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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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五十六話 私ノ俺ノ路2

 ハーシュ村に一軒しかない酒場『静寂の道標みちしるべ』。食堂を兼ねた酒場は数軒あるが、酒しか出さないのはここだけだ。

 薄暗く小ぢんまりとした店内には店主が一人と客が五人ほど。そのうちの二人がリオンとクレイだった。

 隣り合わせに座り、特に会話することもなくグラスを傾けている。彼らだけではない。他の客もそれぞれ想いにふけりながら静かに酒を減らしている。店名の通り、ここは静寂が良く似合う店だ。


「なあ」


 グラスに視線を落としたままクレイがぽつりと口を開く。 


「何でしょう」


 同じように手の中にあるグラスを見たままリオンが応じる。しかし、クレイが酒を一口飲んでから発した言葉は「やっぱ何でもない」だった。


「どうしたんですか? 貴方が言いたいことを言わないなんて、気味が悪いですよ」


「お前って奴は、本っ当にきっつい言い方するよな。普通、友に向かって気味が悪いとか言うか?」


 クレイが呆れながら横に座る聖師を見れば、彼は心外だと言わんばかりの顔をしていた。


「何言ってるんですか。友だから言うんです。親しくもない人間にこんな言い方しませんよ」


「……確かにお前は昔っから猫被るのが上手かったよな。おかげで俺やルークがどれだけ悲惨な目にあったか」


 昔を思い出してクレイは深々と溜息を吐く。楽しかった記憶もたくさんあるが、散々な思いをした記憶も少なからずある。今となってはどちらもいい思い出と言えなくもないのだが。


「そうでしたか?」


 グラスに口を付けていたリオンがしれっとした表情で首を傾げる。


「そうでしたよ。はぁ、まあいいや、お前に口で敵わないのはとっくに分かってることだしな。俺が言おうとしたのはよ……俺たちのもう一人の友のことだ」


 クレイは盛大に首を振って肩を竦めると、一転して真剣な顔になった。

 店の扉が開き、新たな客が一人入ってくる。店主にいつものをくれと言っていることから、村の人間なのだろう。客はクレイとリオンを一瞥し、無言で入口近くの席に腰を下ろした。 


「ルークですね。まあ、そうだろうとは思っていましたけど。で、彼がどうかしたのですか?」


「あいつ、大丈夫かなって。もうすぐ終わるだろ」


 何がとは言わない。だが、それで十分だった。


「そうですね、終わり方によっては大丈夫ではないのではないでしょうか」


「おいおい、そりゃあ」


 あんまりだと言いかけたクレイをリオンは手で制する。


「話は最後まで聞いて下さい。たとえ大丈夫ではなかったとしても、私たちが支えてあげればいいでしょう? 友なのですから」 


 そう言ってリオンはグラスの中身を一気に飲み干し、店主におかわりを頼んだ。薄っすらと顔が赤いのは酔っているせいなのか、それとも照れているからなのか。


「……お前って、いい奴だったんだな」 


 リオンの前に新しいグラスが置かれるのを待ってから、クレイが口を開く。


「今ごろ分かったのですか」


「…………いや、知ってたさ」


 ふっと笑いクレイがグラスを掲げる。リオンも笑みを浮かべて己のグラスを掲げた。かちりと音を立てて二つのグラスが重なる。

 その後、二人は夜が更けるまで、心地良い静寂に身を委ねていた。



 ルークとロウジュは雷華のいない部屋で無言のときを過ごしていた。本当は彼女について行きたかったのだが、一人になりたいと言われ、しぶしぶ部屋に戻ったのだ。しかも、今日に限って同じ部屋だったりする。どちらかがどこかに行けばいいのだが、意地の張り合いなのか何なのか、二人とも動こうとはしなかった。

 

「お前」


 ロウジュが短剣の手入れをしながら口を開く。


「何だ」


 窓枠に腰掛けているルークは、窓の外に眼を向けたまま不機嫌そうに返事した。


「ライカが帰ると言ったらどうするつもりだ?」


 動かしていた手を止め、ロウジュはルークを見た。思いがけない問いに、ルークの眉間に皺が寄る。


「……何故そのようなことを訊く」


「少し気になっただけだ」


「分からん。無論こちらに残ってほしいが、それを強要することは出来ないだろう。お前はどうするのだ」


 窓枠から立ち上り、ロウジュに近づく。


「最初は力尽くでもと思っていたが……」


「いたが?」


「俺も分からなくなった」


 鈍い輝きを放つ短剣に視線を落とし、ロウジュはぽつりと呟いた。ルークも小さな声で「そうか」とだけ答える。


「ライカのことは好きだ。だから彼女が哀しむ姿は見たくない」


「……そうだな」


 ルークも同じ気持ちだった。彼女を本当に愛しているからこそ、苦悩する。傍にいて欲しい、でも、あちらの世界を懐かしんで涙を流してほしいわけではない。自分の幸せと彼女の幸せ。優先すべきはどちらなのか頭では分かっているのに、心がそれを認めようとしない。

 近くて遠い、世界違いの恋。


「でも、もしライカがここに残ると言ったら」


 そこで一度言葉を区切ると、ロウジュは左手に持っていた短剣の刃先をルークの胸にぴたりと向けた。手首に巻かれた紅玉石が、部屋の灯りを反射して輝く。


「そのときは絶対にお前には渡さない」


 真っ直ぐロウジュはルークを見る。ルークも真っ向からロウジュを見返した。王子と元暗殺者。身分は違えど、恋にそんなものは関係ないのだ。 


「その言葉、そっくりお前に返すぞ」


 ルークの首元でも紅玉石がきらりと輝いた。


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