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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
旅の終わりを感じるに至った理由
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三十八話 煌ク蒼キ海

 焚き火を囲み、震えながら一晩を過ごした雷華たちは、太陽が昇るのと同時に洞窟を後にした。外に出た瞬間から猛烈な風と雪に襲われる。ヴィシュリの背中から落ちないように、片手で前のディーの服を掴み、もう片方の手でルークを腹に抱える。後ろからはロウジュがぴたりと寄り添って、支えてくれていた。


「ねえぇぇ、あとどれくらいで着くのぉぉぉ」


 掴んでいるディーの服を引っ張り、かたかた震えながら訊く。


「さあねえ、俺も行ったことないからよく知んないのよ」


 もうそんなにかからないと思うけどねと、振り返って雷華に言うディーに、ロウジュが舌打ちをする。


「使えない奴」


「まったくだ」


 雷華の防寒着の隙間から顔だけ出しているルークが嫌そうに頷いた。


「兄さん、聞こえてるわよ。それに、犬っころ王子も同じようなこと言ったでしょ。ライカちゃん、二人がいじめるー」


「貴方たちいぃ、この寒い中、なんでそんな平然と喋れるのよおぉぉ。信じられないいぃぃ」


 普段であれば、ルークとロウジュに「仲が良いのね」などと笑いながら言うところだが、ひたすら寒いのを我慢している今の雷華にその余裕があるはずもなく、ただただ恨めしげに三人を睨んだ。


「馬鹿は寒さにうといと聞いたことがあります」


 ディーの前にいるリオンが、雷華の代わりに容赦のない一言を三人に投げつける。そういう彼もそんなに寒そうにしているようには見えないのだが、それを突っ込む勇気のある人間は、今この中にはいなかった。言えば冗談ではなく翼竜の背から落とされると、本能で察知したからだ。

 ヴィシュリが低い声で数回吼える。


「ヴェルク将軍殿、前方に壁のようなものがあるとヴィシュリが言っています」


「へえ、翼竜って眼がいいのねえ。多分それだわ」


 後ろを振り返って報告するエルに、ディーが驚きながら頷く。実は翼竜が優れいているのは眼ではなく耳で、微かな音の違いで障害物や他の生物を探知しているのだが、いかな翼竜好きのエルといえど、この吹雪の中それを説明したりはしなかった。クルディアの将軍に「分かりました」と答え、手綱を軽く引き、手でヴィシュリの堅い肌を叩く。あるじの合図に翼竜は、ぐおお、と短く答えた。

 それは、突然雷華たちの眼に飛び込んできた。白と灰色だけの世界に突如現れた、ごつごつとした茶色の壁。上を見上げてもずっと続いており、まるで空と大地を繋いでいるかのようだった。


「これが冷獄の楔。ここの周りだけ雪が降ってない……エルさん、一周してもらってもいいですか?」


 雪が降っていないおかげで、視界は良い。しかし、後ろを振り返ればそこには白銀の世界がある。一体どうなっているのかと首を傾げながら、雷華はエルに頼んだ。


「もちろんです。ヴィシュリ、頼んだぞ」


 ヴィシュリは壁沿いを飛び、終わりが来たところで向きを変えた。


「凄い……」


 知らず感嘆の溜息が零れる。蒼い世界。巨大な壁の裏側は、果てしなく広がる海だった。太陽の光を反射し、燦然さんぜんと輝く蒼い水は、この世のものとは思えないほどに美しい。止まない雪と凍りつく大地の先にある光景とは、とても思えなかった。


「まさか神に見放された大地がこんな終わり方をしてるとは。海も凍りついてるもんだとばっかり思ってたよ……驚いた」


「土の壁を一枚隔てただけで、これほど景色が変わるなんて、信じられません。夢を見ているようです」


「素晴らしい光景ですね」


「綺麗」


「楔の力なのか……?」


 それぞれが思い思いの言葉を呟く。雷華もしばらくの間、呆けたように岸壁にぶつかる波の音を聞いていた。


「ライカ、どこかそれらしい場所はあったか」


「え? ああ、ごめんごめん、すぐ見るわ」


 ルークに訊かれ、我に返る。ディーの服から手を離し、かじかむ手に息を吹きかけ感覚を取り戻すと、雷華は懐から眼鏡を出してかけた。


「えっと、あそこ、楔の側面のところだわ」


 海側から見て右端に白く光る場所があった。エルに頼み、ヴィシュリに近くに降りてもらう。楔の周囲は人間の足で約三歩分だけが、大地が剥き出しになっていた。楔という名の巨大な岩壁に近づき、恐る恐る触れてみる。


「……この岩あったかい」


 岩と自分の手を交互に見比べながら、呟く。信じられないことだが、少し触れただけでもはっきりと分かるほど、岩肌は温かかった。


「ほんとだねえ。もうおっさんついていけないわ。ライカちゃん、一体どうなってるの?」


 ぺたぺたと楔を叩きながらディーが訊いてくる。その隣ではリオンが、真剣な顔で岩肌を削っていた。


「いや、私に訊かれてもね。光ってるのはここなんだけ、ど、おおっ!」


 首を捻りながら光っている場所に雷華が触れると、岩壁に亀裂が走り、一部分が奥に向かって倒れた。どおん、と大きな音がして土埃が舞い上がる。


「中が空洞になってる」


 ぽっかりと開いた穴をロウジュが覗く。穴は人一人が丁度通れる大きさだ。当然のことながら中は真っ暗で、どれだけ眼を凝らしても何も見えない。


「目的の場所はこの中のようだな」


 ずっと雷華の防寒着の中にいたルークが、身体を震わせてから、彼女を見上げる。


「そうみたいね。ロウジュ、カンテラを用意してくれる?」


「分かった」


「エルさんはヴィシュリと残るとして、ディーとリオンさんはどうします? もしかしたら――」


「当然、行きます。こんな体験二度とできませんから」


「俺も行くわ。自分の国のことだからね」


 嬉しそうにもう一つカンテラを用意するリオンと、首を鳴らしながら大剣を肩に担ぐディー。二人を見て、雷華は、もしかしたら危険かもしれないという言葉を呑みこんだ。言っても無意味だと思ったからだ。止めても絶対についてくるだろう。

 エルに見張りを頼み、四人と一匹は冷獄の楔の中へ足を踏み入れた。      

 

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