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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
再び攫われるに至った理由
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七話 己ガ罪ニ至

 かなりの速度で走る馬車の乗り心地は決して快適とは言えない。薬が効いているおかげで頭痛からは解放されたものの、今度は吐き気と打ち身に悩まされそうだ。

 気分を紛らわそうと窓の外に眼を向けてみるものの、ごつごつした岩肌と緑もしくは茶色の草木と申し訳程度の花が見えるだけ。もうかれこれ二刻は同じ景色が続いている。

 さらに言えば、馬車の中の空気も良いとは言い難く、雷華の心は快晴の空とは裏腹に曇りきっていた。


「ま、仕方ないのだけど」


 快適な旅を求める方が間違っている。縛られたり猿ぐつわをされず、身体が自由に動く、ということだけで破格の待遇だと満足せねばなるまい。何といっても囚われの身なのだ。


「攫われるのは二回目……」


 誘拐と聞いて誰もが思い描くであろう光景は、間違いなく最初の、縛られて荷馬車の荷台に転がされている方だろう。全く知らない人間が今のこの状況を見て、自分たちの関係を言い当てられるとは思えない。


「扱いは天と地、だけど難しさも天と地だわ」


 嘲狼ちょうろうねぐらから逃げ出すのは、おそらくそう難しいことではなかったはずだ。もちろん、ロベルナがおらず逃げた後のことを全く考えなかった場合、の話だが。かしらのレヴァイアを除けば、雷華と嘲狼の力の差は同等か、やや雷華が勝っているかだった。何も出来ないただの女だと油断している隙をつけば、十分逃げ切れただろう。実際には人違いで帰っていいと言われたので、試す機会は訪れなかったのだけれども。

 だが、今回は違う。人数は四人と少ないが、全員が訓練を積んだ兵士。ミレイユの強さは不明だが、ディーの部下なのだから弱くはないと考えるべきだ。分が悪すぎる。それに何より隙がない。一見自由にさせているように見えて、休憩だと馬車から外に出して貰っても、さりげなく逃げ道を塞ぐ位置に誰かが立っている。


「真綿で首をめられるって、こんな感じなのかしら」


「さっきから何を一人でぶつぶつ言っている」


 考えを口に出しながら思いにふけっていると、向かいの男が口を開いた。


「あら、ごめんなさい。あまりに静かなものだから、貴方の存在を忘れてたわ。もう黙ります」


 にこりとディーに笑みを見せて、雷華はふんと顔を横の窓に向ける。この狭い空間で向かい合わせに座る彼の存在を忘れるなど、出来るはずもない。しかし、嫌みの一つでも言ってやらねば腹の虫が治まらなかった。なにせ馬車の揺れに耐えながら色々訊いたにも拘らず、ずっと沈黙を通されたのだから。


「怒っているのか」


「分かりきったこと訊かないでくれる? 何にも教えて貰えず、黙って従うしかない私の気持ちが分かる? 怒っているかですって? 当たり前でしょう。その澄ました顔を殴ってやりたいくらいだわ」


 今ここが馬車の中でなかったら、或いは全身で踏ん張っていないと椅子から放り出されそうなほど揺れていなかったら、雷華はディーの胸倉を掴んでいた。それが出来ない代わりに、あらん限りの力を込めて正面に座る将軍を睨む。


「だけど、悔しいけど、私は貴方に勝てない。勝負にもならないでしょう。馬に乗っている貴方の部下にも勝てないと思うわ。逃げるなんて不可能なのは承知してる」


「…………」


「でもね……私は決して諦めない。どんなことがあっても、ルークたちのもとへ帰るわ。必ず……必ず帰ってみせる」  


 強がってるだけだと思われてもいい。虚勢を張っていると鼻で笑われても構わない。これが雷華の本音なのだ。ルークとロウジュにもう一度会って、旅を最後まで続けて元の世界に戻る。この気持ちさえあれば、現状を嘆いて道を見失ったりせずに真っ直ぐ前を向いていられる。心細くても挫けずにいられる。


 (最初のころより帰りたいと思うことが少なくなったけど、それでも気持ちは変わらないわ)


「……強い、な」


 雷華の決意を黙って聞いていたディーが、低い声で呟いた。


「馬鹿にしてるの?」


 勝てないと言ったばかりの相手に強いと言われ、雷華の眉間に皺が寄る。


「力のことじゃないの。俺は心のことを言ったのよ。こんな状況下でそんなことが言えるなんてね。おっさんにもその強さ、分けて欲しいくらいだわ」


「……は?」


 羨ましい、と言うディーの口調は一転して軽くなり、雷華の知っているものになった。突然の変わり様に、口を開けて間抜けな表情になる。


「無理矢理連れてきてごめん。どう説明すればいいか迷ってたから何も言わなかったんだ。ちゃんと説明するから聞いてくれる?」


「…………へ?」


 首を傾げられても、こちらも口を開けたまま首を傾げるしかない。冷たく硬い口調に、目覚めてすぐは慣れなかった。だが、彼を賞金稼ぎのディーではなくバルディオ・ヴェルク将軍だと思うようになってからは違和感はなくなった。本当の姿はこうだったのだと納得すらしていた。それなのに、飄々(ひょうひょう)とした賞金稼ぎの口調に戻るなど。これでは、まるで、


「ひょっとして……その喋り方が素、だったりする、とか?」


 訊ねる雷華の顔は盛大に引きつっている。


「ん? どうだろ。あんまり気にしたことないなあ」


 なんてことないように答えるディー。


「……あ、そ」


 さんざん人に冷たい態度で接しておいて、ふざけているにも程がある。

 ありったけの力で殴ってやろうか。握りしめた拳を震わせながら雷華は半ば本気でそう思った。 

      

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