core10:光を抹消する者
一斉に走り出す。合図なんていらなかった。風の中にあるエンジン音の流れ、この知らない国でも自在に、共通の言葉のように正確に広がっていった。
アリエッタの視界から分かる高速移動とバランス感覚、最新のエンジンを任されただけあると思う。それに地面を確かめる余裕すらある。後に続くレベッタとエルザもアンカーでお互いを支えながら走るのに慣れてきた。
姿勢は地形を利用して最小限に、それに一歩のジャンプで50メートルは進んでいる。草むらも突き抜けるように疾走していく。まるで生きている風のようだった。
アイヴィーからの通信だ。
「ーアリエッタ、速度を上げて下さい。デスウォーカーとの接触時間が5秒加算されますー」
分かっていた。FLDのルート上に通過ポイントがあり、目標タイムより少しずつ遅れていた。それでも速度は大きな看板の文字でさえ認識出来ない程だ。でも今は速度じゃない。風の道を合わせ繊細な動きでお互いの呼吸を確かめる。
続けて通信のアラームが鳴る。今度はリナさんだった。
「ーユッキー!そんなもんじゃないでしょ。見せてやりなさいよ、超高速移動。皆の心配して長距離レーザーの照準に入らないようにし無くてもいいの!エルザもレベッタも、まだまだ加速できるわよ。なんせ、パイロットの二人は最強の曲芸人だから、もう本気だして大丈夫よ!ー」
「ーリナ!お姉さまも私も何だと思ってんだっつーの!それにバカ人にアリエッタ!遠慮してんじゃない、もう慣れたから行けってーの!ー」
「ー分かりました!雪人さん、私の翼、支えて下さい!ー」
「全力で行くよ!!」
ここからは全員で息を合わせなければならない。エンジン音が変わっていく。大量の空気を取り込み一気に圧縮し爆発させ加速する。爆音だった。
片足での着地は荒く地面にめり込み、失速分を取り戻すだけでなく強引に蹴り上げ加速させる。
木にでもぶつかったら一発で大破だ。ジャンプも荒くなりさっきより数メートルも高くなる。デスウォーカーが視界に小さく入った。そしてヤツはこちらを認識するや否や赤い強烈な閃光で景色を染める。
「「3、2、1・・・・・・」」
「「右へ!」」
完全にアリエッタとシンクロする。長距離レーザーを先読みで右に避ける。後の二人が同じルートに入り、レーザーを見ること無く、ほぼ同時に右に避けた。レーザーが誰も居ない場所を通り過ぎていく。
直前で回避するのは間に合わないから先読みするしかない。今までレーザーの速度は同じだと思っていたけど、長距離レーザーは早い。
「また来るよ!」
開けた場所へ長距離レーザーを誘い込み回避する。しかし、アリエッタが右手を振り上げ風を感じとる、まるでこの状況を楽しんでいるようだった。
FLDで見なくても分かるぐらいにデスウォーカーの全身像が見えてきた。普通のタイタン型とは違い、4本足で逆関節、2本の腕のようなものに頭らしき物は無い。全身は黒く赤く光るコアが無数にあり不気味に蠢いている。所々に被弾して硬化した痕があった。
闘いが始まる。アイヴィーから通信だ。
「ーこのデスウォーカーは15時間前に発生した個体です、アギルギアが20体も倒されています。デスウォーカーは戦闘禁止命令が出ていますので、いずれも遭遇してしまい逃げきれずに倒された事になります。Aランクでも太刀打ち出来ません。まもなく接触します。エルザ、レベッタはルートを通り分岐点で回収ポイントへ向かって下さい。現在の相性は94%ですー」
「ー雪人、アリエッタを任せたわよー」
紅音の声が全身に響きわたる。安心した。本気が出せると確信した。
「ありがとう紅音、そしてアリエッタ、行こう、帰る場所へ」
再び大型エンジンが強烈に反応する。FLDの分岐ポイントへ足を踏み込む。僕たちは時計回りに左へ、エルザとレベッタは右へ回収ポイントへのルートに乗った。僕たちはデスウォーカーを引きつけながら一周し、エルザとレベッタに追いつく形になる。
光を打ち消して灰色の空から赤い嵐がやってくる。稲妻は赤く、豪雨のようにレーザーが僕たちを狙って落ちてくる。集中砲火だった。レーザーが装甲を何度もかすめ、土砂を巻き上げ、視界さえも行き場が無くなる闇となった。
FLDのルートだけが頼りだ。必死に作戦ルートから離れないように走るも、帰る場所の無い死が壁を作り拒絶する。無情にもデスウォーカーとの接触時間が加算されてしまう。追い討ちをかけるかのように、ジャミングワイヤーがFLDに一杯に表示され、通信が悪くなる。
このままでは生きて帰れない。そう感じたのにアリエッタは再び右手を上げた。少しでも間違えれば、一瞬で破壊されてしまうのに。
突然、時が止まる。アリエッタの声がまるで自分が喋っているかのように聞こえてくる。
「ー嵐の中で、右手に当たるこの風が、私達を繋いでいる、命を感じた時、何事でもないただ一つの思いが、その時だけの翼を与える。私は、まだ、本当の翼を知らないー」
アリエッタの世界に僕の意識が飲み込まれていく。真っ暗な世界。光さえも無い。ここはどこだろう。自分の体と切り離された感覚を思い出す。そうだフランスで会った白い服の少女の時のように・・・・・・。
何も感じず、ただ正面を見つめている。隔離された空間はやがて一つの点へと辿り着く。
「ーゆ・・・・・・ゆき・・・・・・雪人!戻ってこい!!ー」
紅音だ!紅音が呼んでいる!!




