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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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五十九話 葉ニ潜ム蟲

 ハーシュ村を出立して二日目の朝、雷華たち一行はついに原初の森に辿り着いた。入る者を拒むかのように流れる川を渡り、森の中に足を踏み入れる。瞬間、空気が変わったのを感じた。心地良く感じていた風がなくなり、じめじめとした風が雷華を出迎えてくる。不気味なわけでも恐怖を覚えるわけでもないのだが、何故か身体が緊張で強張り、雷華はごくりと喉を鳴らした。足元にいるルークに視線を落とせば、彼もどこか緊張しているように見えた。


「うわー、こりゃすごいっすね。馬車は置いて行くしかなさそうっす」


 荷台から飛び降りたキールが、大きく口を開けて眼前に広がる密集した木々を見上げる。どうやらなんの不自然さも抱いていないようだ。森に漂う、形容しがたい空気を自分とルークだけが感じているのは、やはり《神の宿命を持つ者》だからなのだろうか。雷華はざわつく気持ちを抑えようと、大きく息を吐いた。

 キールの言うとおり、森の中に道と言える道はなく、馬車どころか人が歩くのにも苦労しそうなことは、視界を遮ってくる背の高い植物を見れば明らかだった。


「馬はどうしますー? 木に繋いでおきますかー?」


「いえ、連れて行った方がいいでしょう。また賊が現れないとも限りませんから」


 マールの問いかけにエルが首を振って答える。

 霧の林道での襲撃を入れて、ここに来るまでに三度、賊と遭遇していた。その全てを返り討ちにはしたが、残党や新たな集団が現れないとも限らない。森の入口に繋いでおくなど、どうぞ持っていって下さいと言っているようなものだ。


「分かりましたー。じゃあ荷台を外しますねー。キール、手伝ってよ」


「へーい」


「私も手伝います」


 双子とエルが二頭の馬と荷台を離す作業をしている間、雷華、ルーク、クレイの三人は、リオンの手元にある地図に顔を寄せていた。

 ロウジュとディーは付近の偵察に行っている。 


「滝はどこにあるんでしょう?」


 地図には今しがた渡ってきた浅い川は記されていたが、滝と思えるような絵は見当たらない。


「そうですね、常識的に考えれば川の上流にあるのではないでしょうか」


 リオンが緩く蛇行して書かれている川を指でなぞる。


「そりゃそーだな。じゃ川沿いをてくてく歩いて行くか」


「遠回りになるかもしれんが、それが確実だろうな」


 クレイとルークがリオンの意見に同意を示す。雷華にも異論はなかった。

 その後、川の水を水筒に入れたり、馬に岩塩を与えたりして滝に向かう準備をしていると、偵察に行っていた二人が戻ってきた。


「いやー、びっくりした。いきなり変な虫に襲われるなんて、おっさん死ぬかと思ったわ」


「油断してるお前が悪い」


「いやいやいやいや、兄さん俺を囮にして逃げたよね!?」


「覚えてない。ライカ、ただいま」


 ディーの突っ込みをするりとかわし近づいてくるロウジュに、水を入れたばかりの水筒を手渡す。


「お疲れ様、どんな感じだった?」


「少し大変」


 微かに表情を曇らせながらロウジュは水を飲む。「俺も水が欲しいわ」といじけるディーには、キールが水筒を持っていっていた。


「そう。でも行かないわけにはいかないものね。気合いを入れて行きましょう。ディー、先頭をお願いね」


「任せてちょーだい」


 そうして雷華たちは原初の森を歩き始めた。ディーを先頭に、戦えないリオンとクレイを挟むようにして一列になる。最後尾はエルが務めた。四頭の馬は、それぞれ雷華、ロウジュ、双子が手綱を引いている。


「木蘭たちが嫌がらずに歩いてくれて良かったわ」


「そうだな」


「私は嫌になりそうですけどね」


 そう言うリオンの声には明らかな怒りの感情が含まれていた。無理もない。まだそんなに進んでいないにも拘わらず、木の根に引っ掛かったり草で滑ったりしてすでに六回も転んでいる。普段、机に向かって筆を走らせている彼が歩くには、原初の森はかなり難易度が高かった。

 それにもう一つ、彼が森を嫌になる原因があった。とはいえ、それを嫌がるのはリオンだけに限ったことではないのだが――

 地面を覆うように茂る葉が、かさかさと音を立てて動く。


「また出たですー!」


 マールが悲鳴に近い叫び声を上げて、腰の後ろに下げている鞭を手に取り、動く葉に向かって振り下ろす。びしっという鋭い音の後に葉の下から転がり出てきたのは、黒犬姿のルークの二倍はあろうかという大きさの芋虫だった。真っ赤な色をしており、かなり気持ち悪い。芋虫は二、三度痙攣して動かなくなった。


「上にもいるぜ!」


 クレイが指差した先には紫色の羽虫がいた。こちらもかなり巨大だ。ディーが跳躍して大剣を振るい、羽虫を真っ二つに斬る。


「早く進みましょう。こんなところで夜を迎えるなんて絶対に嫌!」


 そう、原初の森には虫が大量に生息していた。しかもそのどれもが驚くほどに大きく、そして派手な色をしており、見ただけで寒気がするようなものばかりなのだ。


「確かにここは極彩の森だわ。入るまでは植物が極彩色なんだとばかり思ってたけどね!」


 半泣きになりながら木刀を構える雷華の前には、黄色と青色が入り混じった色の蛇がうねうねと体をくねらせていた。  

  

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