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core13:薔薇の花びらは大きな剣

 ロンドンはバッキンガム宮殿より東の海へと続くテムズ川が流れている。その先の河口にはキャンベイ島が海との入り口となり、10隻ものニューアメリカ艦隊が到着していた。


 迫り来る終焉に人類の最後の戦いの中、紅音が騎士(ナイト)叙任の儀式を行う為だ。紅音は大統領エイブラムスの戦艦、ビックキャットワンにいた。支度部屋として用意されたのは見たことも無いような飾りに豪華な装飾のドレッサーだった。


 艶のある木製で一本一本の指で触るととても滑らか。心地よく時を忘れてしまいそうな空間だった。この感触を教えてくれるのはブレアエンフィールドが紅音とマーガレットにプレゼントした人の体のお陰。


 私は少女の身体を知っていたはずなのに・・・・・・。何度も確める。腕を触ると鋼鉄のフレームでは無く、中には骨型のインナーフレーム。筋肉の変わりにカーボンナノチューブ、生体シリコンによる人工脂肪、そしてシルクのような人工スキン。何度も確めるのは産まれたままの姿を知らないから。


 ヘッドパーツは使い回しでは無く新調された凛々しい顔。人と同じ全パターンの表情を作れるという高級品。ダミー(ヘアー)の機能は温度や匂い科学物質を検知する為のセンサーでは無く、飾りとしての髪。そして愛らしい髪型。


 一人で居ることは消して寂しく無いが鏡に映った胸元のリボンを癖のように触る。あっという間に過ぎ去っていった世界は何処まで自分を変えていくのだろうか。鏡の向こうの自分を見ていた。


 今日着せさせられたのはロストチルドレンの制服では無く純白のドレスに銀色のラインと赤い大綬というたすきのような物を着けていた。大綬はアギルギアにも着用出来るようになっている。


 紅音の召使として2人の女性型アンドロイドが紅音の髪に櫛を通す。いつものツーサイドアップではなくストレートのロングヘアーだった。どこかもどかしく召使の手を払い部屋を出る。落ち着かないのはマーガレットとの約束を果たしてないからだ。


 一方マーガレットは隣の部屋で支度をしていた。髪は金色でボブカット、優しく揺らぐ風のみに反応し黄金のシルクのような髪だった。紅音と同じ純白のドレスに赤い大綬を着けている。


 ここは船の中、隣からぎこちない足音が響く。性格まで分かりそうな音だった。アンドロイド専用のヒールの音は甲高い音の後に響く重低音があるから分かりやすい。マーガレットはその音に合わせて部屋を出ると、目の前にはドレスの裾を踏んで豪快に躓く自分の姉の姿だった。


 そう、マーガレットはブレアエンフィールドの二人目の妹ではなく、あえて紅音の妹になる事にしたからだ。


薔薇の花びら程に小さな約束を交わして。


「あら、ドレスは蹴って歩くのですよ」


「うっさいってーの!こんなもんで歩けるかっつーの!」


「そんなに顔を真っ赤にしてたらブレアお姉さまが、困ってしまいますわ」


 紅音自身、今どんな表情をしているか分からず、何から何まで指摘されて更に赤くなってしまった。これ以上妹にそんな顔を見せたくなく、下を向いたまま無理やり立ち上がる。


 マーガレットは背筋を伸ばしお手本を見せ付けるかのように、可愛いお姉さまの前を歩いて行った。手を差し伸べたら完全に怒るのを分かっていたからだ。


裾の長いドレスは自分に自信が無いとうまく歩く事は出来ない。


 船の上は特に歩きづらく、それに数メートルおきにドアの縁があり跨がなくては行けない。紅音は手を壁に付き反則技であるドレスの裾を持ち一人で歩く。後ろの2人の召使がぎこちない動きに自動的に反応して着いて来るが、『来るな』とショートメッセージを何度も送信した。


 外に出ると綺麗な夕焼けで、風は涼しく海風が改めてここは海の上だと認識させた。もっと景色を見ていたいが、看板には50人程が儀式の為に集まっていた。中心にはイギリス女王の代理人としてお姉様であるブレアエンフィールドが居る。その美しさは遠くからでも分かり、少し安心してしまった。その隣にはエイブラムスも居る。


 マーガレットが紅音の手を取り近くまでエスコートする。紅音はたった数歩で同じ歩幅、姿勢、息を合わせ完全に歩けるようになっていった。


 美しい夕日が現れるようににマーガレットの後ろから姿を現したのは紅音。誰もが見とれてしまった。とても戦闘参考映像に映っていた荒々しく攻撃的なスタイルからは別人としか思えない。


