core11:灰色の風を纏う者Ⅰ
紅音が出発してしまった。紅音を乗せた車が見えなくなるまで僕はずっと見ていた。また会いたいと何故か胸がギュッと締め付けられた。ローマンがなんだか寂しそうに僕の顔を見ていた。
「改良された新しい機体で練習したかったのですが、お邪魔だったようで」
「ゴ、ゴメン!」
「大丈夫ですよ、どの道ぶっつけ本番の実戦投入ですから、向こうでお待ちしております」
さっきまで気づかなかったけどローマンも紅音と同じ制服姿だった。
「その服は制服なの?」
「旧フランスの防衛後、ロストチルドレンは一般的にアンドロイドの扱いでは無くなり、ようやく正式な人として制服を着ることになったんです」
ローマンは今度は嬉しそうに服を見せてくれた。リナさんのマンションでのファッションショーを思い出した。自然な動きはとっても女性らしく、また魅力的だった。
それでも分ける必要があるんだな、確かに目は光るしアンドロイドにしか見えないから
「ローマンも似合っているよ、とっても可愛いよ」
「ありがとうございます」
そしてローマンだけを乗せた整備車両はベルリン近くのシャルロッテンへと北上する。僕は装甲車に入りアイヴィーから青いパイロットスーツを受け取る。何だがデザインに違和感がある。ショルダーキャノンが無いぞ。そう疑問に思っているとマイクさんが教えてくれた。
「今度のローマンの機体はメセルと同じ第四世代後期型となる。ヴァリアブル装甲だ。しかしリナが奮発して装備を一新させたんだ、まあ・・・・・・」
「詳しくは体験しろですね」
「その通りだ」
リナさんはまだ日本からドイツに向かっている最中との事だった。僕達の拠点はポツダムにした。何故かと言うと修理ポッドや輸送ポッドは直ぐに手配できないのでなにかあったら自分達で迎えに行く為にベルリン近くのポツダムにしたんだ。
着替えてコクピットに入る。昨日、紅音と繋がったばっかりだから感覚が少し残っているようだった。目を閉じて体の感覚が指先、つま先から徐々に無くなっていく。ここは何処だろうか、そう繋がる感じだ。
「-目標:第2機甲師団の援護、制限時間30分、武器:スマートパルスライフルロングボウVer15発。現在の相性は80%です-」
新しい武器だった。FLDの表示が緑色の光から少しずつ視界が切り替わっていくのが分かる。
「-視界が共有されます、現在の相性は83%です-」
ここは・・・・・・。ベルリンの西側の第4地区のモアビットの壁の上か、大気汚染で霞がかっていて視界が悪いな。とても不気味で命の欠片も感じる事はなかった。即席で作った壁なのだろうか所々高さがあっておらず。壁の上なのに落書きだらけの所もある。
FLDの作戦ラインにレンドルフ隊の表示があった。そうか隊長は無事だったようだ、今度は20人で編成されておりジャガーノートが一機いる。今回も大掛かりな作戦なのだろうか。20人を援護って言ってもここから距離は300メートルも離れているぞ。
「雪人さん、ロングボウは最大射程が3キロです。左肩のショルダーキャンはオミットされロングボウレーダーになっています。左肩のレーダーの誘導であれば殆ど狙う必要はありませんが、電子汚染があるのでカメラでの映像解析誘導になります。1ミリのずれで1キロ先は1メートル以上ずれますので注意してください」
「それって3キロ先は狙いが1ミリずれたら単純に3メートル以上ってずれるって、殆ど当たらないじゃん・・・・・・」
「ですが、3キロ先でも着弾まで1秒もかからないので、動くものを追うには問題ありません。音速をはるかに超えていますので、弾を纏う衝撃波が凄まじいんです。着弾地点の半径5メートル以内に人がいる場合は使用できません。なぜなら衝撃波だけで人がバラバラになってしまいますから」
両手で支えるこのロングボウは強力なレールガンで、全長2.5メートルあり重さは約50キロ。弾丸は劣化コア重質量弾。これを持って移動だ。レンドルフ隊は第5地区の地下から第7地区の元ベルリン動物園の地下施設に入ることになっている。
それまでの援護の事だが、この壁の上を移動するのは結構しんどいな。それに建物が邪魔で狙えないじゃないか。暫くの間レンドルフ隊が視界に入るように壁の上を歩く。
「マイクさん、本当にこの作戦が黒い翼関係なのですか?それにしては特殊人型の位置づけですし」
「すまないが俺は本当に何も知らん。この武器もこのために買ったような物にしか思えないからな。通常の戦いでは重くてどうしようも無いし、リナは日本から間だ戻ってこない。まあ俺らは作戦を成功させることだけを考えてればいいんだよ」
「そうですか・・・・・・」
「雪人さん、人型がいます!」
「え?見えないよ」
「ロングボウレーダーのファーサイトに切り替えます」
FLDの表示の真ん中に別の画面が出てきた。そこだけ緑色一色になり画面には味方がオレンジ色で数名見えるが・・・・・・。レンドルフ隊の建物の先に人型コアがいる様なので見てみると赤く光っている。距離は700メートル。あれ?これは建物が透けて見えているのか。しかも何棟も。ファーサイトでロックオンすると左下に『貫通可能』と表示されている。
