかったけど、大気圏に指先が触れた気がした。

 着地した先で、新しい線を引いて、満足げに歩き出した。

11/12 14:00 次話 更新予定

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