core29:名前をください <第二章最終話>
力強い意思が伝わってくる。諦めても、それでもシュミットが僕を立たせ歩かせる。でももう全てが壊れてしまったんだ。自分を作り上げていく為に必死に集めた欠片もバラバラに散っていた。優しく握ってくれた手から骨振動で声が届いてくる。そうか僕は声すら聞こえないのか。
「-目だけじゃなくて耳も駄目なのか、地下から脱出するけど多分間に合わない。私の非力なエンジンではオマエを抱えて飛ぶことは出来ない。だけど最後ぐらいはこんな壁の中から出ようよ-」
返事をしようとしても喋れない。右目だけが開きぼんやりと前を映したのは少女の笑顔だけだった。足を引きずりながら鉄の階段を登り、途中で何度も倒れこむ。登っても登っても同じ形の鉄は音の変わりに冷たさを反射する。この光はここで産まれた彼女たちに何かを伝える事が出来たのだろうか。冷たい機械の体のままでシュミットは何度でも何度でも僕を立たせる。
「-ほら、もう少しだ。私はもう怖くないから-」
-警告、自爆まであと180秒-
言葉の中に混じって伝わる雑音には何も感じなかった。皆と出会ったこの一ヶ月で、僕は変わった。世界がどうなろうと興味も無くただ端末の言うとおりに過ごしていた日々は変わる事を恐れたつまらない世界だった。
「-なあ、私の家族にはオマエの事はちゃんと話せる、だってこんなに長く一緒に居てくれた人はオマエしか居なかったんだから。ほらもう外だぞ-」
シュミットの体が震える。繋がった指先から伝わる心の痛みさえも嬉しく感じた。この瞬間も大切にしたいから。
大きな黒い塊の鉄の扉がゆっくりと開いていく。赤い警告ランプで照らされるのもこれで最後。温度さえも忘れていたのに風が体中に入り込んでいくのが分かった。濁っていた景色でもこの時代で生きていた証だと受け止めた。
「-ほら、ボロボロになっちゃったけど今度はちゃんと紹介するよ-」
少し歩いた場所に黒く大きな機体の彼女達が倒れこんでいた。そっか紅音は回収されたんだ・・・・・・。紅音。泣いてないかな・・・・・・。
彼女達の翼は折れており敵と認識した時とはまるで別人だった。ゆっくりと歩いて近づいてくる。拒む理由は無い。顔は無くても一つの機体にちゃんと3人要ると感じた。そっと僕とシュミットを包み込むように抱きしめてくれた。
「「「-あなたのお陰でシュミットとドーラが帰るべき場所を見つける事が出来ました。どうか二人の刻を止めず命の炎を加速させ、あなたの居る世界で翼を抱きしめてあげてください-」」」
強く強くみんなの鼓動が伝わってくる。
「「「-私たちはここで産まれました。だけど飛べません。なぜならまだ名前がありませんから。暮葉雪人さん、飛ぶための名前をください-」
名前・・・・・・。数値や記号でも決められた物は名前になる。だけど特別な人から貰い呼ばれるのが本当の名前なんだ・・・・・・。すると遠くから地響きが聞こえる。皆が立ってられない程に。そしてしゃがみこむ・・・・・・。
かすかに声が出る。空に向かって何処までも届くように。いつか聴いた言葉。
「リーベは愛」
「リートには歌」
「リヒトへ光を」
胸の内側から声が聞こえてくる。
「「「-いつまでもその胸の中で羽ばたかせてください。命の翼-」」」
全身が白い光で包まれた。手や足の感覚が無くなり何も見えなくなる・・・・・・。
一週間後。
目の前には僕の手。そこには白くて小さな指が絡まっている。次第に薄っすらと赤い肌からぽたぽたと温かい雫が一つ一つの言葉と思い出のように流れ届き溜まっていく。胸に飛び込んできた紅音は言った。
「私の側にいてよ!もう離さないんだから!」
ここはニューアメリカ艦隊の原子力空母の病室だった。ベルリン全体を囲っていた隔離壁が水爆による自爆によって全て消し飛んだとのことだった。だけど僕とシュミットは生きている。リーベ、リートそしてリヒトのコアシールドによって助かったが、僕達を守るために3人は亡くなってしまった。
核の熱により僕は両手、両足と両目は蒸発し殆どが所々機械化されてしまったようだ。紅音を見ようとするけど上手くピントが合わないし指も上手く動かせない。難しいなこれ。
「なーに、早くも機械化された体に馴染もうとしてんのよ、生意気ね」
指を一本一本順番に動かすけどバラバラだ。すると紅音が手を重ねて一つ一つ合わせてくれる。
「もう一度やるわよ、ほら人差し指から、中指、薬指、小指。戻るわよ。繰り返しね。今度は両手。」
両手の指が絡まったまま、だんだん顔が近づいてくる。目のコントロールが上手くいかず思わず顔をロックオンしてしまった。唇が近づきとても柔らかそうだ。何度も目が合いそらした瞳は本当だと突き詰めた。指の動きが止まる。生きているんだ僕達は。
そういえばこんな事前にもあったような・・・・・・。
ガタンとドアが開くと何人も押し寄せてきた!
