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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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六十三話 脆ク傾ク礎

 雷華が眼を開けると、今まで見えていた影は消え、代わりに人間の姿をした、だが明らかに人間とは違う、全身が淡く発光した“何か”が眼の前にいた。

 すっぽりと体を覆う灰色のローブ。地面にまで届いている髪は根元から毛先に向かって白から黒に。瞳も左右で白と黒と、色が異なる。顔は、男のようでもあり女のようでもあり、幼いようにも成熟しているようにも見えた。


「ひいぃぃぃ! な、だ、誰っすかぁぁ!?」


 キールが素っ頓狂な声を上げる。驚きすぎたのか、彼は後ろに倒れ尻もちをついた。


「こ、これが神なのですか」


 キールほどではないにせよ、エルもかなり驚いている様子だった。口に手を当て瞬きを繰り返している。他の面々も程度の差はあれど、皆驚きを隠せないようで、口々に「信じられない」などと呟いていた。神を見たいと言ったものの、本当に見れるとは思わなかったのだろう。


「……皆に見えるようになってくれてありがとう。私もそっちの方が話しやすいわ」


 そう言いながら雷華は眼鏡を外す。揺らめく影に話しかけるよりは今の方がいい。意志の疎通が図れる気がする。たとえ、人の形をしている人ではない“何か”だとしても。


「話を戻すわ。さっきの貴方の答え、あれはどういう意味?」


「我は《色のない神》ではない。だが、汝らの言う神という存在ではある」


 人には決して出すことの出来ない声で“何か”は答える。


「では《色のない神》は別にいるのか」


「否」


 黒犬の姿をしているルークの問いかけを“何か”は否定した。彼の言葉が言葉として聞こえているということだ。


「《黒い神》や《白い神》は?」


「否」


「どういうこと? 私とルークは《白い神の宿命を持つ者》と《黒い神の宿命を持つ者》ではないの?」


「是」


 さらりと紡がれた言葉に、雷華の呼吸は一瞬止まった。 

 《宿命を持つ者》としての使命を果たし、元の姿、元の世界へと戻るためにここまで来たというのに。これまでの旅は一体何だったのだろうか。 


「じゃあどうしてルークの姿は変わったの? どうして私はこの世界にばれたの? ……貴方は誰なの?」


 震える声で訊ねる。怒りたいような、泣きたいような、笑いたいような。今どうしたいのかが自分でも分からなかった。


「ライカ……」 


 ルークが心配そうに雷華を見上げた。広間に沈黙がおり、滝の音だけが聞こえる。


「クアラリエス」


 沈黙を破り“何か”が口を開いた。


「それが我の名でありこの世界の名。我はこの世界をぎょする存在であり、この世界そのものでもある」


 感情が一切含まれていない声で“何か”――クアラリエスは続ける。


「この世界に名前があったなど……初めて知りました」


「びっくりですー」


 リオンの呆然とした呟きに、マールが眼を丸くしながら同意する。


「我は不完全な存在。幾百の歳月かに一度、人の子の力を借りて世界を調整する必要がある。汝らはその《案内役》と《選定者》」


「《案内役》と《選定者》……」


 雷華とルークの口から同じ言葉が同時に零れた。


「《宿命を持つ者》《神子》、国によって名はたがえど役割は同じ。我が選びし《選定者》。その《選定者》に我の世界を見せ、我の許へ連れてくるのが《案内役》。姿を変化させたのは《案内役》の役目を確実にしてもらうため」


「クルディアの伝承の《神子》がライカちゃんと同じ《選定者》……」


「伝承は、異なる世界の人の子(選定者)を、我の世界の人の子が受け入れるよう我がつくりしいしずえ。《選定者》とは我の世界に生を受けながら、我が異なる世界に送りし者のこと」


 クアラリエスの口から明かされた真実に、誰もが眼を見開き唖然となった。


「え……」


 雷華の身体がふらりとよろめく。倒れることこそなかったものの、その顔からは一切の感情が抜け落ちていた。


「ライカはこの世界の人間?」


 ロウジュの問いかけに答える余裕もない。頭が真っ白になり何も考えることが出来ない。


 (私はこの世界に生まれるはずだった……?)


 幼いころに両親を亡くし、施設で育ち、警察学校に行き、刑事になった。二十六年の間にたくさんの人に出会った。嬉しいことも哀しいことも辛いことも楽しいこともあった。何故自分はこの世界に生まれなかったのかと思ったりもしたが、それでも自分の生まれ育った世界を、あの目まぐるしく日々が移りゆく世界を愛していた。


「《選定者》よ、汝は何を望む。《選定者》よ、汝は何を願う。《選定者》よ、汝は何を思う。愛か。不変か。忘却による改変か。さあ、答えるがよい」


 衝撃から立ち直れない雷華に、この世界は、クアラリエスは容赦なく選択を迫った。それは、あの夢のような空間で聞いた言葉と同じだった。

      

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