「助けてほしいか」
私はそんなに深くない森の中を走っていた。後ろから迫ってくる山賊達から、逃げるために。どうしてこんなことになったのか。理由は簡単、私達の家が襲われたから。
私には物心着いた時から両親がいなかった。でも、家族はいた。小さな町の奥にある、小さな孤児院。その名を『光のこども園』。両親がいないことから、涙で瞳を濡らした夜もあった。でも、そんな私に、家族は優しかった。みんな私と一緒だった。だからだったのかもしれない。私達は、誰かが口角を上げればみんなで笑い。誰かが涙を流せばみんなで泣く。全部一緒だった。私もみんなが大好きで、みんなも私が大好きだった。私だけの話じゃない。お互いがお互いを大好きだった。
私は……そんな家族を見捨てた。逃げるしかなかった。……けどそんなの嘘だ。そんなの言い訳だ。とても見苦しい言い訳だ。でも、だからこそ。
私は家族を助ける。
「待ぁてえぇぇぇ!!」
待てと言われて待つバカなんて、どこにいると思ってるの。って、こんなことを考えて暇があったら逃げなきゃ。
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何も言わず、何も考えず、ただひたすらに走り続ける。木と木の間を縦横無尽に走ったせいか、追いかけてくる山賊の声は、次第に遠退き、聞こえなくなった…………あっ!!
ドンッ
「きゃあっ」
「わあっ」
何か、いや誰かにぶつかった。
「どこだああああぁぁぁぁぁぁl」
ヤバイっ。見つかっちゃう。……っていうか、この人を巻き込んじゃう。見ず知らずの人を巻き込むなんてできない。とにかく、ここから離れなきゃ。
「ぶつかっちゃってごめんね。私行くね」
「……なあ」
「え、なあに?」
「あの声、お前の知り合い?」
「知り合い、というか……」
「もし、知り合いなんだったら、俺はなんもしねえ。けどな、あの声の持ち主から、お前逃げてんだったら、俺は、その逃亡を手伝ってやらねえこともねえ。……どうだ?お前は、助けてほしいか?」
私は最初彼が何を言っているのか理解できなかった。だって私が知ってる人間っていう生き物は、こんな簡単に誰かを助けようとなんかしない。普通、そういうものでしょ?
「どうなんだ?」
でも、そんな普通じゃない彼に頼ってみようと思った。何で彼を信じたのか。そんなの私にだってわからない。でも、強いて言うなら、“直感”。それを信じた結果。私は彼に言った。
「お願い。私を助けて」
「おう」
彼は笑顔で返事をした。
「じゃ、とりあえずそこに隠れてろ」
そう言うやいなや、彼は私を近くの茂みに突っ込んだ。私はそこから様子を伺う。
「おいっそこのお前」
「ん?何だよ。おっさん」
「おいガキ。調子に乗ってんじゃねーぞ」
「へーへー。わるかったな」
「ちっ。……この辺を、金髪に翡翠の目を持ったガキが、通んなかったか」
「ああ。通ったぜ」
え?
「ちょうど、そこの茂みに隠れてるぞ」
えええ?!
ちょっと、待ってよ。君、私を助けてくれるんじゃなかったの?!なに私を売ろうとしてんの!!
「ガキ。情報をありがとよ」
ガサガサ
きゃあーっ。
ガツッ
「ぐはっ」
何かがぶつかる音と、誰かの呻き声が聞こえた。誰かじゃない。私を追っていた山賊の呻き声。……それが聞こえるってことは、もしかして彼が、山賊と戦ってくれているんじゃ。私は少し期待しながら、顔をあげる。
そこでは、私の期待していたことは起きていなかった。私の、期待していた以上のことが起きていた。
まあ、なんて言うか、彼が山賊をしめていた。抽象的な意味じゃなくて、実際に、物理的に。首を片手でしめていた。男は宙に浮いてるし、結構苦しそう。
「えっと……とりあえず苦しそうだから」
ここまで言った時点で、山賊は苦しさで歪めていた顔を、少し安らかにした。
「完全にしめて、逝かしてあげたらどうかな?」
この言葉を聞いた瞬間、絶望の縁に堕とされたような表情になった。
「お前、可愛い顔してえげつねえこと言うのな」
「そうかな?」
「そうだよ。その証拠に、こいつ恐怖で意識飛んじまってるし」
「軟弱ものだね」
「まっ、そうだな。……で、お前はなんでこんなのに追いかけられてたんだ?」
彼は、はじめて私の素性を尋ねてきた。別に、答えて困るものでもないし、私は今までの経緯を話した。それを聞いた彼は「ふーん」と、言いながらうなずいて、私に聞いてきた。
「な、お前は助けてほしいか」
今度は私はすぐに彼の言うことを理解して、返事をした。
「うん。私たちを、助けて」
「おう」
やっぱり彼は、笑顔で返事をするのだった。
「そういや、まだ、自己紹介もしてなかったな。俺は、ルキウス=アイシャーン。お前は?」
「私は、リーム=ウィンダーミア。よろしくね、ルキウス君」
「ああ。よろしく」
この刻はわからなかったけど、私たちのこの出会いは、運命に決められた出会いだった。誰も逆らうことなんてできない、運命という流れによって紡がれた、お伽噺だったのだと思う。