「あぁああああ!?お姉様に何をしているんですか!?ちょっとその体故障しているのではなくて!?」
マーガレットが叫ぶ。美しい白いドレスがなびく。
「雪人さんの頭の分解が必要のようです。バグってます」
アイヴィーがニヤニヤしながらとんでもない事を言う。
それにローマンにシュツカートにファウストも来てくれた。
「雪人さんはいつも紅音さんの時だけ嬉しそうです。なんだか妬けてしまいます」
「うわわあ!ユッキー、モテモテ!ファウストも負けちゃ駄目だよ!」
「ななな、何を言っているんだ!心配したぞ!少年!」
僕が帰るべき温かい場所があった。沢山の選択肢の中から間違った道も僕が決めてきた事で、何もかも運命なんかでは無く作り上げていった世界だった。
暫くしてから病室を出ようとドアを開けた。海風の少し懐かしい匂い。紅音と二人で夜空を飛んだことを思いだす。ここは空母の上の滑走路のところに建てられたプレハブ小屋だった。辺りを見渡すと同じようなプレハブ小屋やキャンピングカーがあり、小さな町になっいた。飛行機は一切無く猫や犬も居る。難民や兵士の家族が住んでいるという。ここが空母の上とは思えない光景だった。
体を馴染ませる為にフラフラとあても無く歩いているとリナさんがベンチでぐったりしていた。謝ろうと近づくとブツブツ何か独り言をしているようだ。
「はぁあ・・・・・・。お金が無い・・・・・・」
目が合い。隣に座る。
「ごめんなさい!僕が勝手な行動ばかりして」
「いいのよ」
言葉と一致しない視線が怖かった。これは許してくれないな・・・・・・。格好はスーツ、靴はスニーカーでしかも汚れており所々ボロボロだった。
「このアメリカ艦隊はブラジルに向かっているわ。一旦ニューヨーク周辺を通って壊滅したアメリカの様子を見るそうだから注意するのよ、でも。果たしてそれまで生きてられるかしら?」
「え?」
「お金が無いのよ。全財産をつぎ込んだローマンはロングボウレーダーだけが残り大破。スマートパルスライフルとロングボウは無くした。紅音はお姉様の高級な機体を貰ったのにハイドラ使いまくってフレームはボロボロで修理不可。しまいには雪人君は両目に両手、両足が蒸発して高級な機械化、その他は再生医療で完治させちゃったし・・・・・・。倒したコア結晶体は全て綺麗に吹っ飛んでいったわ。ドイツは来るんじゃなかったわね」
「あ、あの・・・・・・。父さんの助手だったんですか?」
リナさんは空を見上げたままだったけど、ふいに質問をぶつけた。
「100年前だけどね。人の為に研究を続けるとても人間らしい人だったわ。コア生命体の研究担当になってから人が変わってしまったの。何度もオリオンを探し行方不明になってしまったわ。それから私は助手では無くなりブランクマスターとして違法アンドロイドの取り締まりする為に世界中を飛びまわったわ。柊灰人を探しながらね」
「探しす理由は、アギルギアの設計図の為ですか?」
「それもそうだけど、世界中で違法な研究やアンドロイドが作られているのも放っておけなかったのよ。ドイツの隔離壁がいい例ね。ロストチルドレンの量産計画。人造人間の脳だけを成長させる恐ろしい研究よ。一つ分かったのが暴走した黒いアギルギアに乗っていた3人の脳にコア結晶体が埋め込まれていた事よ。なぜカールナインがそのような事をしていたのか調べたい所なんだけど、全部データはエイブラムスに取り上げられちゃったわ」
「アリアとは?逃がしてしまいましたけど、本当に危険だと思います」
あえて僕は地下で会った少女の事を言わなかった。
「最終兵器といった所かしら」
「最終兵器!?」
「人工コアよ。コアは超高密度の生命体。内側から謎の力を放出しているの。あなた達を50メガトン級の水爆の爆心地から守ったシールドをつくり出す生命体。ユッキーにはまだ説明してなかったけど、地面ごとえぐられて1キロは吹き飛ばされちゃったのよ。探すの大変だったんだから。ボロ雑巾になっていたからね。ほんと凄い力だわ」
「力ですか・・・・・・」
「後でシュミットやドーラにも会えるから安心して。彼女たちは大丈夫よ」
リナさんが立ち上がる。拳に力を入れて天高く突き出した。
「さーて、無駄話している間にブレアエンフィールドと交渉出来たわ。3世代の練習機を借りれるけど、試作機より性能は低いから頑張って沢山稼ぐのよ!?」
「え!?えーーーー!?」
「ニューヨークを過ぎたらイギリスの船と合流するから、その時に貰うわよ。皆揃うから楽しみにしてなさい」
僕は目が点になった。確かブラジルは旧フランスに続く激戦地となると言われていたから。皆揃うという事はまた大規模攻撃だろう。それに練習機って・・・・・・。
夜になり、空を見上げているとまた幾つもの流れ星がキラキラと散っていく。大人たちは大量のスペースデブリが落下しているだけの戦争の爪跡と言うけど、僕達にとっては守り抜いた空なんだと未来へ伝えたいから。
不自然に1メートル四方の黒いキューブが地面にある。光を反射せず周りの小さな光を吸い込む不思議な物体。
再び博士のような格好の男は端末を持ちそのキューブに話しかける
『82 11:30:37』と表示されている。男は覚悟を決めた。
第二章最終話となります。
アクセス数を見ても正直なところ、本当に人が見てくれているか分かりません。
クリックして閉じてあ~って感じでそっと閉じているのか、またはコンピューターの自動検索に引っ掛かっているのか・・・。
一人だけでも読んでいてくれる方が居ると信じて、最後まで続けようと思います。いや、この後書きだけでも読んで頂いた方の為に(笑
次は第三章 ブラジル防衛戦。
火星帰りのアンドロイド、そして父との再会とオリオン。
やっと私のSF要素満載となります。
2016年春を予定。ツイッターでイラストなど更新予定です。




