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core04:真紅の蕾

 ここは空母の上だと感じさせ無いのは、周りの生活感のあるテントやプレハブ小屋があるから。


 だけど暗闇からやってくる波の音に混じり、身体と機械の手の隙間に流れ込んでくる冷たい潮風が空母の上だと教えてくれた。


 外で直接海を見ようと居住区を抜ける、空母の端に辿り付くと一際目立つ眩い明かりがあった。それは月明かりに反射した金色に輝き揺れる髪。まるで物語の中に出てくるお姫様のようだった。そして美しい後ろ姿から、紅音の妹であるマーガレットだと分かった。


 僕が声をかける前にマーガレットが先に振り向く。待っていたかのような仕草と落ち着いた表情。ゆらゆらと赤く光る目は見つめていると吸い込まれそうになる。そして小さな唇がゆっくりと動きだす。


「お姉様が雪人さんの事、好きなのは誰でも分かります。これ以上たかがシステム如きでお姉様を苦しませないで下さい」


 マーガレットは再び背を向けて、夜空を眺めていた。この小さな背中も沢山の使命と命を背負っている。


 僕は機械を通して皆と繋がらないと戦えなかった。そしてお互いの脳を共有しあって生まれる強い絆に勇気を貰っていた。


 自分一人の力で誰かを守る事は出来なく、たとえ翼があったとしても僕は一人では飛べないだろう。


「そうか、僕は紅音を強く思う事によって、その全てに答えてくれる紅音の力に頼っていたんだ。今までずっと無理ばかりさせていたんだね。ごめんよ紅音・・・・・・」


再びマーガレットが振り返る。


「それだけ分かれば上出来です」


 すると笑顔で手を差し伸べてくれた。小さくて白くて、それでも力強い手。この手は沢山の人を救って生きて帰ってきた証なんだ。


「マーガレット、ありがとう、一緒に練習してくれるかな」


マーガレットの手に触れる。


「勿論ですが、私はお姉様みたいに優しくはありませんよ」


 そう言ってマーガレットは歩き出した。アンドロイド特有の靴と一体型の足では無く、人と同じ足に真っ赤なハイヒール。僕は遅れないように着いていく。


 少し心が落ち着いたせいか、ふと月明かりに手をかざすと指と指の間を過ぎていく小さな星屑のような光が見える。


 月夜に照らされて小さく光る埃までもが綺麗な星屑のように見えた。こんなに近くにあったのに、こんな些細な事を忘れてしまっていたんだ。ただ遠くばかり見ていて、沢山の事を置いてきてしまったかもしれない。


 船内をマーガレットと歩く。僕の方が一歩遅れていた。少しずつ足音がゆっくりになり立ち止まる。


「いつになったら、案内してくれるのでしょうか」


 小さな笑顔だった。とても可愛らしく愛らしい。髪型こそは違うけど紅音にそっくりだからでは無かった。目が合うと急に恥ずかしくなって、思わずそらしてしまった。


「ご、ごめん。こっちだね」


 僕が先に歩き、マーガレットを船の中心へとエスコートする。歩くスピードに周りの障害物に気を配る。人が生活してるけど中は立派な空母だ、分厚い扉に響き渡る足音、他の人とはすれ違いもせず、ただ二人だけの通路の空間がとても楽しかった。


 やがて二人だけの練習が始まった。マーガレットのパイロットスーツは持っていないけど、紅音のでも大丈夫だと言うので着替える。僕を見るマーガレットの目は少し遠くの何かを映し出していた。


