五十三話 話シ合ウ昼
「後のことは頼んだぜ、バルーレッド」
「承知致しました。どうか、お気をつけていってらっしゃいませ」
別れの挨拶を交わす主と執事の姿を、七人と一匹がそれぞれ違った表情で見る。
どれだけルークやリオンが来るなと言っても、――といってもルークは黒犬の姿のため吠えているようにしか聞こえなかったが――クレイは行くの一点張りで頑として己の主張を覆そうとはしなかった。ただでさえ目立つ集団なのにこれ以上目立ってどうすると、雷華が「一緒に来てもらってもいいと思いますけど」と仲裁に入るまで、二人は延々と「行く」「来ないで下さい」のやり取りを続けていた。
「では、私はこれで失礼致します」
深々と一礼したバルーレッドが馬車へと戻っていく。執事を乗せた黒い馬車は、広場にいる人々の注目を浴びながら港の方へと消えていった。
「なんか大人数になったわねえ」
「お前が言うな」
腰に手を当てて他人事のように言うディーを、ロウジュが紫水晶の瞳で睨む。
「いいじゃないですかー。旅は多い方が楽しいって言いますからねー」
確かにマールの言うとおりだと雷華も思うのだが、彼女のほんわりとした言い方は、まるでこれから行楽にでも行くかのようで、緊張感の欠片もない。ルークの眉間に何本もの皺がつくられる。
「旅の目的が分かっているのか」
「エルさん、地図見せてもらえますか?」
顔にでかでかと不満と書いてあるルークとロウジュを横目で見ながら特に彼らに何かを言うこともなく、雷華はエルが持っていた折りたたまれた紙を指差した。
「分かりました」
エルは四つ折りになっていた地図を開いて、どうぞと雷華に見せる。
「えーっと、極彩の森……じゃなくて原初の森は、っと」
「ここですね。この町から真っ直ぐ南に行けばよさそうです」
地図の上で視線を彷徨わせていると、横から手が伸びてきてほぼ中央辺りをすっと指し示した。細長い指は紙の上を滑り、ケイラーダと書かれた場所で止まる。
「途中にハーシュって町がありますね。何日くらいで行けると思いますか?」
地図から顔を上げてリオンを見る。
「馬で二日くらいだと思うぜ。そこと同じくらいの距離にあるレミエリュンヌまでがそうだったからな」
雷華の後ろからひょいと顔を出したクレイが、ケイラーダから東南東にある場所を指でとんとん叩いた。
「確かに地図で見る限りは距離はほぼ同じようですね。馬で二日となると徒歩では五日ほどでしょうか」
「そんなもんだとは思うけど、聖師どのと伯爵さまに歩きはきついんじゃない?」
エルの言葉にディーが難色を示す。確かにリオンとクレイが五日間歩き続けられるとは思えない。
「確かに私はあまり体力がありません。出来れば徒歩以外で行きたいですね」
「大人しくここで待っていればいいのだ」
ルークが苦虫の行列を片っ端から噛んだような表情で、三角の耳をぴくぴくさせている。声が小さいのは本人に聞こえないようにしたつもりなのだろう。黒犬の姿なのだから、リオンには何を言っているのか分からないはずなのだが。
「乗合馬車を使ってもいいけど、ハ―シュを出た後のことを考えると、やっぱり自分たちの馬車があった方がいいよな」
腕を組んで一人頷くクレイ。すると、それまで会話に参加していなかったキールが、突然「はい!」と手を上げた。
「じゃあ俺が調達してくるっす。そういうのは得意なんすよ」
「へえ、そうなの。じゃあお願いしようかね。それでいいわよね、ライカちゃん」
「ええ。お願いね、キール」
「任せて下さいっす!」
魂を抜かれて廃人のようになっていたつい先ほどまでとは別人のように活き活きとして、キールは人ごみの中へと駆け出していった。
「キール一人じゃ心配なんで、私も一緒に行ってきますねー」
「分かったわ。私たちは酒場通りで宿を探してるから」
「はいですー」
マールが弟の後を追って広場を大通りの方へと走っていく。ちょこちょこと走り人と人との間をすり抜けていく彼女の姿は、雷華に小動物を連想させた。
酒場通りに行き、立ち並ぶ宿の中から評判のよさそうなところを探していると、まだ陽が高いにも拘わらず、夜の商売をしているであろう色香たっぷりの女性が大勢声をかけてきて雷華は少なからず驚いた。彼女たちは建物の二階の窓から「兄さんたち、あたしと遊ばない?」と秋波を送ってくるのだ。ロウジュとリオンは完全無視、エルは顔を赤くして俯き、クレイとディーは余裕面で手を振っていた。
「いやあ、ケイラーダの女の子は可愛い子が多いねえ」
「確かに。お前のことは気に食わねえがその意見には賛成だぜ」
「はいはい、良かったわね」
「なになに、もしかしてライカちゃん嫉妬してる? 大丈夫だって、おっさんの一番はライカちゃんだけ――ぎゃあっ!」
にやにやしながら雷華の肩を抱こうとしたディーの背中に、ルークの飛び蹴りとロウジュの蹴りが入ったのは言うまでもない。
「馬鹿の集まりですか」
「……すみません」
冷やかな眼つきのリオンに、自分が何かをしたわけでもないのに思わず謝ってしまう雷華だった。
通りの隅に置かれた樽の上で丸くなっていた猫が、退屈そうに欠伸をしていた。




