core02:透明な風に揺られて
ドイツを離れて一日目、空母での小さな旅が始まった。行き先はブラジル。次の超大型との戦いが予想されている侵略危機の指定国だ。
僕たちが寝泊まりしているこの空母は全長約300メートル、戦闘機などは搭載しておらず、ニューアメリカ合衆国の一つの州として約3000人がコンテナやテント、キャンピングカーなどで暮らしている。難民や兵士の家族など様々で入り組んだ小さな町だ。
ドイツで失ったこの両手と両足、それに両目を機械化してからリハビリとシミュレーションによるトレーニングは、余り面白く無く飽きてきた所だった。空を眺めていると視界にメッセージが映し出される。この機械化された目『デフォルト・アイ』って便利だな。メッセージはリナさんからだった。
『今日の夜、補給のためにイギリスで2泊するからみんなに会えるわ。でも空母から出られないから。急に飛び出して駆け落ちとかしないのよ。それと紅音と特別訓練あるから、晩ご飯になったらこっちに来なさい』
駆け落ちって・・・・・・。視界では無く端末に示した場所は空母の真ん中、地下と言った方がいいのかな。それに20時厳守と表示されていた。
空を見上げるとすっかり夕方で、うっすらと見えるイギリス。どんな国なんだろう、紅音の姉であり最強の翼を持つブレア・エンフィールドの故郷。そして紅音もエンフィールドの名がついた。遠い国まで来たんだなと、歩きながら機械化された右手、左手を前に付き出し指を高速で動かす練習をしていた。
これなら端末のタイピングも10倍以上の速度で出来そうだ。と無駄にさらに高速でバラバラに指を動かす練習をする。集中し過ぎたせいか、いつの間にか目の前の大きな2つのクッションを指で高速で弾き始めた。あれ?なんで?
「死にたいのですか?」
美しい声の次に視界に入ったのが、どうみても紅音のお姉さまであるブレア・エンフィールドだった。金色のロングヘアーにきらきらと光る赤い目、一本の銀の剣の用に整った姿勢にすごいオーラ。
「妹達から聞いていましたが、まさか、ここまでとは・・・・・・」
やばい。ブレアの赤い目が引きつる。思わず恐怖で指をロックしてしまった。
「あの、わざとじゃないんです!練習です、練習」
思いっきり頭を下げるが、イギリスの人には日本式の謝罪は通じるのかな。
「どのような?」
完全に怒った声・・・・・・。しかも指が掴んだまま外れない!
「あ、紅音と・・・・・・。いや、そういう意味じゃなくってー」
あー!なんだかよくわからなくなってきたぞ。
「妹にも!?どういう意味!?」
「あ、えっと、違うんです!この機械化された手足と両目に慣れなくって。本当にすみませんでした!」
やっとロックした指が外れ、何度も頭を下げる。殴られるのを覚悟したけど、肩に白く綺麗な手が触れる。そっと耳元で囁いた。優しく暖かい風のように入っていく声だった。
「いつも全力で私たちの事を考えてくれてありがとう」
突然の言葉にびっくりしたけど、僕だってみんなから、感情というその時にしか無い大切な時間を貰ったから、それに答えられるように走り続けただけであって・・・・・・。ゆ、許してくれたのかな。
「あ、あと」
そう言って僕の目の横を人差し指で軽く突くと去っていった。あれ?あれれれ?視界がグルグル周りはじめて、立ってられなくなった。なんだこれ!ちょっと、前にもこん事が、なぜ!?
右上にトレーニングルームとかかれている文字が見えてきた。視界を変更された!?いや違う!僕が無意識に目の前を白い空間という映像に切り替えていたんだ。だからブレアに気づかなかったんだ。意識を集中し目の前の映像に切り替える。
どこからだったんだ。ここは空母の中だし、夕焼けは見え無い。この目の使い方に慣れないと駄目だな・・・・・・。目を閉じても映像の空間が広がるし、少し前の出来事もすぐに再生出来る。さっきの事故の場所は削除しておこう・・・・・・。
空母の中は狭くどんな物も収納スペースになっている。箱型のイスの隙間から本や缶詰に日用品、軍服に混じってカジュアルな服から子供服まである。通路を邪魔しないように綺麗に整理整頓されていた。
兵士の住居エリアを抜けていくと待ち合わせ場所の食堂兼会議室についた。まだ19時半なのでちょっと早かったかな。目が隅っこに座っている一人の少女を見つける。金色の髪はツーサイドアップで、瞳は赤く光り優しく揺らいでいた。僕は近づき隣に座る。
「あ、」
喋ろうとすると、紅音が軽蔑のまなざしで僕を見ている。
「わざわざ報告しに着たの?で?どうだった?」
「へ?」
「お姉さまよ!!!すっとぼけてるじゃねえーってーの!」
何で知っているんだ。ブレアが言ってしまったのか・・・・・・。
「あれはわざとじゃないんだよ!」
精一杯に言い訳する。
「どうせ、大きい方がいいんでしょ!私のアンドロイドボディは特注だけど、そこまで気にしてなかったのよ!ふん!」
殴られるかと思ったけど、紅音は下を向いて、小さなマグカップのコーヒーを飲んだ。
「あんたね、デフォルト・アイは視界を共有出来るんだから、気をつけなさい」
「え!?みんなと?」
「今のところ、私だけよ・・・・・・。」
「え?じゃあ、どこから僕のを見ていたの?」
「ふん!おしえない!」
「あー!紅音、ずるいよ!」
そっか、ブレアに目の横を突っつかれた時、紅音も見ていたんだな。お姉様は何もかもお見通しって所だったんだ。
二人でしばらく正面の壁を見ていた。こんな時間今まで無かったな。ずっと一緒に走って飛んで、叫んで悔しがって、人々の命の螺旋の中でもがき続けていた。
僕達にはこのちっぽけな空間にも空へと続く透明な風があると信じていた。




