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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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五十八話 霧ニ霞ム群

 それぞれが何らかの想いを胸に抱いて過ごした翌日の朝は、雲一つない空に眩いばかりの太陽が輝いていた。見ているだけで、不安も心配も暗澹あんたんたる気持ちも、何もかもが綺麗さっぱり消えてなくなるような気がしてくる。向かう未来さきは明るいのだと、そう思えてくる。清々しい、朝。


「よし、じゃあ出発!」


 かけ声とともに雷華は木蘭の腹を蹴った。目指すは原初の森、そのどこかにある禁忌の滝だ。



「ライカちゃん、知ってた? 宿の主人から聞いたんだけど、原初の森は昔から一度入ったら二度と出て来れない森って言われてるんだって」


 御者台に座るディーが、馬を操りながら物騒なことを言い出した。


「どうして出て来れないの?」


「方向感覚があやふやになって森の中を彷徨った挙句、獣に喰われるんだってさ」


 原初の森には巨大植物が多く繁殖しており、それらの葉や花が進む者の視界を遮ってくるらしい。結果、植物の陰などに潜んでいた獣に襲われてしまうのだとか。


「私たちも気をつけないといけないわね」


「そうだな」


 ハーシュ村から原初の森に続く林道を、二頭の馬と一台の幌馬車が軽快に進んでいく。

 昼食を兼ねた休憩を挟み、ディーと交代したキールが御者台に座ってから一刻ほど過ぎたころ、辺りの景色が変わり始めた。薄靄うすもやがかかったように視界が悪くなったのだ。


「前が見えにくいわね」


「常に霧が出てるところがあるって村人が言ってた」


 並走するロウジュが璃寛りかんを雷華とルークが乗る木蘭に近づける。すぐ後ろを走る幌馬車を振り返ると、クレイが中腰になって幌から顔を出していた。


「あのさー、おれ嫌な予感がするんだけど」


「私も同感です」


 クレイの言葉にエルが頷く。座ってはいても、すでに彼の手は剣の柄にかかっていた。


「そいえばさ、さっき言わなかったんだけど、宿の主人がもう一つ教えてくれたことがあってさ。原初の森には希少な花や薬草がたくさん生えてて、取ってこれば高額で売れるらしいのよ」


 ディーが荷台の床に寝かせていた大剣を拾いながら話す。


「それがどうかしたのですか」


 リオンが続きを促すと、ディーは悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべながら指で頬をいた。


「つまり、危険なところに入ってまで金儲けをしたい連中が森の近くをうろうろしてるってこと。そんな奴らが俺たちを見たらどんな行動に出るか――」


 ディーの言葉が終わらないうちに、林道の左右から殺気が膨れ上がり、数本の矢が飛んできた。


「そういう大事なことはもっと早くに言えよな!」


 幌の外に出していた頭を引っ込めながらクレイが怒鳴る。彼の言い分はもっともだが、今は向かってくる人間をどうにかする方が先だ。大剣を抜いたディーは鞘を荷台に捨てて、走る馬車から飛び降りた。エルもすぐあとに続く。


「少年、先に行きなさいな。伯爵さまと聖師どのこと頼んだわよ」


「わ、わかったっす!」


 キールは馬に鞭を入れ、速度を上げた。幌馬車は霧に包まれ、あっという間に見えなくなる。


「追わせない」


 霧で白くぼやける視界の中、動いた黒い影にロウジュが素早く短剣を投げた。「ぎゃっ!」という声と、どさりという音がする。どうやら落馬したらしい。


「ロウジュ、ルーク、何人いるか分かる?」


 雷華は木刀を腰から抜いて、辺りを油断なく見渡す。木蘭から降りようかとも思ったが、すぐに乗ることが出来ないため、得策でないと判断した。いざというときにもたもたと乗ってなどいられない。


「十人か十一人」


「同意見だ。だがすぐに減る」


「どういうこと?」


 と、訊いたそばから悲鳴が聞こえてきた。複数の人間が動きまわているのは気配と影で分かるが、それが誰なのかまでは霧に阻まれ見ることが出来ない。


「ディナムとあの男が両脇の林に――ライカ、二人来るぞ!」


 言い終わるが早いかルークは木蘭の背中を蹴って跳躍する。ロウジュも手首をしならせて短剣を放った。


「ぐおっ!」


「ぐはぁっ!」


 霧の中から見るからに悪人そうな男が二人、苦悶の表情を浮かべながら現れる。雷華は彼らの肩に木刀を振り下ろした。骨が折れる鈍い音がする。


「これに懲りたらもう人を襲うのを止めなさい、いいわね?」


 絶叫して地面を転がる男二人にそう言って、雷華は視線を前に向ける。すでに殺気はなくなっていた。


「終わった?」


 ふう、と息を吐いて緊張を解こうとすると、霧の中に二つの影が見え、咄嗟に木刀を握る手に力が入る。しかし、現れたのは敵ではなかった。


「騎士の兄さん、何人倒した?」


「四人です」


「俺は五人。結構な人数だったわね。腕は大したことなかったけど」


「そうですね」


 のほほんとした会話をしながら歩いてくるディーとエル。息一つ乱れていないのは流石と言う他ない。二人が無事だったことにほっとしながら雷華は木刀を腰に戻した。


「ディーもエルさんも怪我してない?」


「はい、大丈夫です」


「ライカちゃんが介抱してくれるならわざと怪我しちゃ、ぎゃっ! ちょ、いま腰がぐきってなった! ライカちゃーん、助けてー」


 後ろからルークに跳び蹴りされたディーが、わざとらしく大剣を杖のようにしてよろめく。


「じゃ、早く馬車を追いかけましょう。キールとマールがいるから大丈夫だとは思うけどリオンさんたちが心配だわ」


 雷華の言葉に「ああ」「うん」「はい」と、二人と一匹は返事を返す。誰もディーを心配しない。彼が犬の蹴りくらいでどうこうなるような人間ではないと知っているからだ。これも信頼の一つと言えるだろう。


「ディー、置いて行くわよ」


「待って待って、霧の中で一人はいやー!」


 




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