六十六話 選ビ出ス答
からんからんと乾いた金属音を立てながらカンテラは地面を転がり、岩壁にぶつかって止まった。灯っていた火は消え、中から油がこぼれ出す。クアラリエスが作りだしていた、神秘的で圧倒的な空気が、一気に緊迫したものに変わった。
「ロウジュ!?」
「まさか戦うというのですか!?」
慌てて雷華はロウジュを止めようと、彼の腕を掴もうとする。が、ロウジュは彼女の手を振り払った。拒絶。今までの彼からは考えられないその行動が、いかに彼が本気かを物語っていた。
一方、剣を向けられているクアラリエスは、何の反応も示さない。ロウジュが何をしようとしているのかを理解していないのか、それとも己は不滅であるという揺るぎない確信を抱いているからなのか。雷華たちを映しているのかすら定かでない空ろな純白と漆黒の瞳からは、何も窺い知ることは出来なかった。
「相手は世界そのものなんだぞ! そんなことをしたら――」
「世界は滅びるかもしれん。だが、それでも……それでも納得できない!」
「ルーク!」
隣りに立つ雷華の腰から木刀を抜き取り、ルークも構える。世界を消滅させることになっても、雷華を、雷華との記憶を失いたくない。それがルークの答え。
「本気か、ルーク!」
「お止め下さい、殿下!」
クレイとエルの声に耳も貸さず、ルークはクアラリエスを決意の宿った黒い瞳で真っ直ぐ見据える。
次に動いたのはキールだった。カンテラをマールに押し付け、腰の後ろから剣を抜く。彼が選んだ答えは、逃げないこと。大切な人を護る勇気と強さを彼は望んだ。
「……俺も、俺も戦うっす!」
「キールっ!? 止めてよ! 勝てるわけがない!」
ルークの隣りで剣を構える己の半身に、マールは金切り声を上げて訴える。
「やってみなければ分かりません」
「リオン! お前も戦うことに賛成だっていうのか!? 世界が無くなるんだぞ!?」
一番冷静な判断が出来るはずのリオンの答えに、クレイが眼を剥いて叫ぶ。
「いいじゃない、無くなったってさ」
ロウジュの隣に移動し、ディーは鞘から大剣を抜き剣先をクアラリエスへと向けた。リオンもキールの隣に並び立つ。
「ディー!?」
「こいつに御されて生きていくなんて俺は御免だわ。俺は俺の意思で今まで生きてきたし、これからも生きていく。それに、戦が起きるのも嫌だし、ライカちゃんがいなくなるのも嫌だしね。となれば、こうするしかないっしょ」
「私は運命という言葉が好きではありません。物事には全て人の意思が介在していると思うからです。ですが、あえて言いましょう。私は運命に抗いたい! 定められた事象などないと証明したい! それが私の望みです」
意志の自由のため。運命という眼に見えない不確かなものに抗うため。ディーとリオンもまた、自らの中に答えを見出した。
「俺は……俺は、戦なんて起こらねえと思うし、起こさせねえ。こいつの言う未来になんかならねえって信じる。だから俺は不変を望むぜ!」
「私もクレイ様と同じですー! ライカ姐様の力がなくても、この世界に住む人たちが協力し合えば未来は変えられるはずですー! 世界を壊すなんて無茶過ぎますー!」
クレイとマールは不変の先の未来に望みを抱いた。今の世界を受け入れ、未来を変えたいと願った。
忠誠、否定、抵抗、勇気、自由、証明、改革、協力。それぞれ方向は違えど、皆誰かのことを思いながら八人は答えを出した。
残るは、雷華のみ。
「我の世界の人の子の答えは聞いた。《選定者》よ、汝の答えはいかに?」
ゆっくりと瞬きをして、クアラリエスは雷華を見た。どくん、と心臓が大きく脈打つ。
どうして自分なのだろう。何故自分が選ばれたのだろう。何度そう思ったか。自分の答え一つでこの世界に生きる人々の未来が大きく変わってしまう。あまりにも重すぎる選択。だが刻は待ってはくれない。選ばなくては、待っているのは己の死。そして、大勢の人の死。
雷華は自分の両手に視線を落とした。小刻みに震えている。この手で護れるものなど限られていると思っていた。分かっていた。それでも、少しでも多くの人を助けたいと思った。だから刑事になった。
ぎゅっと力いっぱい掌を握る。願いも望みも思いも、たった一つしかない。それは、この世界に来る前も、来た後も、変わらない雷華の心の源ともいうべきもの。
息を吐き、ゆっくりと拳を開く。もう震えてはいなかった。視線を上げ、真っ直ぐクアラリエスを見返す。広間にいる人間全員の視線を一身に浴びながら、雷華は自分の答えを口にした。
「わたし、私は……皆の未来を守りたい、幸せになってほしい。それが私の望み、私の願い、私の思い。私に選べと言うのなら、私はこの世界の過去を変えるわ!」
「ライカ!?」
「ライカ姐!?」
クアラリエスに剣を向けていたルークたちの眼が見開かれる。雷華の出した答えは、彼らの答えを否定するもの。彼らは雷華にも同じ答えに至ってほしいと願っていた。また、至ると信じていた。
数歩前に歩き、振り返る。全員の姿が視界に入る。彼らの絶望や哀しみに染まる顔を順番に見ながら、雷華はゆっくりと口を開いた。
「私は死ぬわけじゃない。元の世界ではちゃんと生きている。この世界で最初からいなかったことになるだけ。確かに、皆の記憶から私は消えてしまうし、私も皆のことを忘れてしまう。だけど、私は信じたい。人の繋がりの強さを、絆の強さを、想いの強さを。たとえ糸のように細くても、砂粒のように小さくても、それでも可能性は無限にあると、奇跡は起きると、私は信じたい……ううん、信じてる。だって信じる者は救われる、ってこれ言うの二度目だけど、また意味がちょっと違っちゃったわね」
ふっ、と雷華の口元に笑みが浮かぶ。
マーレ=ボルジエの城の庭園で、落ち込むルークに言ったことが懐かしい。あのときは、まさかこんな大勢で旅をすることになるなど、こんな結末を迎えることになるなど、夢にも思っていなかった。ただ、元の世界に戻りたい、元の姿に戻してあげたい、そう思っていただけだった。
「《選定者》よ、汝が選びし答えに我は応えよう」




