絶望だけじゃない
リームと俺の二人旅ももう、一月が過ぎた。いや、正確には二人と一匹の旅だ。
そのもう一匹とは……
『ぴぎゃう!』
ドラゴンだ。名前はクルム、俺がつけた。古代語で、奇跡という意味の『ミーラークルム』という言葉からつけた。ドラゴンに会えるなんて、奇跡に近いからな。……名付けが単純? 俺には名前をつける才能なんてない!
リームが、クルムを最初に見たときはさんざんだったなあ。
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「あっ!そうだリーム。ちょっと、紹介したいやつがいるんだ」
「紹介したいやつ?」
「そうそう」
ピィーーーーー
俺が指笛を鳴らすと、バサバサッという音と共に上からクルムがやってきた。
「って、イタイイタイ。つつくなよ」
「……………………」
俺がつついてくるクルムを、なんとか捕まえて抱きしめてリームの方を見ると、何故か無言で見つめられてた。
「どうした?リ……」
「ルキウス君!!」
「うおあ!なんだよ……」
「その子って、その子って!!」
食い気味だなオイ。
「ああ、こいつはドラゴンの子ども。旅の途中で拾ったんだ。名前はクルム」
「やっぱりドラゴンなんだ!かわいい〜」
「抱っこしてみるか?」
「いいの!?」
リームが目をキラキラさせながら聞いてくる。
「ああ。こいつ、結構人懐っこいし」
「わああ」
リームにクルムを渡すと、顔をほころばせながら、優しく壊れ物を扱うかのように抱っこした。
クルムが何故かドヤ顔してくる。……別に、羨ましくねーし。
「ありがとう、ルキウス君」
リームが笑顔を俺に向けてお礼を言う。そのひだまりみたいな笑顔だけで、もう全部許せる。
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うん……ちょろいな俺。
ちなみに今、クルムはリームにじゃれてる。超じゃれてる。おかしいな、拾ったのは俺なのに。リームと会う前に拾ったから、俺の方が長くいるのに。俺がリームと会ったときなんて、森の中を自由に飛び回って、俺の方に全然来なかったたくせに。
なんか、リームとクルムの両方を両方に取られた気分。
ちくせう。
「クルム〜。ルキウス君がかまってもらえなくて拗ねてるから、ちゃんとかまってあげようね〜」
「な、拗ねてない!」
『ぴぎゃぎゃぎゃ』
「クルムも拗ねてるって、言ってるよ」
「だから、拗ねてない!」
「わかった、わかった。よしよし」
『ぴぎゃぴぎゃ』
リームとクルム、そろって俺の頭をなでてくる。……拗ねてねーのに。
「そういえば、私達が力を使う時に唱える言葉も、クルムの名前の由来と同じ古代語なんだよね」
「そうそう。リームの『光よ』は光って意味だし、俺の『水よ』は水って意味だからな」
「ルキウス君はよく知ってたよね、古代語なんて」
「別に、俺も全部知ってるわけじゃない。ただ、昔から本とかを読むのは好きだったから、たまたま本に載ってたのを、覚えてただけだって」
「でも、すごいよ」
笑顔で褒められた。うん、悪い気はしない。というかいい気しかしない。
「お前だって、この一月で俺が教えた古代語はだいたい覚えたろ?すごいじゃねーか」
リームの頭を「よしよし」となでてやる。
「えへへー。ありがとう」
目を細めて、心底気持ち良さそうな笑顔を浮かべてる。ご満悦のようだった。
……好きだなあ。
って、俺今なに考えた!? 口に出してないよな!?
