core12:神様がいない世界
アリエッタと切断した後、暫くコクピットから出なかった。正確には体中が痛くて動けないからだ。繋がっていた事で有るはずの無い、両目、両手足の感覚が蘇る。機械の中に本当の神経があると錯覚し、抑えきれない痛みが走る。
リナさんに説明すると、皆には先に戻ってもらうように伝えてくれた。
薄暗いコクピットの中、天井を見つめる。時間だけが音もなく過ぎていく。するとマーガレットからデフォルト・アイに直接通信があった。それもプライベートメッセージ。周りにはもう誰もいないのに、なんだろう。
『ー雪人さん、今回の戦いで少し分かった事があります。別の空母にある、私の機体にアクセスして、デスウォーカーの情報を集めてました。その時、不自然な点がいくつかありました。それは私が調べる事が出来ない空間、ぽっかりと穴が開いていたのですー』
「調べられない空間?」
『ーそうです、我々ロストチルドレンは脳と脊髄は生身ですが、身体はアンドロイドの物を使用してます。情報は全て機械を通して得ますから、逆に言うと見たり聞いたり、話したりする事が機械によって禁止される言葉もあります。殆どの子達はそれすらも知り得ませんー』
「そんな、酷いじゃないか・・・・・・」
『ーしかし、この空間は人でも調べる事が出来ません。現在オリオンがいないこの世界ではどんな言葉でも意味を持たない。それでも隠したい情報とはー』
「オリオンか・・・・・・。人でも調べられない、と言うとマイクさんでも?」
『ーはい、マイクさんだけには相談しました。Xウィンドウ社の最高アカウントでログインしても検索禁止になるようで、かなりムキになって調べられてましたが、分かったことは、この事に誰も気づいていないのですー』
「でも、調べられないのに隠された情報があると分かるの?」
『ー次の作戦の全アギルギアのルート情報を調べると、ぽっかりと空いた空間があり、そこは見る事のできない場所がありました。私からすると、まるで異次元のような空間、実在するのか、または実在しなくとも無いという情報だけなのかもしれまん・・・・・・。ですが、マイクさんが400年以上前のデータを調べると、第三次世界大戦の頃には何かがあったと言われていた場所、そして現在は違法アンドロイドが集まる闇市の付近。かなり危険な場所ですー』
「そこに何かが隠されていると?」
『ーはい、コア生命体との戦いに関係ないかと思いましたが、雪人さんのルートがそこを通過するようになっています。危険だと感じましたー』
マーガレットと繋がって無くとも、心が悲しく怯えているのが分かった。不安なんだ。
「僕が?そこに?そういえば何故だろう。日本に居たのにフランス、ドイツと来てしまった。もしかしたら僕はそこに行く為にここまできたのかな・・・・・・」
『ー分かりません、マイクさんから、話があるのでVRチャットに来て欲しいとおっしゃってました。私も参加したいのですが、私はニューアメリカと、イギリスに監視されているのでこれ以上は話せません。このプライベート通信が出来るのもマイクさんのおかげなんです、こんな話をしていますが、どうか無理をなさらずに・・・・・・私に出来る事があればなんでも言ってくださいー』
「ありがとうマーガレット、僕がここに居るのは皆を守りたいから、自分の意志でここに居る。だから心配しないで、例えどんな事があっても僕はマーガレットを信じてる」
『ーそれだから、よけいに心配してしまうんですよ、バカ人さんー』
「また、バカって、ははは、それとVRチャットってどうやるの?端末にもそんな機能無いし初めて聞いたよ」
『ーふふ・・・・・・。名前を何度も呼んでしまったら、私だって・・・・・・。じゃあ、もう準備はいいですね?それにお姉様も見てませんしー』
「え?」
『ーこれは、オリオンが居た時のツールなので端末にもデフォルトアイにも入ってません、接触型インストールなんですよ、さあ、目を閉じて・・・・・・ー』
目を閉じて気を抜いていたら突然、両手に指が絡まる、繊細な指だった。そして次第に唇には柔らかくて温かくて、いい香りが触れている。何も考えられなくなり、そのまま小さな光に吸い込まれていった。とても心地良い時間だった。
デフォルトアイの視界が切り替わる、VRチャットと右上に表示され、中央には白横三本線のロゴが浮き出てくる、その後起動中と認証中を繰り返し、左下にバージョン11.0と映し出されて、文字だけだった。
暫く待っていたけど、エラーの後にオリオン、オフライン、起動失敗とだけ・・・・・・。