逆算して人型コアからレンドルフ隊はまでは距離500メートル。まだ遠いから脅威ではないので攻撃しないことにした。暫く歩き第五地区に到着した。更に視界が酷くなる。
「-こちらグリッツ、第五地区より地下に入る-」
レンドルフ隊のルートが表示された。ここからは立体地図を開くと最大地下30メートルまで降りて第6地区は全て地下となる。なるほどこのロングボウなら地下15メートルぐらいなら貫通できるようだ。
第五地区の地下の入り口は元は地下鉄だった。立体地図上で彼らは20ものアイコンとなった。入り口ではジャガーノートが入れない為待機する。
僕たちは後を追うように壁の上を移動して第六地区まで南下する、そこはティーアガルテンという場所で第三次世界大戦前から変わらず緑が生い茂っているようだ。望遠で見ると中心には戦勝記念塔という1000年ほど前に立てられた像があった。
勝利の女神ヴィクトリア・・・・・・。翼があり美しくそれは金色のようだけど蔦が巻きついておりまるで何かの呪縛のようだった。
レンドルフ隊は順調にベルリンを横断するシュプレー川を越える。しかし彼らのアイコンの動きが停滞している。電子汚染で通信が悪く連絡が取れない。
「ローマン調べよう!」
「ファーサイトは連続30秒しか使えません、再度使用するには10秒ほどのクールダウンが必要です、慎重に使いましょう」
「了解!」
ちょうどあたりを見渡せる場所にうつぶせになり、ロングボウを二脚に乗せて固定させる。左肩のロングボウレーダーのファーサイトを起動した。冷却装置が作動し高周波のキィィンという音が響く。
FLDの中心に緑の画面が映し出された。立体地図の人のアイコンと重ねるようにし、敵コアを探した。レンドルフ隊の形がはっきりと見える。銃を構えて攻撃しているんだ!相手は10対ほどの人型コア、地下鉄なので逃げ場が無く苦戦している。
レーザーを打たせまいと接近戦しているのが分かった。特に離れた敵のレーザーが危険だ。一発撃たれたら形勢逆転してしまう。
トリガーに指を掛けそして集中する。距離375メートル。貫通可能。
人型コアのレーザーを撃つモーションが見えた!いまだ!
ローマンと指が重なった。トリガーを引く力は要らない。正確にはトリガーは無いけど、その感触だった。銃声ではなく大気を切り裂く爆音、銃身の根元からの衝撃波が目の前の地面をえぐる。一本の青いレーザーとなり発射された一粒の弾丸が、一瞬で地下15メートルを貫通した。FLDの視界には火山のように吹き上げた大量の土砂と黒煙。ここまで届きそうだった。
そして人型コアを跡形も無く破壊した。
着弾の衝撃波が気になったけど、彼らはこの攻撃に合わせて瞬時にフォーメーションを展開させ有利な状況を作り出した。プロ集団だと確信した。
するとファーサイトの視界が悪くなる。
「雪人さん、ファーサイト停止させます」
中央の緑の画面が消える。冷却装置がフル回転し悲鳴を上げていた。すぐに立体地図に切り替えて集中する。彼らは動き始めているので殲滅させたんだろう。
ぼく達は直ぐに立ち上がりロングボウを抱えて走る。次の狙撃ポイントを探すためにだ。そう、もう慣れたから。
レンドルフ隊が元ベルリン動物園の地下へ到着した。目視では先がとても見えない程に大気汚染が酷く、この灰色の森はとても動物はいるとは思えない。
ロングボウレーダーで熱探知をしてみると地上には敵はいないようだ。しかし一つだけ人のような熱反応があった。ここに難民が?大気汚染と電子汚染で防護服じゃないと生きていけないよう場所なのに。
拡大するとやっぱり人のようだ。でも防護服を着ているように見えない・・・・・・。
「ありえん。こんなところに生身の人間がいるとはアイツは危険だ。雪人。注意しろよ」
マイクさんも僕ももっと汚染レベルの低い場所で汚染され、その除染に2~3日病院にいたから分かる。ここではただ事では無い事が起きている気がする。するとザザザとノイズが走る。通信だ。
「-こちら、レン・・・・・・。撤・・・・・・る-」
て、撤退?って聞こえた!まずいまずい!直ぐにうつぶせになり狙撃体勢に入る。ファーサイトを起動する。頼む動いてくれ!冷却装置が悲鳴を上げながら何とか起動した。地下をサーチする。
十数体の人型コアが地下施設にいた。距離300メートル貫通可能と表示があるけど、巻き込んでしまう可能性がある。立体地図のルンドルフ隊のルートを見ると動物園端の小さな池の近くの施設から地上に脱出するようになっていた。
直ぐにファーサイトを停止させて次の狙撃まで待機する。熱探知に切り替えさっきの人を探すけど何処にもいない。熱探知から消えるなんて・・・・・・。
「雪人さん、地上戦はレンドルフ隊の方が有利です、しかし電子汚染の中では何が起こるか予測できません、隊が地上へ出るまで待ちましょう」
「うん、分かっている、警戒しよう」
息を潜めた。音、色、化学物質のサーチ、何が化学変化するかを見極めた。それは小さな物質だろう。因果とは何かが二つぶつかり起こる。
そう、僕とヤツだ。因果はもうすでに羽ばたいていた。
黒い小さな影。大気汚染の中でも飛び回り、周りめぐる者。破壊の使者だ。
「ゆ、雪人さん!あ、あれは!」




