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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
再び攫われるに至った理由
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八話 己ガ罰ニ至

 『星狩り』を後にしたルークは、一度迎賓館に戻ろうと上層区画に馬を向けたが、途中であることを思い出し、行き先を変えた。


「ここってフィエマ商会じゃないすか。こんなところに何の用があるんすか?」


「……いつまでついてくるつもりだ」


 店の入り口の前で木蘭からおりたルークは、さも当然のようにくっついてくるマールとキールを振り返り、渋面を作る。


「そんなの決まってますー。ライカ姐様ねえさまが見つかるまでですよー」


 ルークさんの馬も繋いできますねー、と言ってマールは木蘭の手綱を鮮やかな手つきでルークの手から抜き取り、二頭の馬を引き連れて去っていった。


「役には立つか……」


 若くても賞金稼ぎを名乗るくらいだ。足手纏いにはなるまい、とルークは自分を納得させ、双子を帰らせることを諦めた。

 先に馬を繋ぎに行っていたキールと共に店に入る。開店して半刻も経っていないにも拘わらず、店の中は大勢の人で賑わっていた。


「アムジット」


 忙しく客の相手をする小さな商売人の姿を見つけ、人ごみを掻き分けて近づき声をかける。押しのけられた客たちは、文句を言いながら自分を押しのけた人間を見ようと振り返るが、それがルークだと分かると一様に押し黙った。そそくさと店を去る客もいれば顔を赤らめる客もいて反応はそれぞれだったが、ルークの眼には全く映っていなかった。その代わり後ろを歩くキールが、面白そうに客の行動を観察していた。


「はい、いらっしゃ……あ、えっと貴方は確かライカさんと一緒にいた……」


「ルークだ。アリーシャはいるか」


 不思議そうに首を傾げるアムジットに用件を伝えると、笑顔だった彼女の顔が微かに曇った。


「母、ですか? 作業場にいますけど、どうかされました? ドレスに問題でも?」 


 理由を訊ねるアムジットに何も答えず、ただ案内を頼む。すると、彼女は何かを察したのか頷いて奥へ続く扉を開いた。可哀想だが説明している暇がない。こうしている間にも、自分と雷華の距離は離れていっているはずなのだ。


「母様、母様!」


 遅れてきたマールも一緒に、アムジットの後をついて廊下を進んでいくと、広い作業場に着いた。何人もの針子が黙々とドレスや小物を縫っている。アムジットは一番奥でことさら熱中して針を動かしているアリーシャに近づき、呼びかけるのだが全く反応がない。四度目の呼びかけで、ようやくアリーシャは手を止めてドレスから顔を上げた。


「なんだ、今いいところなのだ。邪魔をしないでほしいな」 

 

 アリーシャの顔にはでかでかと不機嫌と書いてある。


「すまない、俺が頼んだ」


「あんたは確か……ルークだったか。私に何の用?」


 アムジットの後ろに立つルークを見上げ、アリーシャは軽く眼を見開いた。


「訊きたいことがある。クルディアのことだ」


 クルディアの国名を口にした瞬間、アリーシャが鋭くルークを睨んだ。それを真っ向から受け止め、黙って彼女を見返す。二人の間に緊迫した沈黙のとばりがおりた。


「…………二階に行こうか。アムジットは店に戻って構わないよ」


 沈黙を破ったのはアリーシャだった。立ち上り指で階段を指し示す。


「……はい、母様」 


 何か言いたそうだったアムジットは結局、何も言わずにアリーシャの言葉に従った。ルークたちに頭を下げて、来た廊下を戻っていく。二つに括られた彼女の蜂蜜色の髪が、寂しげに左右に揺れていた。

 初めてフィエマ商会に来たときに通されたのと同じ部屋に案内される。あのときも今と同じ三人だった。一緒にいたのはもちろん双子などではなかったが。


「適当に座って。何か飲むかな」


「じゃあリムゾ水……いえ何でもないっす」


 キールを一睨みして黙らせると、ルークはひじ掛けに猫が彫られた長椅子に腰を下ろした。キールとマールも並んで同じ長椅子に座る。アリーシャは双子を一瞥いちべつしたが、何も言わなかった。 


「そうか。それで、何が知りたい?」


「単刀直入に訊く。お前はクルディアの生まれか?」


「……何故そう思う」


 向かいに座ったアリーシャは、声を低くしてルークに問い返した。


「初めてここに来たとき、ライカがクルディアについて知っていることはないかと訊いたのを覚えているか。そのときお前は一瞬表情を変えた。お前の家族は気付いていなかったようだがな」


「鋭いな……気をつけていたつもりなのだが。そうだ、私はクルディア出身だ。ジーレィは知らない。もちろんアムジットもな」


 ふぅと息を吐いて顔をゆがめるアリーシャ。


「誰かに口外するつもりなどない。ただあの国について教えてほしいだけだ」


「いいよ、何が知りたい? 前に言っていた探しものかな?」


「違う。これは内密にしてほしいのだが、ライカが攫われた。おそらくクルディアの将軍バルディオ・ヴェルクに、だ」


 ディーの本当の名はミシェイスの手紙に書かれていた数少ない情報の一つだ。


「間違いないのか?」


「他に思いつかない。理由は分からんがな。将軍がどこに向かうか心当たりはないか」


「ヴェルク将軍が人攫いをするなどにわかには信じられないな……いや待て、確かライカは占い師だったな。当たるのか?」


「あ、ああ、ライカの占いが外れることはない。それがどうかしたか」


 アリーシャの思いがけない質問に、戸惑いながらも答える。雷華が占い師だから――本当は違うが――攫われたとでも言うつもりなのだろうか。


「あれはただの伝承だと思っていたが……女王がライカを? あんなものにすがるほど対立が深まっているのか……?」


「アリーシャ、何か知っているのなら教えてくれ」


 ぶつぶつ呟きながら自分の世界に入ってしまったアリーシャに、しびれを切らしたルークが強い口調で話しかける。一刻も早く追いかけたいのだ。一瞬たりとも無駄には出来ない。


「ああ……すまない。心当たりならある。私の考えが正しいのであれば、彼女は――」  

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