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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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三十四話 縋リ壊レ狂

「素晴らしい! 実に素晴らしい。私の傍にも貴女のような英明な人がいたのなら、もっと上手に計画を遂行できたでしょうに。残念でなりませんよ」


 全員の鋭い視線を一身に受けながら平然と話す公爵は、肩をすくめて雷華を見る。追い詰められているはずなのに、何故そんなにも余裕のある態度をしていられるのか。まだ何か画策していることがあるのではないか。雷華の刑事としての経験が、彼は危険だと警鐘を鳴らしていた。


「貴方は何がしたかったの? 強硬派を勝たせたかった? 自分の妻を女王に即位させたかった? ……違うわね。貴方は他人のために何かをするような人間には見えないもの。本当の目的は、何?」


 警戒を強めながらアドラーレに近づく。


「至極ありきたりな理由ですよ。この国の影の支配者になりたかった。ただそれだけです」


「……エレミヤ様、もし女王様が亡くなっていたら次の王になっていたのはエレミヤ様ですか?」


 公爵から視線を逸らさずに、斜め後ろにいるエレミヤに訊ねる。


「そう、じゃの。次代の王は今代の王が決めることになっておるが、決めずにこの世を去った場合はわらわかシェラルダの子ということになっていたはずじゃ」


「ですが王子はまだとおを過ぎたばかりです。王になるには早過ぎると重臣たちは判断するでしょう」


 姉の言葉に妹が付け足す。つまり、アドラーレの毒でシェラルダが死んでいた場合、王になっていたのはエレミヤということだ。彼は長い年月を伴侶として傍で生きてきた。彼女の性格は熟知しているだろう。影から操ることは容易だと考えていても不思議はない。


「そうですか。では、その影の支配者になって何をしようとしていたの? まさかそこが最終目標ではないでしょう?」


 影の支配者とやらになりたいだけなのであれば、もっと早くにシェラルダを殺せばすむ。目的はその先にあると考えるのが自然だろう。

 アドラーレは正面にいる雷華の問いに満足げに頷くと、くるりと背を向け、数歩彼女から遠ざかった。そして再び身体を反転させ、雷華と向かい合う。その顔には歪んだ笑みが張り付いていた。


「やはり貴女は聡明ですねえ。馬鹿な人間なら今の答えで納得しているはずです……いいでしょう、私の目的をお教えしますよ。私はね……壊したかったんです、この国を」


 広い謁見の間に、複数の人間の息を呑む音がする。狂っていると誰かが呟く声がする。雷華も咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。アドラーレの告白は、あまりにも突拍子がなさすぎた。己の国を壊したいなど、誰が予想できただろうか。


「……何故」


 ルークの静かな声が、張り詰めた緊張の静寂を斬り裂く。


「ずっと我慢してきたんですけどね、もう限界です。神などいるはずがないんですよ。こんな白くて冷たい国のどこが神に選ばれているというんです。本当に神がいるというのであれば、何故今のこの危機に助けを差し伸べてはくれないんですか」


 だんだん口調が強くなってくる。ここにきて、初めての感情らしい感情だった。アドラーレは落ち着きなく動き回りながらさらに荒い口調で言葉を続けた。


「それはね、助ける価値なんてないからです。過去にすがり現在を悲嘆し未来に絶望するこの国の民など助ける価値なんてありはしないんですよ。私はそれを証明したかった。この国は神に選ばれてなどない、それどころか神に見放されているのだとね!」


 焦点の定まらぬ眼で壊れた機械のように神を連呼するアドラーレは、とても正気を保っているようには見えなかった。さきほど誰かが口にした、狂っているという表現が相応しい。神などいるはずがないと言いながら、神に見放されていることを証明するという。発言が矛盾している。神に見放されているということは、神がいることを前提にしているのだということに気付いていない。

 今まで彼の正気を支えていたのは、おそらく、気弱という仮面だったのだ。仮面を外したことで均衡が崩れ、隠れていた狂気が姿を現した。


「こんな国に生きていて何の意味がある!? 己は選ばれているなどと勘違いしている民など、みんな死んでしまえばいい! 二本目の滅びのくさびを打ち込むのは、この私だ! 私がクルディアに終わりをもたらす!」


「意味なんて人それぞれでしょう、勝手に決めつけないで! この国のために頑張っている人はたくさんいる。神がいてもいなくても大事なのは現状をどうにかしようとする心なの。過去をかえりみ現在を足掻あがき未来に思いを馳せる人たちだってたくさんいるわ! 貴方の命に従った人だってそうでしょう!? 他国の領土を奪うという言葉に未来を見出していたんじゃないの!?」


 狂気と憎悪に満ちたアドラーレに叫び返す。今の彼の耳に届きはしないだろうと頭では分かってはいても、反論せずにはいられなかった。自分を襲ってきた人たちにも、何かしらの信念があったはずなのだ。穏健派と強硬派、対立はしていても国を想う気持ちは同じだったに違いない。だからこそ命を懸けることができたのだろうから。


「貴方を信じて死んでいった人たちにも、貴方はその死に意味がないと言うの? シルグさんを殺してまで貴方の命に従ったミレイユさんにも、死んで当然だと貴方は――」


「うるさい! うるさいうるさいうるさい! こんな国…………を助けてくれなかった神を信じる国なんか滅べばいいんだ! みんな、みんな消えてしまえぇぇっ!」


「ライカっ!」


 激昂したアドラーレは、隠し持っていたらしい短剣を懐から取り出し、鞘を投げ捨てると、雷華に向かって突進してきた。悲鳴と怒号が謁見の間に交錯する。ルークやロウジュが駆け出すが、彼らが雷華のところに行くよりも数瞬、アドラーレの方が早かった。


「避けろ!」


 切羽詰まった声でディーが叫ぶ。しかし、雷華は落ち着いていた。公爵の短剣が胸に触れる寸前、彼の腕を掴みながら身体をひねり、背負い投げの要領で地面に投げ飛ばす。受け身を取ることが出来なかったアドラーレは、堅い床で全身を強打し、ぴくりとも動かなくなった。


「刑事をなめないでよね」


   

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