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赤い糸、巻き付いた

作者: かんなぎ





赤い糸で結ばれた人間は、運命の相手なんだよ。





そう教えてくれた同じクラスの春君がユクエフメイになったのは、八月の事だった。

その頃の私は毎日集団登校をして、放課後の寄り道も禁止されて、毎日がつまらなさ過ぎてストレスが溜まってた。

もっと遊びに行きたいのにって、毎日を退屈にさせている原因の春君を恨んだのは内緒の話。


その日の事はなんでか分からないけど、よく覚えてる。

宿題もせずに床でごろごろと転がっていると、お母さんに見つかって怒られたけど、何故か今日は玄関に行くなって言われるだけで済んだんだ。

なんでだろうと思ってこっそり玄関を覗くと、外でお父さんと誰かが言い争っているのが聞こえてきて。

聞こえてくる女の人の大声が、返して、だとか知ってるんでしょ、だとか騒いでいた。

その声が凄く大きくて、怖かった。

暫くそうやって聞き耳を立ててると、お父さんが大きな声でいい加減にしないと警察を呼ぶぞって叫んで、女な人の声は聞こえなくなっていった。


「お父さん、今の人誰?」

「ん?ああ、美菜は気にしなくて良いんだよ」

「美菜!あんたは玄関に近づくなって言ったでしょ!」


お父さんに近寄って行くと、お母さんが大人しく部屋に籠ってなかった私を怒った。

でも、お父さんがお母さんを取り成してくれて、ほんのちょっとだけさっきの人の事を教えてくれた。

あの人は春君のお母さんだけど、お前は会っちゃいけないよって。


それから何度も春君の家のおばさんは我が家に来たけれど、ついに私に会う事は叶わなかった。

お母さんが玄関先でおばさんを怒鳴りつけて追い返してしまたから。

何で追い返しちゃったのって聞いたら、あの人はアタマがオカシクなっちゃったんだって言われた。

春君に会いたくて、色んな同級生の家に何度も何度も訪ねては大騒ぎしてるんだって。

怖いよね。





春君がユクエフメイになって半年が経って、駅に張られた春君を探してくれっていう張り紙も目立たなくなった頃に、私はふと、春君と最後に話した事を思い出した。

それはバレンタインデイが近づいていたからかもしれないし、テレビで春君の情報を求める番組が組まれたからかもしれない。

でも、何となくあの時の春君の言葉がどうしても気になってた。


「運命の人とはどうして糸でつながってるの?美菜の指には何にも付いてないよ」

「あんた何言ってるの……ああ、赤い糸の話?」


お母さんは鶏肉を切りながら私の話に答えてくれた。

包丁が柔らかな鶏肉を切り分けて、ほんの少しだけ肉についた血がまな板を汚していく。


「運命が糸ならあんたとお隣さんも繋がってるだろうし、お爺ちゃんとも繋がってるわよ。多分。糸が一本だけって事はないでしょ」

「えー、でも私お隣さんと結婚したくない」

「そんな事言ってないわよ。小指に巻き付いた糸のどれか一本が赤く染まったら、それが運命なんでしょって言いたいの。色が付いた糸なら手繰れるでしょ?」

「ふーん」


電球に向けて小指を立てて、目を凝らして見てみたけれど何も見えなかった。

もしかしたら小指に巻き付いた糸は細過ぎて見えないのかもしれない。

でも赤く色がついたのなら、私にも見えるのかも。

だからもしも春君に繋がった糸が赤く染まったなら、春君をこっちに引っ張って来れるんじゃないかな。


「ほら、美菜。すぐご飯出来上がるから手伝って」

「はあい」


春君は一体どこに行ってしまったんだろうか。

かわいそうな春君。

糸さえ見えれば、私が引っ張ってあげるのに。





ご飯も食べ終わってお風呂に入って、明日の準備も終わった。

明日は学校なんだからさっさと寝なさい、と怒られて慌てて廊下を走った。

先週私が寝坊した事を未だに怒っているみたいだったから、今週はしっかりしなくちゃいけない。

じゃなきゃ今月のお小遣いはお預けになってしまうだろう。

あくびをしながら電気の付いていない自分の部屋に入ると、ひんやりとした空気が吹いて、私は足を止めた。


……窓が、開いてる。

空気の入れ替えは自分でしなさいって言われてるから、お母さんは私の部屋の窓を開けたりなんてしない。

寒いから朝以外は締め切ってるのに、なんで開いているんだろう。

さっき帰ってきた時に窓は開いていただろうか……いや、そんなはずはない。

喉がからからに乾いて、目も一気に覚めた。


風がレースのカーテンを揺らしてるのに、その先に見えるはずの夜景が、見えない。

いつもは明るすぎるくらいだったのに、真っ暗だった。

もしかしたら、変な人がいるのかもしれない。

自分で閉めに行けば良いだけなのに、身体が動かない。

お母さんを呼べば良いんだ、と後ずさりすると、窓の外から聞き覚えのある(・・・・・・・)小さな声が聞こえた。



「みーちゃん」



声に驚いて後ろに転んで、手を何かにぶつけた。


「痛っ」


廊下の光でぼんやりと照らされた手を見ると、痛みを感じた指先が何かで切れてしまったのが分かった。

小指の傷から血が一滴、落ちた。

指先に巻きついた何かに血が伝って行く。

見えない糸が赤色に染まって、窓の外まで赤い線が伸びていく。

―――巻きついてる、これは何?



僕とみーちゃんの赤い糸が繋がってれば良いのになあ



春君の声が耳元で蘇って、血の気が引いた。

糸は誰とでも繋がっている。

−–けれど、血で赤く染まったなら、それは運命。

見えるのだから引っ張れる。

引っ張られて、しまう。

ああ、春君は、一体何処に引っ張られていったんだろう。



ぐい、と赤い糸が窓の外に引っ張られる。



「や、やだやだやだやだ!お母さん!お母さん!!」



床に座り込んで叫び声を上げているのに、誰も助けに来てくれない。

凄い力で糸が引かれて、小指がアリエナイ方向に曲がって行く。

痛いけれど、それ以上に引きずられていく身体が怖くて仕方ない。

真っ暗な窓が迫ってくる。

明るいはずの夜景は未だに見えないのに、外からは冷たい空気が吹いてくる。

赤い糸はその真っ暗な先に伸びて、私の身体を力強く引きずっていく。



「待ってやだ、やだよ!嫌!連れて行かないで、行きたくない!」




窓から吹いた風が、ドアをゆっくりと閉じた。





赤い糸、赤い糸。

ねえ、貴方の赤い糸は一体誰の指に巻き付いてる?

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