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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
全てを知り未来を選ぶに至った理由
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五十一話 口ハ禍ノ元

サブタイトルは「クチハワザワイノモト」です。

 太陽が真上で燦然さんぜんと輝くころ、ダンザの船がケイラーダの港に滑らかに着岸した。下船して桟橋に足をつけると、まだふわふわと身体が揺れているような気がした。しかし、四日ぶりの地面は雷華に確かな安心感をもたらしてくれた。


「ダンザ船長、船員の皆さん、ありがとうございました」


 甲板で手を振る船員と、腕組みをして仁王立ちしているダンザに頭を下げる。彼らは水と食料の補給だけして、すぐにクルディアに戻ることになっていた。ダンザはディーの戻りを待つつもりだったらしいのだが、当のディーに帰れと言われたのだとか。それを聞いた雷華が、ディーにどうやって帰るのかと訊ねると、「定期船もあるし、なんとでもなるわよ」というなんとものんびりとした答えが返ってきた。


「いいってことよ。姉ちゃん、気を付けてな」


「はい、皆さんも気を付けて帰って下さいね」


「あんがとね船長。またなんかあったら頼むわ」


 船員に手を振り返す雷華の横で、首を鳴らしながらディーが軽い調子で言う。


「構わんが、次は金取るからな」


 にやりと笑うダンザ。


「えーっ、俺と船長の仲じゃない」


「知らん」


 にべもなく言い切られ、がっくりと肩を落とすディーを見て皆が笑い声を上げた。

 名残惜しくはあったが、ダンザや船員と別れ、桟橋を歩き陸地に足を踏み入れると、赤色の制服を着た兵士が、身分証の提示を求めてきた。兵士はそれぞれ発行国の異なる雷華たちの身分証を見てかなり訝しんでいたが、聖師の「何か問題でも?」の一言であっさりと入国を許可した。リオンの笑顔に勝てる者などこの世界にいないのではないかと確信しかけるほど、見事な手際だった。


「リオン様って脅しが爽やかっすよねー」


 港から町の中心に向かう道すがら、船から解放されて復活したキールが、尊敬のまなざしをリオンに向けた。エルと話しながら歩いていたリオンの足がぴたりと止まる。他の面々はキールの発言にぎょっとなって当事者の二人から離れた。露店の並ぶ少し生臭い通り――魚を扱う店がほとんどのため――を行き交う人々が、一行に奇異な視線を向けながら通り過ぎていく。


「そうですか?」


 リオンは笑顔でキールを見る。が、眼が全く笑っていない。


「ほんと凄いっすよ。剣で脅すよりも効果があるんじゃないすか? 恐喝者も真っ青な脅しっぷりっす」


 羨ましいっす、と屈託のない笑みを浮かべるキール。彼は気付いていない。己がどれほどの禁句を口にしているのかを。

 ヴィトニルは温暖な気候なはずなのに、リオンの周囲からはひんやりとした空気が漂ってくる。寒いと感じたわけではないと思うが、ディーが手綱を引いていた木蘭が、鼻を鳴らして首を振った。

 これ以上キールを喋らせると、確実に彼の寿命が短くなる。そう思った雷華は、ごくりと唾を飲み込むと意を決してリオンに話しかけた。


「あ、あのリオンさん。通行の妨げになってるのでそろそろ行きませ――」


 しかし、凄みのある笑みを向けられ、最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。


「そうですね、ここでは何かと都合が悪いので、あの路地にでも行きましょうか。あ、皆さんは先に行っておいて下さい」


「……はい」


 (ごめんキール)


 雷華はキールの救出を諦めた。「え? え?」と一人状況が理解できていないキールを残し、止まっていた足を動かす。「お姉ちゃんは一人でもちゃんと生きていくからー」とマールが弟に言い残していた。


「キール、大丈夫かしら?」


 歩きながら後ろを振り返ると、すでに二人の姿は通りから消えていた。


「死にはしないだろうが……」


「自業自得」


「あの、やはり止めた方が良かったのでは?」 


「ライカちゃんで無理だったんだから、俺たちの誰が言っても聞かないでしょ。それどころか少年の道連れになるわよ、多分」


 ディーの言葉に、ルークが「あり得る」と盛大に顔を顰めて頷く。その様子から彼が経験済みであることは容易く想像できた。 

 このあと、しばらくの間ケイラーダの港では、賊が出たらしいとの噂でもちきりになった。世にも悲痛な「すみませんでしたああぁぁぁっっ!」という声がどこからともなく聞こえてきたのだとか。しかし、賊の姿を実際に見た者は誰一人としていなかった。

 港から続く通りを抜けると、楕円形の大きな広場に出た。ここにもたくさんの露店が出ていたが、こちらは軽食や雑貨、装飾品を主に売っているようだった。広場を中心として十字に通りが伸びている。通りかかった人に訊くと、雷華たちが今通ってきたのが港通りで、広場を挟んで反対にある商店が軒を連ねる通りが大通り、向かって左側にある緩やかな上り坂になっているのが領主の館に続いている領主通り、その反対側が宿と酒場が集まる酒場通りということだった。

 どこに行くにしてもリオンとキールを待った方がいいだろうということになり、雷華たちは思い思いに広場の階段に腰を下ろした。待っている間にマールがヴィトニルの地図を買ってくると言い、それにエルが同行を申し出る。残った三人と一匹は、露店で売っていた果物水を飲みながら、のんびりと平和なひとときを過ごした。

 道行くケイラーダの人々は皆、赤や青、黄、紫など色彩に富んだ服を着ていた。一言で言えば派手。兵士の制服が赤色というところからして、この国の人間が明るい色を好んでいるのだということが窺える。


「主張が激しいというか。隠密には向かない色よね」


 巡回している兵士を眺めながらどうでもいいことを呟く。と、そこに、領主通りから一台の馬車が広場へと入ってきた。


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