core06:寂然のアリエッタ
リナさんからの指示がデフォルトアイに表示されていく。アリエッタを含む3名の危険地域からの脱出、及び回収ポイントでの待機だ。アリエッタの現在位置はブラジル北のフォルタレザから南に500キロ先のパトスだ。回収ポイントはさらに東に40キロ先のサンタルジアとなっている。
簡易マップを見る限りでは、廃墟と化した住宅街で高い建物は無い。あっても3階建てぐらい。タイタンなどの大型や飛行型だとかなり不利になる。この地形では特に黒い翼はやっかいだ。皆が苦戦する理由が分かった。
走っていたのですぐにコクピットがある部屋に着いた。皆も一緒に来てくれて、心配そうに僕を見ている。
「ユッキー、一緒に戦えなくてごめんね。コクピットで戦況みているから少しでも一緒に戦うよ」
「ありがとうシュツカート、それに皆も。アリエッタも皆も必ず守ってみせるよ」
アイヴィーがオレンジ色のパイロットスーツを渡してくれた。所々にTESTと書いてあり、アリエッタ専用ではないと分かった。そしてすぐに説明してくれる。
「雪人さん、アリエッタは四世代後期型です、特殊兵装は音響通信兵器です。中規模な味方との通信と敵のサーチとなります。接近戦や、単独での戦闘には向いてませんが、最新の大型メインエンジンを搭載しています」
「それなら脱出に向いているかもしれないね」
「バカ人、アリエッタにあんまり無理をさせるんじゃないわよ」
「わかってるよ。やっぱり紅音は優しいんだね」
「ふん!知らないんだから!少しぐらい自分の事も考えてみろってーの!」
すると今度はローマンが心配そうに近づいてきた。とても優しい目だった。
「身体だけの負担の心配ではありません。どうかご無事で、お二人とも・・・・・・」
コクピットに入る。閉じていくドアの隙間から皆が力強く見えた。それほどに死線をくぐり抜けてきたから。死が当たり前の世界でも命の翼を今も輝かせている。
呼吸を整える。全身の力を抜いてすべてを預ける。だんだんと指先、つま先から感覚がなくなっていき、脊髄へ誰かの信号が伝わってきた。ゆっくりと感情が流れ込んでくる。
目を閉じる。焦ってはいけない。心の光はすぐに曇り誰にも届かなくなってしまうから。
「ー現在の相性は20%です。アリエッタと視界が共有されますー」
オペレーターはアヴィーだったの安心した。でもすぐにアリエッタからの恐怖と戸惑が僕の手足を満たしていく。かすかに感じる暖かい笑顔が無言のまま怯えていた。
FLDの表示にはスマートパルスライフル1発、コールドガン50発、特殊兵装装ブレダ180秒、スパイラルシフト使用不可、右腕、左足損傷あり。
視界が共有されると、ぼろぼろに崩れたレンガの建物の壁に3人で寄り添っていた。他の二人はオレンジ色のイタリア機だった。損傷が激しく戦闘はできない。残弾も殆ど無くあたりを警戒していた。
「アリエッタ、僕は君を助けに来た。離れているけど、必ず会いに行く。だから、どうか力を貸して欲しい」
人差し指、中指とかすかに神経が重なり合うけど心が離れてしまう。これは・・・・・・。信頼とかじゃない。自分から拒み、離れていくのが分かった。
「ー私の中に入ってこないで、もう戦いたくない。皆死んじゃった・・・・・・。助けるって言ったのに、離れてしまった。諦めたんだ。もう私の翼は折れてしまったから・・・・・・ー」
3人とも同じだった。不安と恐怖でいっぱいで、地獄の底から抜け出せない。自分自身の永遠の終わりを見つけてしまったんだ。
「なら、全部僕に任せて。君は目をつむっていればいい。でも小さな翼を抱きしめたまま。それはアリエッタ自身だから最後まで離さないで」
「ーどうしてそんなことを言えるの。こんな世界なのに、どうしてそんなに暖かいのー」
アリエッタはそっと立ち上がった。無意識だった。弱々しい翼の鼓動が動き出す。初めて応えた小さな風の音だった。
警告音が鳴る。アイヴィーからメッセージが来た。
『ー敵、黒い翼が接近中です。通信障害が激しく、こちらのレーダーでは正確な位置を特定できませんー』
こんなタイミングで黒い翼と戦うのか。でも翼に触れる風の中に、微かなアリエッタの潜在的な力を感じる事が出来た。
そして空は明るいけど、大気汚染で濁った風の中に、命の色彩を奪おうとする死神が、灰色の風に乗って迫ってくるのが分かった。距離は約100メートル。後数秒で戦闘になる。
「アリエッタ行くよ。僕にすべて任せて」
アリエッタが空に置いてきたエンジン音を思い出す。ここは自分の空だと認識し僕と重なる。今の思いと、仲間達の為に戦おうと力強く命を爆発させていく。
「ーもう誰も傷つけたくない!お願い雪人さん、私は壊れてもいい!だから最後まで皆の翼を大空へ導いて!ー」
「大丈夫、君も友達も誰も傷つけさせはしない!」
アリエッタは目を閉じたままジャンプした。僕を信じてくれたんだ。敵が正面から来るのが分かった。すぐにレーザーを撃ってくるはずだ。頭にたたき込んだ地図を頼りにフリードステップで回避する。
かすかな赤い閃光の後、背中に爆音と衝撃波が連続で襲ってくる。2発のレーザーを避けたんだ!敵が風を強引に切り裂く音から位置が分かる。コンマ一秒の世界で完全に敵の位置をつかんだ!
「今だ!」
目を閉じたままで感覚だけで撃ち放った、最後の一発のスマートパルスライフルの弾丸が命中する!これはシールドで防がれてない!?胴体に命中したのだろうか、甲高い衝撃音だった。次の音から敵が建物に突っ込んだのが分かった。
「ー凄いよ!ユッキー!見なくても当てちゃうなんて!でもメインコアは破壊してない!次来るよ!ー」
「ーこら!シュツカート!今話しかけては駄目だ!ー」
皆が見てくれている。少しずつアリエッタの視界が広がっていく。アリエッタが拒んだ光。左手を胸に当てながら深呼吸し、大きな翼を広げていった。
「ーたくさんの仲間、友達。私も一緒に飛んでもいいのですか?でも怖い。とても怖い。大切な人に出会う度に、悲しみが増えていく、それでも雪人さんは誰かに会い、そして繋がり求めつづけるのですかー」
「当然だよ!アリエッタに出会えた今、言葉に表す事の出来ない、その瞬間を2人で見れた。そしてこれからも、幾つものその時を一緒に感じる事が出来るんだから!だから、思いっきり飛んでほしい、僕一人では出来ない事だから!」
「ー嬉しい・・・・・・。そんな事言われたのは初めて。私の名はアリエッタ。作られた命だと知っている。それでもこの世界で羽ばたき続ける翼たちの風になりたい。そして私も一緒に飛び続けたい!この鋼鉄の翼で!だって私の命は存在している!皆に私は生きていると思いっきり叫ばせて!ー」
濁っていた筈の視界がクリアになる。透き通った心でしか見れない世界を見つけたからだ。メインエンジンからアリエッタの意志と時と共に花が咲く。