 沢山の人に囲まれるのは当然初めてで、今まで緊張という言葉を知らなかった。うまく自分をコントロール出来ない時は常に恐怖を糧に歩いてきた。飛べなければスクラップという敗北があったから。だけど今日は違う。


 目の前には白い薔薇から産まれたかのように美しい純白のドレスに包まれ、同じ金色のロングヘアーとは思えないぐらいに神々しく、そして全てを包み込んでくれると安心感を与えてくれる瞳が居る。


 マーガレットは離れた後、紅音は跪く。ゆっくりと儀式は開始されブレアエンフィールドが長さ1メートル程の黒い剣『デュランダル』を取り出すと紅音の肩を剣で軽く打つ、それを両手で受け取った。とても重く不気味に光る剣。


お姉様と目が一度だけ合う。



「主とエンフィールドの名において、我、汝を騎士に任命す。届かぬ光に希望を与え命を繋ぎ、常に人々の先頭に立ち勇ましく、主の敵を打ち砕く翼となれ」



 今まで誰かに認められた事はあっただろうか、一度死んで目を覚ましたら機械の体。生きることよりも辛いと思った。『人間』という形のあるはずの無い枠に収まれず、認識される事の無い『容器』に収まっていた。


 だけど少しずつ変わった。ブレアエンフィールドに出会い、マーガレットが側に居てくれた。そして何よりも自分から一緒に居たいと感情という存在を誰にも囚われず、開放してくれる人を見つけたから。



「そして、ここに紅音改め、紅音エンフィールドを私の正式な妹とする」



 拍手と祝砲に包まれながら3人で手を繋ぎ海を見ていた。力では切り開けない物があった。どんなに抗っても逆らえず、巡る繰る闇の中で自分達を見失わないよう、人々の命の螺旋の中で手と手を繋ぐ事で正座となり、誰かに自分たちは生きているんだという証を伝える事が出来ると思った。



 次は宴会が開かれる。会場へとマーガレットと手を繋ぎ歩くするとメッセージの小競り合いが始まった。


『ご存知ですか?テーブルマナー』


『知ってるに決まってるじゃない!』


『お気をつけてください、我々アンドロイドの身体では消化出来ませんから、人のテーブルマナーで検索しても出てきませんよ』


『生意気ね』


 すっかりドレスを着こなし、軽い挨拶、ヒールの音は綺麗に響き、その音だけでも貴婦人を想像させる程までに成長してた。順調だと思ったが・・・・・・。


 長いテーブルに着き挨拶が始まる。次々と並べられる豪華な食事。アンドロイド用はとても華やかで全てに花が添えられており、小さく盛り付けられた食事だった。


 人のとでは一目瞭然、食べ物が違う。焦った。紅音は右隣に座るマーガレットの動作をトレースする。完全コピーは同時に動きすぎて逆に不自然だった。目の前に座っているのは軍人だろうか少し笑っていたように見えた。


 紅音は真っ赤になり、力んだせいで銀のフォークは曲がってしまった。直ぐにマーガレットがフォークを交換してもらう。無言で作法のシーンを紅音に転送すと紅音はそれを目の前に重なるように映しながら食べることにした。この際プライドよりも二人に恥をかかせたくないからだ。


 しかし大きな借りを作ってしまったのは事実だ。とても美味しいとは思えず退屈は長く感じた。マーガレットはそれを感じ取ったのか無理に紅音に話しかけず、周りからはただの仲の良い姉妹に映った。宴会は終わりブレアとは結局話が出来ず、沢山の人と話す姿は流石お姉様と思ったが、それは同時に寂しさもあった。


 マーガレットが紅音の手を取り『また後でいくらでも一緒に居られますから』とメッセージを送り二人で部屋へ戻ることにした。攻撃艦でもあるこの船の通路はやはりゴツゴツしており、無愛想な壁と床のせいで直ぐに現実に戻された。


 しかし二人しか居ない通路の筈だったが、ドアの淵のに隠れて人体の反応がある。マーガレットが紅音の前に立ち、髪を払いながら男に言葉を向ける。


「ナンパするには、人数揃えて頂けますでしょうか」


 隠し切れてない大きな身体は紅音の前に座っていた軍人だった。身体を外骨格で機械化しており戦闘マシーンのようだった。


「なあ知っているか?ライオットアーマーは人間しか使えないんだぜ」


「ええ、脳?小型プロセッサーから神経を通って動くのでしょう、直結しないなんて遅延しそうですわ」


「くそ!お前ら死体の分際で!」


 一番嫌いな言葉だった。マーガレットが手を上げてしまう、反射的に。自分でも信じられないような行動をとってしまったと思った瞬間、相手は海軍の全身強化ボディ。その大男が超反応で自動的に体が動く。無残にもマーガレットの右腕は音も無く数メートル先に弾き飛ばされてしまった。


