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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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五十二話 商イ励ム男

 二頭立ての黒い馬車は広場の斜めに横切るような形で港通りに入ろうとする。しかし、何故か馬車は通りに入る直前で急に停止した。その様子を見るともなしに見ていた雷華は、何か問題でも起きたのだろうかと、首を傾げながら持っていたカップに口をつけたのだが、馬車から降りてきた人物を見て、含んだ果物水を噴き出しそうになった。


「ええええっ!?」


「な、何故奴がここに」


 雷華の隣で伏せていたルークが素早い動きで起き上がる。その拍子に彼用に地面に置いていたカップが倒れ、中から橙色の液体が零れ階段に染みを作った。


「ライカ、無事だったんだな!」


 小走りで駆け寄ってくる、燃えるような赤い髪の男。そう、馬車に乗っていたのは、ルークたちを船でイシュアヌからクルディアまで送ったあと、先に帰ったはずの、マーレ=ボルジエはソルドラムの若き領主、クレイ・ヴォードだった。彼の後ろからは、相変わらずかっちりとした服をきっちり着こなしているヴォード家の執事バルーレッドが、静かな足取りで近づいてくる。


「ライカ様、ご無事で何よりでございます」


 執事は唖然としている一同の前で一礼すると、そう雷華に話しかけた。


「あ、ありがとうございます、バルーレッドさん。それにしても、どうしてここに? 帰ったんじゃなかったの?」


 驚きから立ち直り、当然の疑問を口にする。 


「いやあ、上手くいったみたいでよかったよかった。俺の作戦通りだな。本当は俺も一緒に行きたかったんだけどよ。どうしても外せない用事があってさあ。あ? いや俺、帰るなんて一言も言ってねえぜ? 一緒に行けねえとは言ったけどな」


 満足そうに頷いていたクレイが、ぱたぱたと手を振って雷華の言葉を否定する。そうなのかと、確認するように彼の船に乗っていたルークとロウジュに視線を向ければ、彼らは揃って首を横に振った。


「そうだったか? まあ、どっちでもいいじゃねえか。細かいことは気にするなって。んで、ライカたちこそ、なんでこんなところにいるんだ? ってか、そいつ誰?」


 黒髪組の疑惑の眼差しを軽く受け流し、クレイは顎をしゃくってディーを見る。


「え、ああ、彼は――」


「ライカを攫った奴」


 身も蓋もない言い方で紹介をするロウジュ。


「は?」 


「いやまあ、そうなんだけどね」


 眼を点にして驚いているクレイに、クルディアでのいきさつを簡単に説明する。途中でマールとエルが買い物から戻ってきて、そのすぐ後にリオンとキールも合流した。キールは船に乗っていたときよりもやつれて見えたが、誰も――事情を知らないクレイでさえも、そのことについて話題にしようとはしなかった。

 

「なるほど、あんたがバルディオ・ヴェルク将軍だったのか。ふーん、そうかそうか。俺も名乗った方がいいかい?」


 一通りの説明を終え、改めてディーを紹介したところで、クレイは挑戦的な眼で将軍を見る。


「知ってる。ライカちゃんと一緒に生誕祭に来てたクレイ・ヴォード伯爵でしょ」


「さすが誘拐犯。お詳しいこって」


 嫌みたっぷりの口調でクレイが言う。二人とも口元は笑っているが、眼が全く笑っていない。どうにもよくない雰囲気を感じ、雷華が止めに入ろうかと思っていると、リオンが先に口を開いた。

 

「そんなことよりもクレイ、先に帰ると言っていた貴方がどうしてこの国にいるんです?」


 聖師の神々しいまでの笑顔は、他のどんな人間の怒りの表情より恐ろしい。彼と“お話”していたキールが、話しかけられたわけでもないのに「すいませんすいません」と条件反射的に謝っていることがそれを物語っている。


「えっ、いや、だから俺は帰るなんて言ってない……」


 ディーに対しては威勢の良かったクレイが、顔を引きつらせながら答える。


「いいえ、確かに言いました。何ならそのときの会話を一言一句正確に再現しましょうか?」


 思わず平伏したくなるほどの、迫力のある笑み。勝つことなど到底無理であることを、長年の付き合いから嫌というほど知っているクレイは、がっくりと項垂れた。


「……ゴメンナサイ」


「分かればいいんです。ではもう一度お訊きしますが、どうして貴方がこのヴィトニルにいるのですか?」


「こことレミエリュンヌの領主とに会う約束を前々からしてたんだよ。うちの特産品のソルドの花をこの国でも売ろうと思ってさあ。おかげさんでどっちの領主ともうまく商談が纏まったわ。交換条件としてケイラーダの魚の燻製とレミエリュンヌの酒を仕入れることになったけど、両方とも一級品だからな。売れること間違いなしだぜ」


 上機嫌で親指を立てる若きソルドラムの領主は、商才も立ち直りの早さも人一倍あるらしかった。さすがのリオンも呆れた様子だ。


「お前という奴は」


 ルークが唸りながらクレイを睨む。雷華よりも商談を優先したことに腹を立てているらしい。


「俺がついて行っても絶対邪魔になってたって。ルークやロウジュみたく馬鹿みたいに強くねえし、リオンのような世にもおっそろしい話術があるわけでもねえし。ただ待つってのも俺の柄じゃねえしよ」


 褒めているようで全く褒めていない。わざとなのだろうが、勇気があるなと雷華は感心した。


「ま、終わったことだし、もういいだろ? それよりライカたちはこれから“極彩の森”とかいうところに行くんだよな。それってどこにあるんだ?」


 今度は俺も一緒に行くぜと意気込むクレイに、ルーク、ロウジュ、リオンの二人と一匹が、が来なくていいと言い返したのは、ある意味当然のことかもしれなかった。       

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