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こんな夢を観た

こんな夢を観た「ゾウのように大きなカブトムシ」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/09/04

 裏の雑木林で、大きなカブトムシを見つけた。

「あのカブトムシ、ずいぶんと大きいね!」わたしは思わず叫ぶ。

「あー、あれかぁ。あれね。きっと、『ゾウカブトムシ』って奴だよ」中谷美枝子はそう言ったが、たぶん、その場で思いついたのだろう。

 もっとも、わたしでもそう名付けたと思う。生い茂る木の葉の間から、立派なツノを上下に揺らし、のっしのっしと歩いている。確かにゾウのように大きかった。

「よーし、あいつを捕まえて飼うことにするよっ」わたしは林に向かう。

「よしなって。カブトムシは、夏の間しか生きられないんだよ? かわいそうじゃない」

 中谷は止めたがわたしは聞かず、ゾウカブトムシを家まで引っ張っていった。


 大きすぎて部屋に入りきれないので、ツノに縄を括りつけ、庭で飼うことにした。

 ブロック塀から上半分が丸見えなので、道ゆく人はたまげた顔をして通り過ぎる。

「こりゃあ、ゾウなのかね、それともカブトムシなのかね?」3人に1人は、そんなことを聞きにわざわざやって来た。

 無理もない。ゾウのように大きなカブトムシなのだ。

 わたしは画用紙にマジックででかでかと、「ここには、『ゾウのように大きなゾウカブトムシ』がいます」と書いて、塀の外に貼った。

 それを見た通行人は、

「ははあ、ゾウカブトムシか。なるほど、なるほど。そいつはもっともだ」とうなずくのだった。


 1キログラム入りの砂糖をバケツいっぱいの水で溶いて、ゾウカブトムシに持って行く。

 真っ黒い目をキラキラと輝かせながら、夢中で吸い始める。ものの5分と経たないうちに、砂糖水は空っぽだ。

「よしよし、たっぷり飲んだね。あまり飲みすぎると毒だから、また明日な」

 そう言いながら、ゾウカブトムシのツノの付け根をなでてやる。ゾウカブトムシは、返事でもするかのように、ギィギィと節を鳴らした。


 翌朝、庭に出てみると、がらんどうになった外骨格が脱ぎ捨てられているのを見つけた。

 その傍らには、一回り小さくなったゾウカブトムシがうずくまっている。

「なんだ、君は成虫のくせに、まだ脱皮なんかしてるのか。変な奴だなぁ」

 ゾウカブトムシは、恥ずかしそうに角をぶるんっと振るわせた。

 バケツに作ってきた砂糖水を、今日はいくらか残してしまった。体が小さくなった分、飲む量も少なくなったようだ。


 次の日も、ゾウカブトムシは脱皮をした。さらに小さくなったので、砂糖水は半分だけ作る。

「ふつう、脱皮をする度に大きくなるもんなんだけどなぁ」わたしはゾウカブトをなでながら言った。以前は届かなかった背中に楽々と手が届く。

 ゾウカブトは日を追う毎に脱皮を繰り返し、ますます小さくなっていった。

 2週間もたった頃には、仔犬ほどの大きさでしかなくなり、「ゾウカブトムシ」という名前もはばかられた。

 表に貼り出してあった画用紙の「ゾウカブトムシ」を棒線で消して、その下に「チワワカブトムシ」と書き直す。

「あーあ、がっかりだなぁ。あんなに大きかったのに……」わたしは溜め息をついた。


 チワワカブトムシの脱皮は止まらず、翌々日にはとうとう、どこにでもいる、ふつうのカブトムシになってしまった。

 塀の画用紙は、「どこにでもいるふつうのカブトムシ」と書き換える。

 バケツで砂糖水を与えると溺れてしまうので、コーヒーミルクの空き容器に垂らして飲ませた。いくらもないのに、それすら飲み残してしまう。

「君、ほんとに小さくなっちゃったなぁ。あと1回、皮を脱いだら、すっかり消えてしまうかもしれないね」自分で言って、思わずどきっとした。

 8月も今日で終わり。中谷が言っていたっけ。カブトムシは夏の間しか生きていられないんだ、って。


 わたしは、「どこにでもいるふつうのカブトムシ」をそっと両手で包んで、雑木林へ向かった。

 一番たくさん樹液を垂らしているクヌギの幹に、カブトムシをしがみつかせる。

「この辺りだったよね、君と出会ったのは」カブトムシに話しかけた。「夏がもっと長かったらなぁ。夏がずっと続いて、いつまでも終わらなければいいのに。そうしたら、一緒にいられたはずだよね? そうだよねっ?」

 

 明くる朝早く、林を訪ねてみる。

 クヌギの木の下に、カブトムシの抜け殻がぽつんと転がっていた。

 とぼとぼと家に戻る。塀には、まだ画用紙が貼ったままだ。

 剥がそうと手を伸ばし、考え直してマジックを取ってくる。何度も消してあって、あと1行しか余白がなかったが、それで十分だった。


 「ここには、『もう、どこにもいないカブトムシ』がいます」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夏の終わりの寂しさが、小さくなって消えていくカブトムシへの名残惜しさで表現されているところが素晴らしいと思います。 [一言] ゾウカブトムシ、怖っ!と思いましたが、愛着が生まれてみると、小…
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