表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
旅の終わりを感じるに至った理由
42/69

四十一話 襲イ迫ル獣

 黒から白の世界に飛び出す。眩しさで一瞬眼がくらんだ。乱れた呼吸を整えながら、瞬きを繰り返し眼を明るい世界に慣れさす。

 そうして改めて見た白い世界はーー白一色ではなかった。


「はあっ、はあっ、た、助かっ……エルさんっ!?」


「ディナム!」


 命からがら楔から出た雷華が眼にしたのは、十数の大きな獣に囲まれているエルクローレンの姿だった。剣を構える彼の足元には、数頭の死骸が横たわっており、辺りの雪と氷を血色に染めている。


紅燐虎こうりんこがこんなに群れを成すなんて」


「これが紅燐虎……確かに尾は紅いわね」


 雪の中でゆらゆらと揺れる紅い尾は、可愛いと言えなくもない。だが、鋭い牙と長い爪、そして何よりもこちらに向けられている恐ろしい顔が、間違いなく獣が獰猛どうもうであることを物語っていた。

 後ろでは、岩塊に記されていた通り、冷獄の楔が崩壊の音を轟かせている。崖下に果てしなく広がる海に落ちていった楔の欠片たちは、二度と陸地へと戻ってくることはない。吹雪は止み、凍りついた土は解け、やがて緑豊かな大地へと姿を変えていく。今すぐには無理でも、そう遠くない未来には、それが現実となっているだろう。伝承風に言うならば、楔に繋がれていた男の執念は消え、神の怒りが解かれた、というところか。

 しかし、神の怒りは解かれても、違う怒りが新たに生まれたようで、どうやら生命いのちの危機は簡単には去ってはくれないらしかった。エルを囲っていた約半数の紅燐虎の眼が、楔の中から現れた雷華たちに向けられる。


「皆さん、ご無事でしたか!」


「エルさんこそ、大丈夫なんですか!? ヴィシュリは!?」


 腰から木刀を抜き、構えながら叫ぶ。吹雪くほどではなかったが、それでもまだ雪は降り続いている。雪と氷に覆われた地面は、全力で走ることすらままならない。これだけの悪条件の中で、己の身の丈の倍以上もある獣を倒せるエルは、間違いなく騎士の名に相応しい強さの持ち主だ。


「ヴィシュリは上にいます」


「上?」


「話はあとあと。ほら、来るわよ。聖師どのはこれ持って下がってて下さいな。ライカちゃんも下がってなさい」


 鞘をリオンに渡し、ディーが両手で大剣を構える。口調は軽くても眼は真剣そのものだ。油断出来る相手ではないということが、彼の表情から窺える。雷華はぐっと腹に力を入れ、木刀を強く握り直した。


「大丈夫よ、油断さえしなけれ、ばっ!」


 咆哮を上げて襲いかかってきた紅燐虎を最小限の動作でかわし、渾身の力で横腹を突く。よろめいたところに、今度は上段から振り下ろした。


「やるねえ」


 口笛を吹く真似をしながらディーが紅燐虎の喉に剣を突き刺し、止めをさす。白かったの大地が赤色に変わり、錆びた鉄の匂いが雷華の鼻を刺激する。けして慣れることのない死の匂い。しかし、殺すことを躊躇っていてはこちらの命が危ないのだ。すぐ近くでもロウジュが紅燐虎の喉を斬り裂き、数を減らしていた。


「ライカ、大丈夫?」


「ええ、私は平気」


 眼前の敵を睨んだまま、ロウジュに言葉を返す。一瞬の油断が命取りになるのは明白だった。極寒の地にいるはずなのに、雷華の額に汗が滲み出る。


「絶対に一人では動くな。囲まれたらライカでは防ぎきれん。ディナム、翼竜に乗って弓を使え!」


「分かってる。エルさん! ルークがヴィシュリから弓を使えって言ってます!」


 小さな黒犬の姿で大きな紅燐虎を蹴り倒しながら叫ぶルークの言葉を、声を張り上げてエルに伝える。


「分かりました! ヴィシュリ、来い!」


 素早い動作で一番近くにいた紅燐虎を斬ると、エルは指笛を鳴らした。すぐに上空から翼竜が滑るように降りてくる。血を流しながら向かってくる獣の上に跳躍し、エルはヴィシュリに飛び乗った。手綱をひいて高度を上げるよう指示すると、剣を鞘に収め、翼竜の首に括りつけてある長弓を手に取り、流れるような動作で弓をつがえ、踏み台にした紅燐虎めがけて放つ。


「へえ、騎士の兄さんもやるねえ。俺も負けてらんないわ」


 そう言いながらディーは大きく跳躍し、大剣で紅燐虎の胴体を斬り裂く。エルの放った矢は、正確に獣の頭を貫いていた。また白い大地が赤に変わる。


「あと六、いえ七頭です。皆さん気を付けて下さい!」


 ディーの鞘を胸の前で抱えて持つリオンが叫ぶ。それに呼応するかのように、残りの紅燐虎が一斉に雷華たちに向かってきた。


「嘘でしょ!?」


「落ち着け、相手の動きをよく見れば問題ない」


 どすっ、という音とともに一頭が走りながら倒れる。頭には深く矢が刺さっていた。


「エルさん、凄い!」


「これで五」


 ロウジュが投げた短剣が、獣の眉間に刺さる。


「これで残り、四だ」


 ルークが横腹に跳び蹴りを入れ、よろめいたところをロウジュが、間髪入れずに喉を斬り裂いた。


「三になって!」


 跳躍して襲いかかってきた紅燐虎を屈んでかわし、真上に向かって木刀を突き上げる。痛みで後ろに跳び退った獣を、ディーが大剣で斬りつけ、返す刃でさらにもう一頭を両断した。


「ほいっと、二ね」


「いや、一だ」


 ルークの言葉と同時にエルの放った矢が、獣を貫く。


「最後」


 ロウジュが紅燐虎の攻撃を軽やかに跳んでかわし、空中で短剣を投げる。短剣は真っ直ぐ獣の眉間に向かって飛んでいった。

 最後の紅燐虎が地面に倒れるとともに、辺りに静寂が戻ってくる。極度の緊張から解放された雷華は、はぁっと大きく息を吐く。しかし、まだこれで終わりではなかった。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