六十二話 滝ノ裏ノ洞
「やっぱりライカちゃんって凄い力があるのねえ」
「ちょっと、その言い方だと私がもの凄い怪力の持ち主みたいに聞こえるんだけど」
「最低だな」
「泉に落ちろ」
森に囲まれた円形の泉の片側には、滝の裏へと続く道があった。ごつごつとした灰色の岩で出来た細い道を一列になって進んでいく。
「なあなあ、なんでライカ姐が木の剣を振ったら、道を塞いでいた木が無くなったんだ?」
「姐様が《白い神の宿命を持つ者》だからよ。リムダエイムでルーク様やクレイ様から聞いたじゃないの。忘れたの? ほんと、キールは記憶力が鶏以下なんだから」
「素晴らしい! ここまで来た甲斐がありました。さあ早く行きましょう」
「リオン様、お待ち下さい!」
「なんであいつはあんなに元気なんだ……」
もうすぐ最後の目的地、旅の終着点だというのにそれらしい会話をすることもなく、いつも通りの軽口を交わし合う八人と一匹。
だが全員が分かっていた。この騒がしくも楽しい旅が、もう間もなく終わってしまうということが。思いはそれぞれ違えど、心の底から旅の終わりを喜ぶ者などいないというのに。
行かなければならない、でも終わりたくない。そんな矛盾した気持ちが、彼らの普段と変わらない表情の下に隠されていた。
先頭を行くディーが立ち止まって、後ろを振り返り口を開く。彼の声は滝の轟音によってほとんどかき消されてしまったが、何を言っているのかは推測することが出来た。彼が指差す先には、ぽっかりと開いた穴があった。
四頭の馬を滝近くの木に繋ぎ、八人と一匹は水しぶきを浴びながら滝の裏にある洞窟の前に立った。
(ついに……ついに終わるのね)
泉の周囲を歩いていたときとは打って変わり、誰も何も喋らない。喋ったところで滝の音にかき消されてしまうのだが、もしそうでなかったとしてもやはり誰も口を開こうとはしなかっただろう。
ロウジュ、エル、キールの三人がカンテラに火を点ける。
雷華は一度眼を閉じ、息を吐いた。そして眼を開けると、真っ直ぐ前を見据え、歩き始めた。
大人二人が並んで歩ける広さの、しっとりとした空気の漂う道を、八人と一匹は無言で進んでいく。
終わりはすぐに訪れた。楕円形の開けた場所が行き止まりだった。会話が出来る程度には小さくなったが、それでもまだ滝の音は聞こえている。
「ここが“彼の地”。《色のない神》がいる場所」
誰に言う訳でもなく、一人呟く。
全員の眼は同じものに集中していた。広間の中央にある、巨大な結晶の塊に。結晶は水晶のように透明で、カンテラの灯りを反射し、きらきらと輝いている。
「これで、ようやく人間の姿に戻れるのだな」
ライカの足元にいるクールの声は、喜んでいるようでもあり哀しんでいるようでもある。
「そうね、早く戻してもらいましょう」
努めて明るい声を出し、雷華は眼鏡をかけた。ここで躊躇っていても仕様がない。何人かが制止を求める言葉を口にしたが、雷華は構わず結晶を見た。
――待ッテイタ、異ナル世界ノ人ノ子ヨ
夢のようなそうでないようなところで聞いた、あの不思議な声が結晶から響いてくる。そして、すうっと人の姿をした影が中から抜け出てきた。半分が白く半分が黒いその影は、ふわりと宙を移動し雷華の前に降り立つ。
「……貴方が《色のない神》なのね?」
――ソノ答エハ、是デアリ否デアル
影は陽炎のように揺らめきながら答える。どういう意味だとさらに問いかけようとした雷華だったが、その前にリオンが口を開いた。
「ライカさん、誰と話しているのですか?」
「えっ、あ……皆には見えないし聞こえないのね。眼の前に《色のない神》……と思う人、というか影がいるんだけど」
雷華の言葉に広間が騒然とした雰囲気に包まれる。リオンたち、つまり雷華、ルーク、ロウジュ以外は《色のない神》を捜す旅だと知ってはいても、本当に神が姿を現すとは思っていなかったのだ。普通ではあり得ない、石碑が発光したり先ほど雷華がした空間が割れるというような現象が起こるだけだと漠然と想像していた。
「俺たちに見えるようにはならねえのかよ」
「そうねえ、俺も神っていうものがどんなものなのか見てみたいわ」
クレイとディーの発言に、ルークを除いた全員が一斉に頷いた。気持ちはよく分かる。もし自分が見えない側であったなら、間違いなく見たいと思っただろう。しかし、雷華にはどうすることも出来ない。そんな力はないからだ。足元にいるルークに視線を落とすと、これ以上ないほど眉間に皺を寄せて顔を歪めていた。
「緊張感の欠片もない奴らだ」
「確かにね。でもおかげで少し肩の力が抜けたわ」
ふっと笑って、改めて白と黒の影を見る。すると、今まで揺らめいているだけだった影が、発光し始めた。光の量はどんどん増えていき、すぐに眼も開けていられないほどになる。光が見えているのは雷華だけではないようで、双子やエルの眩しいという声が聞こえてくる。雷華たちは手をかざしたり顔を背けたりしながら、光が収まるのを待った。
「汝らの望みを叶えよう、我の世界に生きる人の子よ」




