「君はいなくならないでね」
「うわあ。超、山。って感じだね」
「うわあ。頭悪そうな感想」
むう。頭悪そうって、言われた。
「じゃあ、ルキウス君ならどんなすごい感想があるのかな」
ちょっと 、むくれた様に言うと、ルキウス君が焦った様に言う。
「ちょ、拗ねるなよお」
「拗ねてないもん。……ほら、ルキウス君ならどんな感想があるの。ねえ」
私も、意地になりすぎかな。いや、でも頭悪いって言われたし、ちょっとくらい意地になってもいいよね。
「ほらほら、早く」
「えーっと……うわあ、超、緑って感じ」
「私より酷いよ!?」
酷いにもほどがあるよ。
「だってさあ、いきなり感想言えって言われたって、こんなんしか思いつかねえよ」
「それでよく人のこと、頭悪そうって言えたよねえ」
「俺は、口に出してなっかたからセーフなんだよ!」
「いや、アウトだよ」
ルキウス君って頭いいはずなんだけどなあ。……あ、違うか。頭がいいんじゃなくって、ただいっぱい知識があるだけか。いやでも、それってつまり語彙力もあるはずなんだから、もう少しましな感想が出てもいいと思うんだけどな。うーん、まあルキウス君も色々酷いってことでいいか。
私の結論も酷いって?だって、私の思考回路は結構単純にできてるもん。考えすぎは体にも良くないしね。たぶん!!
「ぴぎゃう!」
突然、クルムが鳴き声をあげる。
「どうしたの?クルム」
「あー、飛び回りたいんだと思う」
「飛び回る?」
「そう。まあ、いつものことだよ。こいつも、子供とはいえドラゴンだからな。飛ぶのが好きなんだよ。こういう山とか、森とかに入った時は飛びたがるんだ」
そっかあ。ちっちゃくても、クルムもドラゴンなんだね。
「クルム、行ってきていいぞ」
「ぴぎゃ」
「いってらしゃい」
「またね」、とでもいうかのようにクルムは右前足をふりふりとしてから、飛んでいった。控えめに言って、すごく可愛かった。
「じゃ、俺たちも行くか」
「おー!」
なかなかに険しい山だった。でも、ルキウス君が常に気を配ってくれてたから、二人とも特に怪我をすることもなく山道を進めた。
「んー、そろそろ今夜の野宿する場所を探すか」
「いつもより早くない?」
まだ日もぜんぜん沈んでない。てっぺんではないけど、日が高いと言って、ぜんぜん許される位置だ。
「今日は初日だしな。ここは、人の手があんまり入ってねーから、道も整備されてなくて、リームも疲れたろ。水場がどこにあるかもわかんねーしな。だから、早いうちから水場の確保して、今日は早めに休もう」
わ。私のことを、気遣ってくれたんだ。優しいな。
お返しとして、私もちゃんと、役立たなきゃね。
「川の音が、向こうの方から微妙に聴こえるね」
「まじで?」
「うん。微かだけど間違いないよ」
「よし、じゃあ俺が先導するから、案内してくれ」
「あれ?私が先導じゃなくていいの?」
「リームは山道に慣れてねーんだから、先導して怪我したらどうするんだよ。俺は男なんだから、ちゃんと守らせてくれよ」
「う、うん。……」
なんでそう、急にかっこいいこと言うかな!!ルキウス君は、私を照れ死にさせる気かな!?ううっ、顔が熱い。
「どしたー?立ち止まって。…………っ、もしかして怪我をしたのか!?」
あ、やばい。間違った心配させちゃってる。
「違うよ。ちょっと考え事してただけ。だいじょーぶっ」
「おい、そんな風に走ったりしたら……」
「きゃっ」
「リーム!!」
やっちゃたなあ。歩くだけでも大変なとこで走ったりしたら、躓くのなんて分かりきってたのに。ルキウス君にも、散々「気をつけなきゃ怪我するぞ」って、言われてたのになあ。怪我するのは嫌だなあ。ただでさえ足を引っ張ってるのに、怪我なんてしたら、もっと迷惑かけちゃう。