すると、小さなウィンドウ画面から声が聞こえきた。遠くから聞こえる、耳を澄ませた。
「ー雪人、自分の手は見えないと思うが、手探りで端末の認証を操作しろー」
マイクさんの声のようだけど、機械音で聞き取りづらい、左手に端末があるのが分かる、言われた通りに操作した。きっと端末はマーガレットが持たせてくれたんだろう。
「ーここからは気をつけろ、なんせ、電子世界の創造神であり、絶対神のオリオンが居ないからな、さあ、もうすぐだ!やりたい放題のヴァーチャル世界へー」
強烈な白い光に包まれる、孤独は感じず、見えない扉が大量にあると感じた、自分が住んでいたマンションよりも多く、様々な記憶が作り出したような感覚。
知っている、この扉、開けてみたい。
でも駄目だ。これじゃない。
そうだ、僕が行くべき場所。
目の前には水色の扉。開くと足下には白いウサギのぬいぐるみ。抱き上げると急にしゃべり出す。
《聞いて、聞いて、私は雪の中なの、ベンチに座ってる。隣には誰も座れない。だって雪が積もってしまってるもの。あなたが払いのけてくれるの?》
「うん、いいよ」
雪、ベンチ、他には何もない・・・・・・。
《ありがとう、お礼に、いいこと教えてあげる、神様のいない世界なんて無かった。私はキライ、ダイ嫌いなの、このまま世界が終わってしまえば良かった、ねぇ、アリエッタを助けたんだから、私たちも助けてくれるよね?》
「え?」
アリエッタというキーワードに、一瞬、心臓が止まって死ぬかと思った。ウサギの目が光ったように見え、雪の中に溶けて消えていった。
「ー雪人!!おい!ー」
「マイクさん!マイクさん!」
怖くなって叫んでしまった。黒いフードを被ったマイクさんが遠くから現れた。
「ーいきなり、VRチャットの洗礼を受けたな。豚かネズミどっちだった?ー」
「白いウサギでしたが・・・・・・」
「ーまじかよ、白銀の狼殺し、じゃねえか、クロスボーンラビットだよ、久しぶりに現れたな・・・・・・百年ほど前にVRチャットに姿を現せたハッカーだ、遠隔操作で殺人ロボットを組み立てて、人を殺しまくる危険な奴だー」
「そんな危険な奴が、なぜ?でも、アリエッタの事を知っていた。遠隔操作で組み上げる殺人ロボットなんて・・・・・・」
「ーまずいな、宣戦布告か。殺人ロボットを作るなんて簡単さ、電子プリンターで電子基板を印刷してアンドロイドに貼るだけだ。足りないパーツも金属プリンターで一発だしな。もっと昔だか、オリオンが禁止する前は、流体ナノマシンでなんてバケモンもいたが、これでもだいぶ平和になったさー」
「すみません、皆が言うオリオンっていまいち分からなくって」
「ー雪人の世代だと、電子機器の全てはオリオンによって作られた事ぐらいは知っていると思うが、昔は法律であり、全ての権限をもつ、たった一つの量子コンピューターだったんだ、誰も触れないように、宇宙に上げて、守ってたんだが・・・・・・アンドロイドと人間の戦争、第三次世界大戦が終わると同時に居なくなったんだー」
「戦争の時はオリオンはどっちの味方だったんですか?」
「ー人間側と言われているが、オリオンなら、全アンドロイドの戦いを止めることが出来た筈なんだ。今から400年前、たった3ヶ月の戦争で人口は60億人から10億人に減った。そしてオリオンが居なくなり、人によってアンドロイドを改造出来るようになって、二度と攻撃出来ないようにロックをかけたんだー」
「それで、ロストチルドレン達は機械を介しているから、アンドロイド扱いとなり、攻撃出来ないんですね」
「ーそうだ、彼女達は人でも無い、アンドロイドでも無い、この、戦いの世界でしか生きられない人造人間だ。中には紅音のように亡くなった人の脳を移植したのもいる。死者を蘇らせても足りないんだ、この狂った世界は。人間の命も戦いの中で簡単に消えていくからなー」
「紅音達は必死に生きようとしている、僕が出来ること、きっとそれが僕にとってこの世界で生きている意味なんだと思います」
「ー生きる意味か・・・・・・。ならばこのヴァーチャル世界で確かめてみるといい。雪人を呼んだのは、オリオンの子とは一体なんなのか突き止めないと、このブラジルで最悪の結末が待っているかも知れない。柊灰人と呼ばれる人物の子である、その目でなー」
「ありがとうございます、始めてください」
マイクさんは一歩下がり、手で空に白い円を描いた。キラキラと空へと飛んでいき、僕の身体がフワフワと浮いていく。だんだんとバランス感覚が保てなくなる。
自分の事をこの目で確かめてみたいと初めて思った。




