六十話 黄ト橙ノ蛙
草葉の陰や空から不意に現れては襲ってくる虫を倒しながら進むことおよそ一刻半。
人一人通るのがやっとな道なき道が突如として開け、雷華たちは広場のようなところに出た。百人が大の字になって寝転がってもまだ余裕がありそうだ。巨大植物は生えておらず、代わりに背の低い草が茂っていた。
「おおっ、ここなら周りが見渡せるから休憩できそうっすね」
握っていた手綱を放り出しキールが広場の中央へと駆け出す。キールから解放された馬は足元に生えている草を食べ始めた。
「そうだな、ちょっと休もうぜ。俺もうくたくただわ」
言うなりクレイが草の上に倒れ込むように座る。続いてリオンも腰を下ろした。
「私も疲れました」
「リオン様、ヴォード伯爵、こちらをどうぞ」
虫と戦うこともなく、歩いているだけだったクレイとリオンに、率先して虫と戦っていたエルが水筒を渡す。そんな彼らを見て、ルークが耳をぴくぴく震わせながら顔を顰めた。
「だから来るなと言ったのだ」
「まあまあ、いいじゃないの。私も疲れたわ……体力的にも精神的にも」
ぬめぬめとした巨大な蛇など、思い出すだけで背筋が寒くなってくる。雷華は首を振って頭の中から気持ちの悪い蛇を追い出し、木蘭を川傍に連れていくと、手綱を放した。屈んで川の水をすくい、顔を洗う。澄んだ水は冷たく、とても気持ち良かった。
「大丈夫?」
璃寛を連れたロウジュが顔を近付けて訊いてくる。
「ええ、大丈夫よ。虫さえ出なければもっと大丈夫なんだけど」
「じゃあこれなら平気よね?」
「なに……ひいぃぃっ!」
背後からディーの声が聞こえ振り返った雷華は、彼が手にしている生物を見て卒倒しそうになった。屈んだまま後ろに仰け反ってしまい川に落ちそうになる。それを助けたのは隣にいたロウジュだった。雷華の腕を掴んで自身の方へ引き寄せた彼は、鋭い眼でディーを睨む。
「何のつもりだ」
「何って焼いたら食べれるかなーって」
「ライカにそんなものを近付けるな!」
ルークがディーと雷華の間に入り怒鳴る。
「どうしたんっすか? おっ、ディーさんいいもの捕まえたっすねー」
騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきたキールは、ディーの持っている生物を見て嬉しそうな声を上げた。彼の後ろからマールもやってくる。しかし、彼女の反応は全く逆だった。
「いやーーですーー!」
叫び声とともに彼女の鞭がしなり、ディーの手から生物がぼとりと落ちる。鞭で叩かれてもまだ生きていたそれは、どうやら怒っているらしく低い声で鳴きだした。ゲコゲコと。
ディーが持って来た生物、それは蛙だった。ただし、白色に橙色の斑点がある、ルークと同じくらいの大きさの。
「よくそんな色の蛙を食べようとか思うわよね。信じられないわ」
心底嫌そうに言う雷華に、マールが何度も頷き激しく同意を示す。
「そうかなー。意外と美味しいんじゃないかと思ったんだけど。ライカちゃん、虫だけじゃなくて蛙も苦手なの?」
「色と大きさが異常だからよ!」
お世辞にも好きとは言えないが、さすがに普通の大きさの芋虫や蛙を見たくらいで騒いだりはしない。が、足元で威嚇するように鳴いている蛙は、もはや蛙と呼べるのかすら怪しい。
「早く捨ててきて下さいー」
「ええっ、何でだよ。焼いてみりゃいいじゃんか」
「こんなの食べたらキールの馬鹿な頭がますます馬鹿になっちゃうんだから」
「俺はそんなに馬鹿じゃねえっ!」
双子が蛙を食べるか食べないかで喧嘩をし始めた。食べてみたいのであればそうすればいいと思うのだが。蛙を捕ってきた元凶とも言うべきディーに視線を向けると、彼は顎に手を当てて面白そうに双子の言い合いを見ていた。どうやら本当に食べたかったわけではなく、皆がどう反応するかが見たかっただけらしい。一番年上であるのに、なんとも子供みたいな悪戯を思い付くものだ。雷華は呆れながら足元の蛙を見て、その姿にぎょっとなった。
「ちょ、ちょっとこれ!」
雷華の慌てた声に、その場にいた全員の視線が蛙に向けられる。白と橙だったはずの蛙の肌が、黄色と赤に変色していた。
「色が変わってる」
ロウジュが雷華を庇うようにしながら短剣を取り出して警戒する。他の面々も後ずさりしながら距離を取った。色が変わった蛙は品定めをするように忙しなく大きな丸い眼を動かし続け、そして、狙いを定めると大きく跳躍した。
「っ!」
蛙が狙ったのはルーク。似たような大きさの彼ならば勝てると思ったのかもしれない。空中で口を大きく開け、ルーク目がけて何かを吐きだす。
「ルーク!」
ルークは後ろに大きく跳び、蛙が吐きだした何かをかわした。じゅっ、という音がして草が溶け、嫌な臭いが漂ってくる。蛙が口から飛ばしたのは、強力な酸の体液だった。
「ディーとキールはあんな蛙が食べたいの?」
「……おっさんは遠慮したいかな」
「俺もいらないっす……」
雷華の問いかけに二人は顔を青くして首を振った。
「殺していい?」
「お願い」
「お願いしますー!」
雷華とマールが切実な表情でロウジュを見る。彼はなおもルークに襲いかかろうとする蛙に短剣を放ち、見事串刺しにしたが、それを火に炙りたいと言い出す者はいなかった。




