「許さない」
今回わりと残酷な表現多めです。苦手な人にはすみません。
ルキウス君が戦闘指南をしてくれたお陰で、私も自分の身を守れる程度には強くなれた。
そうこうしている内に、園の近くの湖まで来ていた。よく目を凝らせば、向こう岸に私達の家である教会が見える。
「あれが私の家である教会。通称、『光のこども園』」
「教会の孤児院だったんだな」
「そういえば言ってなかったね。私は教会育ちなんだ。だから、聖典も一部は覚えてるんだよ」
「おお。それはスゲーな」
「褒め称えてもいいんだよ。むしろ、褒め称えなさい」
……ありがたい。
本当にそう思う。ルキウス君は分かるんだ。私が不安なのを。恐怖に押し潰されそうなのを。そうならないように、無理に笑って、無理矢理話しているのを。私の笑顔はきっと、ひきつっているだろう。それでも、そんな私に合わせて笑ってくれるルキウス君は、とても優しいな。と、そう思った。
「いよいよだね」
「ああ、覚悟はいいか?」
「もちろん。ルキウス君の方こそ気を付けてね」
「ああ」
やっとだ。やっと助ける事が出来る。お願いだから、みんな無事でいて。いまの私には、祈ることしか出来ないから。みんなのところに行くまでの私では。
「大丈夫だ」
「えっ……?」
「俺が絶対助けるから。大丈夫だ」
「ルキウス……君…………」
どうしてだろうね。まだ、会って数十分なのに。君の言葉は、信じられる。君の笑顔を見ると、安心できる。初めて知ったんだ。きっと、この気持ちが『好き』っていうことなのかな。
「……ム、リーム」
「ほぇっ?」
「大丈夫か?さっきから返事がなかったけど」
「ご、ごめんね。ちょっと色々考えちゃって」
「……まあ、いいや。じゃあ取り敢えず、俺が先に行って見張りを倒してくる」
「分かった。気を付けてね」
「ああ」
そう言って頷いて、ルキウス君はすたすたと歩いていく。いまからルキウス君が戦いに行くだなんて、あのルキウス君を見て、誰が信じるだろう。それほどまでに、ルキウス君の偽装は完璧だった。……あっ、見張りの男の目の前に着いていた。
「あの~。すみません」
「ああ?なんだガキ」
「俺、道に迷っちゃって。クラリスの町に行くには、どう行ったらいいか、教えてもらえませんか」
「クラリスの町ィ?逆方向じゃねぇか」
「俺、極度の方向音痴で、あはは」
「上手いな」と、そう素直に思った。最初は警戒していた男も、ルキウス君の雰囲気に騙されて、すっかり安心している。これは、自分を傷付けないものだと。ルキウス君、詐欺師の才能があるんじゃないのかな。
とか考えている間に、ルキウス君は締めに入ろうとしていた。
「あんた以外に見張りは居ないようだな。じゃあ、もういいや」
「はっ?」
男が急なルキウス君の変化に呆気にとられたその瞬間、ルキウス君は奴のお腹に蹴りを入れる。その衝撃で奴は塀まで吹っ飛んだ。人って宙を浮くものなんだね。
……私たちの教会をあんまり壊してほしくないんだけどな。
そんなことを考えている間にもルキウス君は仕掛けていて、徹底的に奴を叩きのめしていた。
ガツッ……ゴキッ
あっ、骨が折れた。あれは痛そうだな。……ん、ルキウス君からもう大丈夫の合図がでた。
「取り敢えず、ここにいても始まらねぇから、中に入るぞ」
「……う、ん……」
息が、上手く出来ない。意識しないようにしてたけど、やっぱり怖い。誰かが傷付いていないか。ううん。私が怖いのは違う。私は、自分のせいで誰かが傷つくのが怖いんだ。私が逃げ出したせいで誰かが傷ついているかもしれないのが、どうしようもなく怖い。でもそれ以上に、そんなことを考えている自分が嫌だ。みんなが傷ついているかもしれないときに、こんなことを考えている自分が一番嫌で、大嫌いだ。
「リーム、怖いのは当然だ」
「違っ」
「“自分のせいで傷つくのが怖い”のは、当たり前だ」
気づいてた?!