来るであろう衝撃に目を瞑って、体をぎゅっと縮める。けど、いつまでたってもそれは来なかった。ルキウス君が、私を守ってくれたから。
「っ……いってえ」
「ルキウス君!?なんで……」
「言っただろ。守らせてくれって」
そう、優しく笑いながらルキウス君は言う。……笑わないでよ。笑顔が歪んでる。痛いんでしょ、だったらそんな時まで笑ったりしないでよ。でも、そんなこと言えない。言う資格がない。だって、ルキウス君にそう言わせてるのは、私なんだもん。
「歩ける?ルキウス君」
「多分。肩、支えてくれると嬉しいな」
「わかった。じゃあ、川のとこまで運ぶね」
そこから川に着くまで、私たちは無言だった。ルキウス君は気丈に振る舞っていたけど、やっぱりどこかを痛めてるのか、辛そうにしてるし。私は、自分の不注意でルキウス君に怪我をさせたという事実に打ちのめされて、早く怪我の手当てをしなきゃ、という一点のみを考えていたから。
「川があったよ!」
私は、少し焦るように言った。けれど、体はゆっくりと動かす。
「水も綺麗そうだな」
ルキウス君は水質を見る。ルキウス君は水を操れるからか、水質がなんとなく分かるらしい。旅をする上では、すごい役に立つ能力だ。
「早く手当てしよう」
私はそう言って、ルキウス君をその辺の岩に座らせて、靴を脱がせてズボンをめくる。
「うわあ」
痛そう。 まず思ったのはそれだった。
ルキウス君の足首はひどく捻ったのか、赤紫色に腫れ上がっている。見るからに痛そうだった。
「ちょっと、待ってね」
そう言って私は、ルキウス君をもっと川の近くに移動させて、足を水で冷やした。そして、持っていた袋の中に入れていた薬箱を取り出す。中に入れていた生薬を即席の湿布に染み込ませ、冷やしていたルキウス君の足を川から出して貼った。
「添え木になるような枝がないか、ちょっと探して見るね」
「一人で大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ。安心して。今度はちゃんと、気をつけるから」
ルキウス君に心配をかけないために、ルキウス君の目に入る範囲で枝を探す。
(あ、これなんかいいかも)
ちょうど良さそうな枝を見つけルキウス君のところに戻る。
その枝を使って添え木をする。
「よし。これでもう大丈夫」
「ありがとな」
「お礼なんて、私のせいだもん」
そう言って、少し俯く。
どうしよう、さっきからルキウス君の顔が見れてない。
「俺が鈍臭かっただけだよ」
「そんなことないよ!」
思わず顔を上げた。
「やっと、こっち見た」
「へ?」
「さっきから全然こっち見なかったからさ」
「……気づいてたんだ」
「そりゃな。目があったと思ったら、すぐにそらされたし」
わあ、それは自覚なかったな。
「気にするなって言っても無駄だろうから、それは言わない」
そう言うと、ルキウス君は私の方をじっと見つめてきた。
「……俺たちはさ、一緒に旅してるんだ。だから、当然どっちかが助けられることだってある。今はさ、リームは旅に慣れてないから、俺に助けられることの方が多いかもしれない。だからってそれを気に止むんじゃなくて、自分も相手を助け返すって考えようぜ。その方が、ずっと気も楽になるしさ」
ああ、ルキウス君は、いつだって私が欲しい言葉をくれる。
「そうだね。……じゃあ、とりあえずのお返しとして、今日の野宿の準備は私に任せてよ」
そう言って、私はやっと笑えた。
ルキウス君に色々聞きながら、私は野宿の準備と、食料(主にウサギとかの肉)獲得のための罠を仕掛けたりを済ませた。終わった時には、もう日も沈んで、あとは暗くなるだけといった時間だった。
「すっかり遅くなっちゃったね。予想より時間がかかっちゃったよ」
