四十五話 去ル氷ノ国
「ええっ、本気ですか?」
木蘭に乗ろうとしたところで、雷華が驚きの声を上げる。てっきり残るとばかり思っていたリオンが、一緒に行くと言うのだ。
翌日の朝早く、王城の裏庭で一晩を過ごしたヴィシュリと、ルークたちが城に来て以来、厩舎に繋がれっぱなしだった木蘭と璃寛の周りには、雷華、ルーク、ロウジュ、リオン、エル、そしてディーの姿があった。警備の兵士たちがちらちらと視線を向けてくる。クルディアには翼竜がいないらしいので、物珍しいのだろう。また、雷華や、中にはリオンの顔を見て、顔を赤らめる兵士もいた。
「ええ、シェラルダ女王陛下にはいつでも来てよいと許可をいただいています。凍土の地はこれからも調べることが出来ますが、貴女との旅は今しか出来ないでしょう?」
眩しいほどに綺麗な笑みを見せるリオン。少し離れた場所から、からんからんという地面に何かが当たる音が聞こえてくる。雷華がそちらに眼を向けると、兵士が慌てて槍を拾っているところだった。
「それは確かにそうですけど。結構危険かもしれませんよ?」
一緒に行くことが嫌なのではない。リオンが危険な目に遭うことが嫌なのだ。
「ライカ、グレアスは一度言い出したら滅多なことでは引かん」
黒犬姿のルークが雷華の服の裾を前足で引っ張り、嫌そうに顔を顰めながら首を振った。諦めろと言いたいらしい。
「ルーク……分かりました。じゃあ、よろしくお願いします、リオンさん」
ふう、と息を吐き頭を下げる。リオンが危険な目に遭うことは嫌だが、物知りな彼が一緒に来てくれるのは頼もしかった。
「こちらこそ。では、ザーラグの町まで飛んで下さい」
「分かりました」
エルはヴィシュリの背に乗り、上からリオンを引っ張り上げる。同じように飛び乗ろうとしたディーだが、ふと動きを止めて視線をルークに向けた。彼はヴィトニルに向かう船の手配をする役目を自ら買って出ていた。将軍として色々することがあるのではないかと一度は断ったのだが、シェラルダやエレミヤから力になるよう命を受けているからと嬉々として言われてしまい、じゃあと言葉に甘んじることにしたのだ。
「そいえばさ、王子さんたちって自分たちの船で来たんだよね? 生誕祭の関係で、あのときイシュアヌからの定期船はまだ再開してなかったでしょ」
「ええ、その生誕祭に列席していた友人、いえ腐れ縁の男の船で来ました。ですが、その男は私たちをザーラグに送り届けた後、マーレ=ボルジエに帰ってしまったのですよ」
ヴィシュリの上から聖師が、これ以上ない笑みを浮かべながら殺気を放っている。彼ならば笑顔で人を殺すことも、あながち不可能ではないかもしれないと、リオンの笑みを見た全員が感じた。
「そ、そうなんだ。じゃあ騎士の兄さん、早く行こう。ライカちゃん、先に行ってるわね」
ディーは顔を引きつらせつつ翼竜に乗り、エルを急かした。すぐにヴィシュリが土埃を舞い上がらせながら宙に浮かぶ。
「よろしくね、ディー」
「皆さん、失礼します」
三人を乗せたヴィシュリは、高度を上げて大空へと優雅に飛び去っていく。それを見ていた兵士の間から小さなどよめきが起こった。
「さてと、私たちも行きますか」
革袋にルークを入れ、木蘭に跨る。
「ああ、そうだな」
「行こう」
木蘭に乗るのは久しぶりだったが、腹を蹴ると嫌がることもなく素直に走り出した。璃寛に乗ったロウジュが隣を走る。
王城の正門まで来たところで、雷華は手綱を引いて馬の速度を落とした。見知った人物がいたのだ。
「ライカさん、短い間でしたが貴女をお護りすることが出来たことを、私は誇りに思います。どうかお元気で」
「お、俺も貴女のことは一生忘れません! ありがとうございました!」
正門の両脇で胸に手を当て敬礼するゼフマーとフォレス。わざわざ自分たちを見送るために出向いてくれたのだと思うと、胸が熱くなった。
「ゼフマーさん、フォレスさん、今までお世話になりました。お二人とも、お元気で」
二人に頭を下げ、木蘭の腹を強く蹴る。木蘭は短く嘶いて勢いよく走り出した。後ろから視線を感じながら、雷華は王城を後にした。
「最後はヴィトニル、か」
王都を駆け抜けながら声には出さず口だけ動かす。
冷獄の楔にあった石碑に書かれていた極彩の森は、ヴィトニルにある原初の森のことだと、リオンが帰りの洞窟で教えてくれた。禁忌の滝裏というのは聞いたことがないと言っていたが、近くまで行って誰かに訊けばいいだろう。
翼竜で行ければ早くて楽なのだが、ヴィトニルは船以外での入国を禁じていた。島国という性質上なのか、はたまた全く別の理由があるのかは分からないが、海を神聖視しているらしく、海水に清められていない身体で島の土を踏むことまかりならぬ、という分かるような分からないような掟があるのだそうだ。
クルディアの港町ザーラグまでであれば、全員で翼竜に乗って行くことも可能だったが、その場合、木蘭と璃寛を置いていくことになる。さすがにそれは出来ないと、二手に分かれてザーラグに向かうこととなった。
「どんな国なのかしらね」
雷華の呟きは誰の耳に届くこともなく、白い息とともに澄んだ寒空へと消えていった。