 マーガレットと繋がると、不思議な感覚だった。僕の手を上から添えるように優しい手が誘導してくれるような感じだ。


 射撃の的を狙おうとすると、最初から合わせようとせず、ここだと言うところで手と呼吸を合わせてくれる。とても心が落ち着いた。


 数十分の練習だったけど、とても長く感じた。なぜだろうか心地よい。まるで赤子が母の胸の中で安らぎ、成長していくようだった。


「ーそろそろ寝ないと、お肌に悪いですよー」


「そうだね、付き合ってくれてありがとう、マーガレット」


「ーそうかしら、付き合った訳ではなく私は待っていたんですよ。お姉さまに相応しいかこの胸で感じたかったんですー」


「ははは、僕なんかで紅音を守れるかな・・・・・・。それでも胸の奥では僕しか守れないって思ってしまうんだ」


「ーうらやましいですね、私もあともう少し早く出会っていれば・・・・・・。ううん。なんでもありません、戻りましょうー」


 マーガレットと繋がっていた指先の神経が少しずつ離れていくのが分かった。なんだか寂しそうで、何処か遠くへ行ってしまいそうな感覚。


 画面が真っ暗になり、整った呼吸が戻ってくる。鼓動と血液の流れが、穏やかに流れていく時を教えてくれた。


 コクピットがからでると突然マーガレットが僕を抱きしめる。さっきまでためらっていた感情と共に強く、外側から包み込まれていく。


「私たちは、人とは殆ど話す機会はありません。それなのにコクピットとアギルギア越しに全神経が強制的に繋がり、意志に関係無く、お互いの脳を支配してしまう。隠したい心、感情さえも無理矢理に。時間だけが過ぎていき、なにも解決せずに、ただ鋼鉄の翼となり戦うだけ、私は・・・・・・ー」


 涙いっぱいのマーガレット、僕を強く抱きしめる。僕もこの外側からの思いをすべて受け止める。


「鋼鉄の翼なんてない。マーガレットが自分自身で居ようとする限り本当の翼になる。僕たちも同じだよ、どんなに強い武器を持っていても、人が人であるという事を忘れなければ人は道具にはならない。それに、この世界中の空はすべて繋がっているんだ、マーガレットの翼なら宇宙さえも飛べる、僕たちと一緒にね」


「本当に、雪人さんは、バカ人さんなんですね」


「っえ!?」


「そんなに強く抱きしめれては困ります。その目でお姉さまが見ているかもしれませんよ」


「っあ!」


 思わずマーガレットと離れてしまった。だけどマーガレットはどこか遠くを見ていた。


「やっぱりバカ人さんですね」


「それ、また言うの!」


 マーガレットのパイロットはどんな人なんだろう、でもここまで強くしているのは相当覚悟のある人なんだろう。少しずつ歩き部屋を後にする。練習部屋の明かりが自動で消えて、黒く重く光るコクピットの明かりだけが見えた。


 この機械に意志はあるのだろうか、ロストチルドレンたちが鋼鉄の翼を本当の翼だと言うように。それともただ単に沢山の命と命を繋げるだけなんだろうか。


 船の上にでると、もう深夜。ゆっくりとした足音の次に心が落ち着いていた。今はまだ、優しい世界が訪れるまで、この暗闇が恐怖を隠していると感じとれた。


 白く美しい手、月明かりに反射する金色の髪、言葉はいらず、外側と内側から繋がったからじゃない。一人の女性として部屋まで守るようにエスコートした。


 やがてマーガレットの部屋に着く、ドアを開けると振り返り、確かめるかのように目が合う。


「お姉様に相応しいか、この胸で感じたかったのは嘘かもしれませんね、だって私の事しか話してませんから、今日、二人きりで歩いた思いは、ずっとしまっておきます、心配しないでください、お姉様は見てませんよ」


 笑ったように見えた後、視線と一緒に中に何かがそれていく、離れてしまいそうな指先。それでも僕はまた、マーガレットと繋がりたいと思った。


「紅音は見ていても怒らないと思うけど」


 すると、マーガレットから大きな溜め息が思わずこぼれた。


「やっぱりバカ人さんですね、正直、イライラします」


 今度はほっぺたをぷくーっと膨らませている。とてもイギリス皇族に仕えるナイトとは思えない幼い表情だった。


「え?」


「それではお休みなさい、雪人さん」


「お休みなさい、マーガレット」


 手を振り、ゆっくりとドアを閉めて僕は自分の部屋に戻る。するとデフォルト・アイが「お休みなさい」の言葉に反応して、今日1日の映像をハイライトにしてアルバムに保存した。それはマーガレットの花のように咲いた笑顔で一杯だった。


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