後悔した。お姉様を傷つけるかもしれないと。止めようと振り返ろうとした瞬間。


「アタシの妹になにしてんだっつーの!!叩きのめす!」


 紅音はマーガレットの右側を一瞬で通り越して、戦闘マシーンと化した大男に向かう。機械化された太い右腕に小さな右手を突き出す。そして触れる瞬間に止めた。ほんの数ミリだ。男の右腕は自動的に防御を行おうと硬直する。


 その瞬間を待っていた。紅音は逆に攻撃でないと認識させる為にゆっくりと太い腕を掴み両手で捻る。完全に腕をロックして壁を蹴り上げ小さな体を回転させる、信じられない事に大男の腕をもぎ取った。


純白のドレスが宙を舞い大男をねじ伏せる。マーガレットの目に焼きついた。


「自分の意思で戦ってみろってーの!」


「く、くそ!・・・・・・」


 直ぐに警備アンドロイドと召使が駆けつけてきた。紅音はマーガレットの腕を拾い上げ、振り返り手を差し伸べる。マーガレットは涙をこらえ着いて行った。『私が傷ついたら、お姉様たちはもっと傷つく、食い込んだ薔薇の棘は無傷では消して抜けない』と戒めがあると自分に言い聞かせてたから。


 紅音の背中を見つめて、マーガレットは思う。誰かに自分の存在を認識させる事でそれが薔薇の棘のように内側から侵食していく。どの戦場でもそうだったと、どんなに頑張って後方支援、通信支援と任務をこなしても、次々に落ちていく棘に絡まれた翼を沢山見たから。


 後方支援はマーガレット自身も危険ではあるが、兵器はコールドハンマーという護身用のハンドマシンガンで特殊コアとは戦えない。左肩にはレーダーとしてソードサテライトがあり、リベレーター、レニオズや空爆などの座標を知らせる通信兵器だ。


 けして自分では攻撃しない。だから自分はいつも安全で誰かの死だけを報告するのが任務だと思っていた。


 誰も居ない広い部屋に入る。大きなテーブルがあり沢山のイスが並んでいた。紅音はマーガレットを座らせる。千切れた腕をテーブルの上におき徐に分解し始めた。


「これならまたくっ付く、ちょっとまってろってーの」


「・・・・・・」


紅音は自分の左腕の付け根の人工スキンを剥がし中から小さなパーツを抉り取る。


「さっき、右腕ぶっ飛ばされながらもアイツの戦闘システム解析するとか、本当に戦闘狂ね、お陰で防御のロック時間が分かった。それでこそ私の妹よ」


「そ、そんなんじゃないの・・・・・・」


「その解析のお陰で沢山の人達が生きて帰れるんだから、ちゃんと私たちは生きてますって報告するのよ、そんだけマーガレットは沢山のメッセージを流せるんだから。ちゃんと前を見て」


 目が合う・・・・・・。今までこれだけ長く目を合わせた事があっただろうか、恥ずかしいぐらいに。マーガレットの瞳には紅音だけが優しく映り、もう何も見えなかった。髪型が違っても双子のような容姿だけど、私とは違う。誰もが自分に無いもので一番欲しい物。


 マーガレットの右腕を接続するが少しぐらぐらする。でもそれは紅音の左手も同じ。手を繋いで歩く為に自分の左手のパーツを使ったかからだ。


「今日はこうやって手を繋いで過ごせばいいでしょ、明日直してもらうから」


「もう、ずっとこのままでもいい!お姉様!!!」


 マーガレットは紅音に抱きついた。今までこらえていた涙が溢れ出し、自分の存在を教えてくれた人。ブレアエンフィールドが紅音に着いて行きなさいと言った理由が分かった。今日、この時の事だったんだと。


「やっと、アタシのことをお姉様って言った、これで約束は・・・・・・」


「何回でも言ってあげますから。今日は離しません!お姉様!お姉様!」


「あっ、ちょっと!どこさわってっん・・・・・・」


 紅音を押し倒してしまい体が重なった。体のサイズは同じ。胸と胸がくっつき体温をトレースした。とても可愛く真っ赤になるお姉様を強く抱きしめた。


とても小さな約束だった。薔薇の花びらのように美しく小さな言葉。

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