「悪かったな。一人で準備してもらっちゃって」
「ルキウス君?ルキウス君も前言ってたよね、謝ることじゃないって。謝るより言って欲しい言葉があるって」
「お前、覚えてたのかよ」
少し驚いた様子でルキウス君が尋ね返した。
それに私は、当然のように返す。
「当たり前だよ。私にとって、あの時のことは一生忘れられないことばっかりだもん」
「あー、なんか恥ずいな。あん時の俺、結構カッコつけてたし」
「それでルキウス君、悪かったじゃなくて、別に言うことがあるよね。」
「あー、ありがとう……なんか改めて言うと、めちゃくちゃ恥ずいんだけど!」
「あはは、ルキウス君顔真っ赤だよ」
夕食は、買ってきていた干し肉とライ麦パン、川の水を沸かして作ったお茶。園にいた頃に比べたら質素な食事だけど、楽しく話しながら食べていたら、そんなことは全然気にならなかった。
寝るときはどちらかが起きて火の番をする。だいたい6時間経ったら交代する。野宿するときは、いつもそうしていたから、山に来たってそれは変わらない。
一人で色々なことをして疲れたのか、眠気は結構早くに来た。ルキウス君が「先に寝てもいいよ」って言ってくれたから、お言葉に甘えて、私は先に眠らせてもらうことにした。
ふと気がつくと、私は真っ暗闇の中にいた。自分の手すら見えないほどの暗闇。どこを見たって、一筋の光もない。
怖い。
声をだしてるはずなのに、何も聞こえない。
誰か、誰かここから助けて。
声が出てないんだから 、当然返事が返ってくるはずもない。
ゴトン
音も何もなかったはずの世界に、突然響いた何かが落ちる音。それは、私の後ろから聞こえた。思わず振り返る。
何も見えないはずのその世界で、ソレだけはなぜか見ることができた。
どうして、こんなものだけは見えるの。こんな、シスターの生首だけが!
空虚で生命を感じられない瞳が、こっちを見つめてくる。
いやだいやだいやだ。こんなのは見たくない。そう思うのに、顔を背けることも、目を閉じることも出来ない。私にできるのは、ただ目の前で転がるシスターの頭を見ることだけ。
やだ、やだよお。なんで?なんでこんなことを、させられなくちゃいけないの?お願い。誰か助けて。誰か……ルキウス君っ!
「…………ム?」
「大……じょ……か、……ーム」
「おい、リーム!」
「ルキ、ウス……くん……?」
「よかった、起きた」
目を覚ますと、目の前に心配や不安で顔を歪ませたルキウス君がいた。私がルキウス君の名前を呼ぶと、安心したように呟いて、頭を撫でてくれた。
「大丈夫か?急にうなされ出して、声をかけても揺すっても起きないから、心配したよ」
そっか、ルキウス君が、私をあそこから助けてくれたんだ。
「ありがとう」
「へっ?」
突然お礼を言われて、何が何だかわかってないみたいだった。
「私を起こしてくれて、私をあの悪夢から助け出してくれて」
「……そっか、怖い夢を見たんだな」
「うん。……シスターが、出てきたの。それで、私をじっと見つめてきた。まるで、責められてるみたいだった。私のせいで死んだんだって」
聞かれても無いのに、夢の内容を話してしまった。多分慰めて欲しかったんだと思う。
「リーム、それは違う。シスターさんが死んだのは、お前のせいじゃない。あいつらの、野良の奴らのせいだ」
ルキウス君は、慰めてくれた。頭を撫でながら、私の目をしっかりと見て、そう言ってくれた。甘えすぎなのは分かってる。それでも、その時の私は甘えることをやめられなかった。言い訳をさせてもらえるなら、この時の私は本当に弱っていたんだ。
「ねえ、ルキウス君」
「なんだ?」
「君はいなくならないでね」
「ああ、約束する」
月明かりに照らされながら、交わした約束。私はこの夜の約束を、ルキウス君の優しさを、一生忘れない。