「ルキウス君、なに急に百面相してるの? なんだか、変な人みたいだよ」
うん、変な人嫌だな。気をつけよう。
けど、ホントに気をつけなきゃな。リームにバレちゃいけないんだから、この恋心は。
だって俺はリームの恩人だから。恩人である俺から想いを伝えられたとしたら、助けてもらったからという理由で、リームは俺の想いを受け入れるかもしれない。だから、今はまだ伝えられない。ちょっと、男としてどうなんだという感じだけど、こうしてリームと旅をしていたら、助けられることもあるだろう。俺がリームに助けられて、俺がリームを助けた分とリームが俺を助けた分がおんなじになる日まで、この気持ちは胸の中に。
「ルーキーウースーくーん!」
「んあ?」
「やあっと気づいた。全然気付いてくれないんだもん。やっぱり、まだ拗ねてるの?」
「ちょっと、考え事してただけだよ。ていうか、まだも何も、そもそも拗ねてねーってのに」
「えー。ほんとにー?」
そんな、俺とリームの拗ねてる拗ねてないの言い合いは、しばらく続いた。10分くらい過ぎたところで、クルムが『ぴいぎゃおー』と少し怒ったように鳴いたので、そこで言い合いは終了した。
「あはは。クルムに怒られちゃったね」
『ぴぎゃぎょぎゅー』
「仲良く、って言われちゃったな」
楽しいな。
今までは、こんな風に心が安らぐことなんて、一度もなかった。旅の中で、新しく知ったことに対するワクワクや、面白味を感じるなんてことはよくあったけど、その間もずっと、糸が張り詰めたみたいで、一瞬でも気が抜ける時なんてなかった。でも、もうそんな風に気を張る必要もないんだ。復讐が終わったからってだけじゃない。
今の俺の隣には、リームがいるから。
「ん? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
今度こそ、リームのこの笑顔を守りたい。多分だけど、この旅は平穏無事とはいかないと思う。 それでも、その笑顔が曇らないように、守りたい。
「さてと、こっから先は結構でかい山だ。この山ん中で、3日〜5日、野宿することになると思う」
「準備は万全!いつでも野宿できるよ」
なぜかリームが、全力笑顔だ。
「楽しそうだなお前」
「だって、山で野宿は初めてだもん」
「まあ、普通はそうだろうさ」
ていうか、旅するとか、戦争に行ったことがあるとか、特殊な事情もないのに野宿したことはあるなんて奴、やだよ。その場合、なんでしたことあるんだってツッコミたいし。
「ルキウス君は、山で野宿したことあるの?」
「あー、一応あるな。片手で数えれるくらいだけど。基本的には避けてたからな。危ないし」
「えっ!? 危ないの?」
「あ、悪い。言葉が足りなかった。俺が山に登らなきゃならなかったのは、雪が積もってるようなとこだったから。そんなとこで山なんか登ったら、寒さもきつくなるし、視界が悪いのに平野より動物も多いから、危なくて仕方ないからな」
「なあんだ。よかった」
うん、言葉って大事だ。変に不安がらせちまったな。
でも……
「心配しすぎは良くないけど、安心しすぎも良くないぞ」
「え?」
「心配のしすぎで体が竦むのもよくないけど、安心して……悪く言えば楽観視して、怪我したりするのは、もっとよくない。だから、常に少し緊張してるくらいが丁度いいんだ」
「へえ〜」
怪我なんてして欲しくないしな。なにより、町以外のところで大怪我しちまうと適切な処置ができなくて、治るはずのものだったはずが治らなくて、へたすりゃ体の一部がなくなったりするなんていう、悲惨なことが起きたりする場合もあるからな。
「その話には納得した。でもね、ルキウス君」
リームが真剣な目でそう言う。どうしたって言うんだ?
「普段がただの天然ボケボケさんで、緊張感とか注意力とかを、いったいどこに捨ててきたの? って感じのルキウス君に言われても、全然説得力がないよ?」
「それは、言わないお約束だぜ。リーム」
「えー? だってー。ルキウス君、園にいるときに、何回なにもないとこでこけた?」
「……多分、3ケタ以下」
「ケタがおかしいし、多分なんだ」
だって、仕方ねーじゃん!こう、日常生活してると色々気がぬけんだから。
「仕方なくないからね」
「!? 俺の心のつぶやきに返事をした……だと?」
「いや、普通に言葉に出してたよ」
なんだと!
「結構独り言言ってるなあ、って思ってたら、心のつぶやきだったんだ」
「えっ。俺、結構言ってたわけ?」
「うん」
そんな、邪気のない顔で言わないでくれ。何も言えなくなる。
こう、穴があったら入りたいっていうか、むしろ掘ってでも入りたいっていうか。
「まあまあ、そんな落ち込まないで。人生生きてたら、いいことあるよ」
「壮大すぎじゃね?」
まあ、いつまでも落ち込んでても仕方ないな。
「よし!俺復活!!」
「おー!」
ぱちぱちぱち〜。と、リームが手を叩きながら一緒に盛り上がる。
「じゃあ、気を取り直して出発しようか」
「うん!」
俺たちは山へと足を踏み出した。この大陸で最も広く、神話に出てくるぐらい古く、どこよりも生命にあふれている山岳地帯。ディーウェス山岳地帯へ。
この先に何が待っているのかなんて分からない。悲しい戦いかもしれない。苦しい後悔かもしれない。寂しい別れかもしれない。
それでも、俺たちは知っているんだ。俺達の心に、希望の光がある限り、この先にあるのは、絶望だけじゃないってことを。