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海の向こうの雨  作者: ジョゼ
1/1

小さな予感

「なんだか今年は、予感があるの」


 煙草に火を点けたあと、私の言葉と共に吐き出されたのは白い息と白い煙だった。

とても寒い昼下がりで、それでも日向にいれば気休めくらいの暖かさは感じる、よく晴れた日。

それでも私たちは、お昼を食べるために寄った「コミュニティー商業空間」と謳われている場所の一角の喫煙所にあるストーブの前で手をすり合わせながら、切り株を半分に切って横にしたようなベンチに並んで座っていた。

 それぞれこだわりのコンセプトを持ったお店―たとえばハーブを使った創作ラーメン屋さんや、京都にありそうな和風雑貨のお店、オーガニックコーヒー豆を手作りのお菓子と一緒に販売してるお店―が集まって期間限定でオープンしているこの広場は、都心ど真ん中のビルとビルの狭間にあるとは思えないほどリラックスした雰囲気が漂っていて、買い物で歩き回って疲れた私たちにはいいチョイスをしたね、と彼と言い合ったばかりだ。

「予感?どんな?」

 隣で同じように白い息と白い煙を燻らせながら、フミがつまらなそうに(彼は楽しくてもつまらなそうな顔をするのだ)聞いてくる。

「うーん、良い予感。っていうとなんか違うんだけど。なんだかいつもと違う年になりそうな、無性にわくわくしてるっていうか」

「なにそれ」

 首を傾げる私に、フミが苦笑したのが気配で分かる。

 膝くらいまでの高さの灰皿と石油ストーブを挟んで向かい側には、もう一つベンチがあって、40代くらいの男女、たぶん夫婦が、同じようにくつろいでいる。女性の足元には毛並みの良いゴールデンレトリバーがぺたりと伏せて目を閉じているのを、なんだか幸福な気持ちで見る。

周りから見たらきっと私たちもカップルに見えるに違いないな、と不意に思って笑いそうになってしまう。

「誰でも新年にはそう思うもんだって。あんまり期待して臨むと年末にはがっかりするはめになるんじゃない?」

 私より一つ年下のくせに現実主義なフミがニヤリと笑いながら言った。

「そんなのわっかんないじゃーん」

 私は不満のしるしに下唇を突き出した。フミがそんな私を励ますように肩に手を置く。

「まあさ、お互い今年こそは彼氏作って良い恋愛しよー?」

 そうにっこり笑ったフミの言葉に、目の前の夫婦が軽くぎょっとしたのが目の端に映って、私は思わず噴き出してしまった。


 フミはいわゆるイケメンだ。

 女性みたいな顔立ちで、俳優の誰々に似てるって言うより、女優のナントカに似てるねって言われる方が断然多い。身長は180cm、バランスの良い体格で無駄な贅肉もない。服のセンスもなかなかで、清潔感がある。

 でもそれらは、彼の"女子力"から来ていることを私は知っている。

 そう、フミ―佐野文也は、生粋のゲイなのだ。間違いなく私よりも意識の高い「女子」(だからって女装するタイプの、まぁいわゆるオカマちゃんってわけじゃない)。高飛車だし思ったことはズバズバ言ってくるし、いけすかない!と思うことはあるけど、私は嘘をつかないこの"女友達"が大好きだ。彼と窮屈なシングルベッドで一緒に寝たこともあるけど、ある意味あんなにリラックスして一緒に眠れる男の子なんてまずいないなと思う。彼氏でない男の子の中ではという意味だけど。

 新年が明けてもうすぐ1週間。表参道で買い物したいと言う彼に付き合って、私たちは今日3ヶ月ぶりに会った。

 食後の一服を終えたあと、私は目の前のビーンズショップでコーヒー豆とそれに合いそうな真っ白いブールドネージュを買って、その間フミは誰かと電話で新年の挨拶を交わして、広場を後にした。

今日はこれからまだ沢山お店を回って、そのあとちょっと遅い初詣に行く予定だ。

半年後、私の予感が良くも悪くも当たってしまうなんて、その時は考えもしなかったのだ。

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