「俺だってそうさ。自分のせいで誰かが傷つくのは、何よりも怖いし、痛い」
ルキウス君のその言葉は、まるで既にその痛みを知っているかのようだった。その恐怖、痛み、全部知っているから出せる重みがあった。
「俺も怖いし、お前も怖いし、みんな怖い。だからさ、責めなくていいんだ。その恐怖は、人が持つ当たり前の感情だから」
「……ありがとう」
「どういたしまして。さあ、行くぞ」
本当に、君の言葉は私を安心させてくれる。私が君を好きだからってだけじゃない。そんなの関係なく、君の言葉は魔法みたいだよ。本当に、ありがとう。
でもそんな素敵な魔法を、この残酷な世界は簡単に打ち砕く。
「なんか、やけに静かだな。それになんか臭うような」
「そうかな?分かんないなあ。まあでも、ちょっと拍子抜けだね」
「まあ、楽でいいけどな」
「あっ、あの扉を開けたら、すぐに大広間だよ」
私は扉へと走る。すぐにみんなのもとへと駆けつけたかったから。そして、扉を開ける。
「この臭い……リーム、その扉は駄目だ!!」
「えっ?」
私は、扉を開いた。その瞬間中から漏れ出る嫌な臭い。それは鼻を摘まみたくなるほど強い、鉄の臭い。死の臭い。
「しす……たー、くれ……あ?…………」
「見るな!リームっ」
そこにあったのは、目の前全てを埋め尽くす程の屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉屍肉。赤黒く染まった修道服。ところ狭しとぐちゃぐちゃした肉片が置かれている。人間にはこんなにも大量の内臓があるのかと、驚くほどある腸や肝臓、肺など。バラバラに切断されたそれは、もはや人あったと判断するのも難しい。それでも私が、それをシスタークレアだと判断できたのは、彼女の頭が一番よく見えるところにあったからだろう。
「いっ、いやあああああァァァァァァァァァ!!」
「リームっ!見るなっ、見ちゃ駄目だ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」
自分の声が枯れていることにも気付けずに、私は叫んだ。
なに?あれはいったいなに?なんなの?だれかこたえて、だれかいって、あれはしすたーじゃないって、しすたーじゃぜったいないって。だれかいってよぉぉぉぉぉ!!
「あっ、おい待てリーム!」
私は、ルキウス君声もなにも聞かずに走る。奴らのもとへ。奴らを殺すために。
バアンッ
大広間へと続く扉を開ける。そこには、みんなと奴らがいた。
「リームっ。どうして戻ってきたの?!」
「リームお姉ちゃん!!」
「おお。一番高く売れそうなやつが戻ってきたな」
「貴方が、シスターを殺したの」
「シスター?ああ、あのババアか。そうだ、俺たちが殺した」
「っ!」
「おいおい。怒るなよ。仕方ねーだろ?あいつが俺たちに逆らったんだから。言ったんだぜ俺たち、逆らったら殺すって。なのに逆らったんだ。自業自得だろ?」
「貴方たちっ!!」
「ああでも、あれは笑えたなあ。「子ども達は私が守りますっ」て。死んだらどうやって守るんだよ。ぎゃははははは」
奴らの笑い声が大広間に広がる。もう、いいよね。殺しても。
「許さない」
私は、右腕を前に突き出す。自分でも、ほとんど無意識の行動だった。何故そうしたのか、本当に分からない。でも、奴らを殺すならそれが最適だって分かったから。右の手の甲に、×の先に丸がついたような、そんな不思議な模様が浮かぶ。
「光よ」
私は殺すためにその言葉を紡いだ。