core05:永遠のダリアⅡ
景色が変わり、緑の草原だった。
どこまでも青く広がる美しい雲、地面は凸凹だけど綺麗な土が見えてよく野菜も育ちそうだった。自然の音楽という風は植物の種を飛ばし、昆虫の羽根を羽ばたかせる。
一歩一歩、踏み入れる。跳ねては自分が蝶の様に羽ばたく。
ふと横を見ると大きな木の近くに施設があり子供達がテニスをしている。飛び交うボール、ルールなんて要らない。1つのコートには沢山の僕の友達だ。
一つ大きく外れたボールが身体を突き抜けていく。カミキリムシ、テントウムシ、セミも鳥も全てが体の中を流れていく。時の流れのように。だけど僕だけが逆らっている。
そうここはオーストラリアだ。今、ここに戻ってきては行けない。
「アンリ!目を覚まして!来たよ!!」
この声はシュツカートだ、あそこで適合者と言われて、オーストラリアのパイロット育成施設に住み始めて2週間、出撃は40回目だろうか。毎日飛んでいた。
「-フライングガンシップ40メートル級、上空からの援護がありません、地上からの攻撃で撃破してください、現在の相性は87%です-」
シュツカートの機体は第四世代後期型、高速移動と強力なスマートパルスライフルを装備している。しかしそれでもフライングガンシップ相手には厳しい。
FLDの表示には地上に10人の仲間、しかし建物が邪魔してこちらも動きが鈍い。爆発によって作られたコンクリートの破片は強烈な弾丸となり凶器だった。
建物を縫うように常に上空のx(未確認コア)と○(レーザーコア)に意識を集中させながら、高速移動する。しかし段々と上空からのレーザー攻撃が正確になっていく。
「え!?」
目の前に居る非難しているはずの人間を見て、思わずシュツカートがつぶやいた。
荷物は持っておらずボロボロの服。恐らく外国行きを拒否したんだろうか。
レーザーが当たるかもしれない。危険だ。
「危険だ!逃げてください!」
アンリが叫び足を踏み込む。背中のエンジンが強烈に反応しシュツカートが強引に加速する。段々と視界が狭くなりスローモーションになる。小さな翼が開くのが分かった。
レーザーが超スローモーションで流れて行く中、目の前の人に破壊の赤が当たる。身体はバラバラに散っていき、吹き出した赤い霧がシュツカートとアンリを包み込む。
「助けられなかった」
アンリの目に焼きついた、空中で色の無い目と目が合った。それは元人間、もう性別も歳も人種も分からない。しかし不思議とシュツカートは死を受け入れていた。
「凄い・・・・・・。人間がバラバラになっちゃった」
シュツカートの台詞にアンリは怒りを覚えた。背筋が凍るような感覚に包まれたシュツカートはこのままでは完全に切断される。そう思った。
「ゴメンネ、アンリ、私には自分の生身なんて無かったから、わから無いんだよ、産まれた時からずっと機械だから、車や工業ロボットがスクラップにされる所を見ると、胸が締め付けられるんだよ」
「もう、分からないよ・・・・・・」
「わ、私の育ての親は、掃除ロボットなんだよ、褒めてはくれなかったし、泣く事も、笑顔も無かったけど、それでもずっと一緒に居てくれたから、でももうアンリが居てくれる。だから私の事を嫌いにならないで」
シュツカートの視界は孤独になった。FLDには攻撃不可、パイロット切断、帰還命令が出ている。
「いやだ!いやだ!アンリ。お願い戻ってきて!私をもう、一人にしないで・・・・・・」
レーザーがシュツカートの真横をかすり、地面に直撃し弾いた石を凶器に変えた。吹き飛ばされる無抵抗な小さな黒い機体。倒れこんだまま地面を見ていた。シュツカートは、もうどうでも良くなった。腰にあるアンチマテリアルナイフを左腕に押さえつけ、アンカーで巻きつけて固定する。スマートパルスライフルと勇気を捨てて、高い建物に飛び乗った。
FLDの人数はもう3人しか居ない。たった1分程で7人もやられたんだ。
シュツカートを待っていたかのようにフライングガンシップが急降下する。
その大きすぎる影だけに反応する。エンジン全開でジャンプし背中の大量のレーザーコアが視界に入る程までにジャンプした。いつもなら絶対に入らない危険な境界線。
危険アラートが鳴り響く。
「私もバラバラになっちゃえばいいんだ。もう誰も待っててくれないんだ、私はやっぱりバカだったんだ。誰も人の気持ちなんか教えてくれなかった。話し方もしぐさも、誰かの真似だってしかった」
シュツカートはメインコアが分からなくても急加速し突っ込む。左手と気持ちだけを前に突き出して。すると背後から明るい黒い影と大きなエンジン音。その機体はシュツカートの腰をしっかりと支える。よく見えないが隣で一緒に高速で加速し落下する中に見えた銀色の髪。
「前だけを見るんだ。そのままでいい。アンリは必ず戻ってくる」
どうして今そんなに優しく力強い言葉をくれるんだろう。右手の指先、足のつま先、そして胸の辺りから、戻ってくる感覚。唇。視線。最後に温かい左手。
「2人で行くんだ!」
銀色の声の人によって掴まれた腰が思いっきり押されて加速する。その人が後ろから4連射したスマートパルスライフルの弾丸が、フライングガンシップのシールドを強制展開させた。その中心にはメインコア。
「シュツカート、僕は機械が嫌いだった。でも君はやっぱり違ったんだ、僕と同じだったんだ。君は金色の蛹から生まれた黒蝶ダリア!僕の変わりに永遠に華麗で優雅に羽ばたくんだ!」
目の前が超スローモーションになった。背中からクリムゾンレッドの翼が開いた。
一緒に見る世界によって全て生まれ変わった。私達はこの世界を待って居たんだと分かった。大量のレーザーを回避しながら、二人は手を握ったまま、胸の奥にしまいこんだ勇気を突き出した。もう二度と離れる事の無い一つの線。
アンチマテリアルナイフがメインコアに突き刺さる。黒く不気味に蠢く大きなメインコアが悲鳴を上げながら散っていく。そして小さな黒い機体は流星の如く高速で体ごと貫通してしていった。
クリムゾンレッドの衝撃波が空を覆っていた黒い影を跡形もなく消し去る。地面に衝突したかのように着地すると、オーバーヒートとアラートが鳴り響いた。そうださっきの人はとシュツカートは振り返った。
「2週間、41回目の出撃でスパイラルシフトを使えたのか、優秀だな。後でその翼に名をつけるといいだろう、そのクリムゾンレッドの翼を見たものに勇気を与える」
美しく反射する黒い機体。髪は銀色のロングヘアーが風になびく。機体情報には、ファウスト第四世代後期型と表示されている。
「あの、有難う。わ、私はシュツカートって言うんだよ」
シュツカートは酷く人見知りだった。他のロストチルドレンと一緒になることもなく、アンドロイドの身体もないからだ。
「私はファウストだ。恐らくシュツカートと組むことになるだろう、二人とも宜しく」
ファウストはシュツカートの前まで降りてきて手を差し伸べた。そして手を繋ぐ。とても温かった。アンリとシュツカートの目にはこの人こそが皆に勇気を与える翼を持っているんだろうと確信した。
これがエースとそのパイロットとの出会いだった。




