六十一話 阻ム緑ノ壁
休息できたような余計に疲れたような休憩を終え、再び浅く細い川を上流に向かって進む。
相変わらず虫や爬虫類と遭遇したが、その都度ロウジュやエル、ディーが一撃で仕留めるため、進行にそれほど影響は出なかった。雷華とマールが、死角から飛び出してきた虫に驚き、木刀や鞭を振り回して周りの人間に当てそうになったことは何度かあったが。
リオンも歩くことに慣れてきたのか転ぶ回数が減った。それだけでなく、周りを見る余裕が出てきたらしい彼は、変わった植物を見つけては、いそいそと採取し始めた。さすが知識を得ることに貪欲なリオンと言うべきか。彼くらいの行動力、精神力がなければ、聖師にはなれないのかもしれない。虫が飛んできても、前を歩くクレイの背を押して盾にするくらいの行動力がなければ。そして、顔から地面に突っ込んだクレイに「俺を殺す気か!」と怒鳴られても「気のせいです」と白を切れるだけの精神力がなければ。
そんなこんなで概ね順調に進むことおよそ一刻。太陽が真上を少し過ぎたころ、先頭を行くディーが歩みを止めた。
「うーん、行き止まりだわね」
ディーの眼前には行く手を阻むように木々が何重にも折り重なっていた。言うなれば、そう、緑の壁という表現が相応しいだろう。川はその壁の向こうから流れて来ていた。
「斬って進めそう?」
「うーん、どうかねえ。騎士の兄さんはどう思う?」
顎をさすりながらディーは最後尾にいるエルを振り返った。
「難しいと思います。ですが、他に道もなさそうですし、斬るしかないでしょう」
ディーの横まで来て木々を見たエルが、難しい顔で言う。ロウジュとルークも同じ意見らしく、エルの言葉に頷いた。
「交代でやればそんなにかからないっすよ。ていっ!」
キールが腰の後ろに差している剣を抜き、緑の壁に向かって振るう。通常であれば葉を何枚か斬り落とすはずのその行動は、しかし、誰もが予想していなかった結果に終わった。
きぃぃん、という高い音が辺りに響く。
「うあっ!?」
キールがたたらを踏んで尻もちをついた。全員が驚愕の表情になる。
「な、どうなってるの!?」
葉はキールが剣を振るう前と寸分違わずそこにあった。何事もなかったかのように、風に揺られてかさかさと音を立てている。常識ではあり得ないことだが、葉が剣を弾いたのだ。
「一体どうなっている」
ルークが警戒しながら前足で地面近くの葉に触れる。硬くはない。見た目と同じで、ごく一般的な葉の感触。だが、爪で葉を裂くことは、やはり叶わなかった。キールのときと同様に弾かれてしまう。
「私たちに進んでほしくないみたいですねー」
「あー、びっくりしたぜ」
キールが立ち上って剣を鞘にしまう。
マールの言うとおりだと雷華は思った。緑の壁からは明らかな拒絶を感じる。しかし、用があるのはこの先なのだ。何か方法を考えなければと葉を触りながら思案する。その隣りで、ロウジュが火を点けようとしてディーに止められていた。
「こんな訳の分かんねえ葉っぱに邪魔されるなんて、どうやって先に進めってんだ。なあ、どーすんだよ。いつまでも立ち止まってたら虫に囲まれちまうぜ」
「貴方は少し黙っていて下さい。ライカさん、何か思い付きそうですか?」
歩いて来た方を不安げに見るクレイに冷たく言い放ち、リオンは雷華に訊ねる。
「駄目ですね。こんなのどうしたらいいのか……」
後ろにいたリオンを振り返り、雷華は眉根を下げて首を振った。万事休す、そんな言葉が頭に浮かんでくる。と、ルークとロウジュが同時に雷華の名を呼んだ。
「どうかした?」
「冷獄の楔にあった言葉が鍵なのではないか」
「“空を斬り 幻惑を現実と成せ”」
ルークとロウジュは互いを牽制しながら口を開く。言葉が重なっていたため聞き取り難かったが、彼らが何を言いたいのかは分かった。
「なるほど。つまりライカちゃんなら弾かれたりしないってことね」
「理屈は分かりませんが、やってみる価値はあるでしょう」
「どういうことだ?」
「どういうことっすか?」
ディーとリオンは納得したように頷き、クレイとキールは意味が分からないと首を捻る。エルとマールも不思議そうにしていた。
「分かりました。じゃあ皆少し離れてもらっていいですか? 何が起こるか分からないので」
雷華は皆を後ろに下がらせ、腰から木刀を抜いた。浅い川の中に入り、行く手を阻む木々の中央前に立つ。木刀を中段に構え、息を吐いて神経を集中させ、手に力を籠める。すると、木刀が仄かに白く輝きだした。
全員が息を飲んで雷華の行動を見守る。
(冷獄の楔の石碑で与えられた力はこれだったのね)
「はあっ!」
気合いの声とともに木刀を振り上げ、壁の少し手前、石碑の言葉通り空を斬るように振り下ろす。何もない場所。だが、雷華は手ごたえを感じた。
ぴしっ、という亀裂が走るような音が聞こえ、次の瞬間――
空間が割れた。
薄い鏡のようなものが砕け、きらきらと輝きを放ちながら消えていく。そうして光が収まったあとには、行く手を阻んでいた緑の壁などどこにもなかった。
あるのは澄んだ水を湛えた泉、そしてその奥で轟々とその存在を主張している滝だった。




